第四十三話 間違えた選択
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氷に覆われた永遠にも感じられる時間が終わりを迎え、解凍されて足元に崩れ落ちたミシェルはその場で泣き出してしまった。
ミシェルはドルブリューズ公爵家の娘であり、パスカル王の姪である。王族の血も引くミシェルにこんなことをした人間は万死に値すると考えた。
「ミシェル様、私はあなた様に一緒に領地へ行きましょうと言いましたよね?」
ミシェルの前に立ったのは、アストゥリアス王国の公爵令嬢カルネッタだった。
5歳も年下のくせに生意気なカルネッタは、呆れるような、蔑むような様子で見下ろしていると感じたために、怒りの炎が瞬く間についたのだ。
「これはカルネッタ様がやったの?決して許されることではなくってよ!私はクレルモン王国パスカル王の姪であり、王太后様から寵愛を受けているのよ!その私に対してこんな目に遭わせるなんて!」
今日は愉快な一日になるはずだったのだ。
憎き娘をまんまと誘き出して、泣いて謝ったとて許しは与えず、壊れるまで男たちの慰みを受ける姿を楽しむ予定だったというのに、扉が開いた途端に、視界が氷で包まれた。
全身が凍りついたまま、わずかの隙間から息を吸って吐き出す時間が無限に続く。手先は痺れ感覚が無くなり、永遠のような時が刻まれる中で、ようやく全身を包み込む氷塊が溶け崩れたのだ。
氷を溶かしてくれたのは目の前のカルネッタなのかもしれない。
だとしても、彼女はミシェルが自分の思う通りに動かないものだから、嫌がらせ目的でこんな恐ろしいことをしたのかもしれない。
「殺してやる・・」
ミシェルが恐ろしい形相となってカルネッタに飛びかかろうとすると、
「兄上、だから言っただろう?」
突然、横から声をかけられた。いつの間にかミシェルの隣には王弟であるパトリスが座り込み、呆れた様子で言い出したのだ。
「ミシェルは兄上や母上の前では態度が全然違うのだと前々から言っていたではないか」
すると、目の前からカルネッタが退き、大きな影がずぶ濡れのミシェルを覆う。
「ミシェル、お前はすでに死人なのだ。だからこそ、王家とは何も関係ない存在となっている。だというのに、お前は今でも、自分が私の姪であり、母上から溺愛されていると主張するわけか」
目の前に立つのはクレルモン王国の王であり、ミシェルの優しい伯父となるパスカル王だ。
「伯父様!私!違います!その・・とにかく・・色々と騙されたんです!」
何を騙されたのかは自分でも良くわからないものの、ミシェルは泣き落としでこの場を誤魔化そうと考えた。泣いてなんとかならなかったのは、公子との結婚を取りやめに出来なかったことくらいで、それ以外のことであれば、泣けば全てが許された。
「騙されたのと、自分を王の姪だと主張するのと、どういう因果関係が発生するのかがわからない。そもそも、お前は自分を放置する夫を痛い目に遭わせるために、わざわざ自分が自殺したように見せかけた。我々はお前の手助けをする代わりにお前の死を利用するとも言ったし、お前はそれを理解していたはずなのだが、洗脳で頭がおかしくなったということなのか?」
王の疑問に、付き従っていた官吏の一人が答え出す。
「恐れながら申し上げます。ムサ・イル派は洗脳技術を持った令嬢をアストゥリアス王国に潜り込ませていましたが、人工の宝石眼にそれほどの強い効果はないようです。元々持っていた願いを増幅させる傾向にあったようで、そのため、マルティネス卿に恋慕の情を抱く令嬢や使用人が利用されたようですし、ご令嬢の恋心を利用されたのでしょう」
「確かに、ミシェルは氷の英雄に懸想をしていたが」
「マルティネス卿の婚約者が陵辱される姿を見たいというのは、彼女の願望の一つになるのでしょう。その願望はご令嬢が元々持っていたものであり、その思いは新たに上書きされたものではありません」
周囲が呆れ返る様子に気がついたミシェルが、
「何?何を言っているの?」
と、思わず問いかけると、
「「「ぎゃーーーーーっ」」」
突然、氷が砕け散る音と共に、男たちの叫びのようなものが木霊した。
「俺の大事なものが・・落ちている」
「ない!ない!」
「モゲて取れてんじゃねえかよ!」
驚いて後ろを振り返ろうとしたミシェルは、
「あれ・・何・・これ・・」
自分の指先が取れてなくなっていることに気が付いた。
ミシェルの指先は真紫に変色して痛覚も感じない。一部はなくなり、一部は黒く萎れたようになっていることに恐怖心が増大する。
「わ・・私・・何?これ・・どうなったの?」
ミシェルは選択を誤ったのだ。浮気をして自分を蔑ろにした夫を懲らしめるだけで納得をすれば良かったものの、氷の英雄を手に入れて幸せになるという夢を見てしまったのだ。アンドレスを手に入れるためには、邪魔者は排除しなければならない。
その思いをブランカによって増幅されていたとしても、彼女はあまりにも考えが足りない。今後、ムサ・イル派に利用されることをも考えれば、彼女の未来は決まったようなものだった。
「な・・何?修道院?毒杯?どちらも嫌よ・・生きていることが絶対にバレないためには・・殺すしかない?嫌よ、何を言っているの?私は国王陛下の姪なのよ?王太后様に溺愛されているのよ?そんな私に・・何かしたら・・貴方たちが大変な目に遭うのだからね!」
誰もミシェルの言葉なんかに耳を傾けない。
ただ一人だけ、カルネッタだけが哀れみの眼差しをミシェルに向けているだけだ。
「カルネッタ、君の所為なんかじゃないよ。これは僕たちが選んだ道であり、ミシェルだって望んだ道だったんだ。彼女の理解が乏しいのは最初から分かっていたことであるし、早かれ遅かれ、最終的にはこうなっていたんだよ」
そう言って王弟パトリスがカルネッタを抱きしめる。
何を言っているの?遅かれ早かれってなに?分からない!私は一体どうなってしまうの!
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