第四十一話 与える情報が多すぎる
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ペネロペはラミレス王が嘘とハッタリが得意な男だということを知っている。この乱世の世の中で一国を守っていかなければならないのだから、それくらいの腹芸は出来て当たり前ということになるのかもしれない。
貴族を集めての陞爵の発表と婚約の発表と宗旨替えの発表のはずだったのに、やれ、ペネロペを三十人の男たちに襲わせるように司教たちが手配をしただとか、やれ、王家を恨みに思った司教たちが腹いせのために市中の井戸に毒を撒いて歩いたとか、その司教たちを捕まえるために中立派の重鎮であるペドロウサ侯爵が私兵を率いて制圧に向かっただとか。
投入する情報があまりにも多すぎて、ペネロペがアンドレスと婚約をするとか、今まで表には決して出て来なかったジブリール妃が出て来たとか、そんなことすら、忘却の彼方へ行ってしまっているような状態に陥っている。
「我が国はムサ・イル派とは手を切ることとする」
と、ラミレス王は宣言することとなったのだが、ムサ・イル派の熱狂的信者だった貴族たちはそれどころの騒ぎではない。恐らく彼らの甥とか息子とかが陵辱パーティーに参加して捕えられているだろうから、一蓮托生となった自分たちが今後どうなるか分からない状態に陥ったのだ。
だからこそ、
「宗派を変えるなど!神はお認めになりません!」
などと言い出す輩が一人も現れない。
なにしろ、神にも背く行いをした司教たちを、様々な理由を提示してラミレス王が散々糾弾した後だったのだ。光の神は全てを照らす、何も、ムサ・イル派だけが光の神を信奉しているわけではないのだから。
「あああ・・もう限界かも・・・」
ペネロペが自分の胃を押さえながら真っ青な顔でうめき声を上げると、隣に立つアンドレスがすかさずペネロペの体を抱き上げた。
ペネロペの胃潰瘍は治りきっていないのだ。
「父上、ペネロペの具合が悪いようなので、下がらさせて頂こうかと思います」
「父上と言うな」
バルデム家の当主であるセブリアンは怒りの声を上げたものの、アンドレスの腕の中にいるペネロペが真っ青な顔となっているため、太い眉毛をハの字に開いて、
「ペネロペ、あんまり無理をしてはいけないよ」
と言ってペネロペを安心させるように笑みを浮かべた。
ずんぐりむっくりの体型の父ではあるが、いつでもペネロペのことを見守ってくれる優しい父でもあったのだ。
「ペネロペのことをよろしくお願いします」
この場を離れることが出来ない母も、心配そうにペネロペを見ながらアンドレスに小さく頭を下げた。
アンドレスは宰相の方へ何やら視線を向けた後、一つ頷いて、パーティー会場から退出することにしたのだった。
◇◇◇
バルデム伯爵家は貴族としては珍しく、代々、民と共に暮らしていくことを実践しているような家だった。領地は銅と錫、硝石が採掘される温泉地であり、鉱山があるとはいえ、金や銀が産出されるシドニア公爵領と比べれば、旨みが少ない鉱山を抱えた弱小伯爵家ということになるだろう。
バルデム領では、より安全に、より確かな手段で採掘を進め、そうして採掘したものをより利益還元率が高いものへと変貌させることを目指した。今まで見向きもされなかったバルデム家が鉱山大臣にまで出世をしたのには理由がある。
彼らは誰もが見向きもしなかった硝石に目を付けた。しかも領地には温泉が湧き出ている。硝石と硫黄、そして何処でも作り出すことが出来る木炭を合わせれば何が出来るか?
彼らは出来上がった黒色火薬を売りに出した。魔法を重視するアラゴン大陸でも大きな需要はある、何故なら平民は大きな魔法など使うことが出来ないからだ。黒色火薬をより質が良いものに変えることで、帝国はそれに合わせて武器を開発した。
実は帝国の勢力拡大のきっかけとなったのはバルデム家なのだ。バルデム家が只者ではないということは、知る人ぞ知ることでもある。
彼らは捻じ曲げられない、へこたれない、決して自分たちの誇りを失わない。娘の危急を知って失神しそうになったとしても、夫人はその場で踏みとどまり、果敢にもアンドレスに質問を投げつけてきた。その強さはもちろん、ペネロペにも引き継がれている。
「ペネロペ、大丈夫か?」
アンドレスがペネロペを抱きかかえたままソファに座ると、アンドレスの侍従がペネロペをそのまま包めるように毛布と、いつでも飲めるように白湯を用意してくれた。
ここは王家が使用するプライベートルームの一つでもあるため、厳重の警備下にある。ブランカ・ウガルテ嬢が用意した北方の客室からは遠く離れているのはもちろんのこと、雑多な音がここまでは届かない。
「なんで私がこんな目に・・」
ペネロペは泣いていた、アンドレスの腕の中で泣いていた。
「三十人ってどういうことなんですか?その三十人の中には、フェレ様も含まれていたんですか?」
涙を拭うためのハンカチを侍従はアンドレスに渡すと、気をきかして部屋から出て行った。その後ろ姿を眺めながら、アンドレスは涙を流すペネロペを包み込むように抱きしめた。
「騎士様が私に封筒を渡してきたのです。記された名前は確かにフェレ様の筆によるものだったのですけれど」
「君の元婚約者は、君が多くの男たちに陵辱されることを知っていた」
「・・・」
「自分の名前を使って君を呼び出して、その呼び出された先の部屋で君が酷い目に遭ったとしたら、君はきっと壊れてしまうだろうし、私との婚約は破棄されるだろうと考えた。そうなったら自分が名乗りをあげて、君を妻として娶ることで事件を美談に変えようとしたわけだ」
「クソね・・本当に本物のクソ野郎だわ」
ペネロペは伯爵令嬢のはずなのだが、時々言葉遣いが物凄く悪くなる。グロリアのサロンに出入りするようになると、令嬢たちは大概、どうしようもなく言葉遣いが悪くなるそうなのだが、それは仕方がないことだとアンドレスは諦めていた。
アンドレスがペネロペの涙を拭うと、そのハンカチを取り上げたペネロペは盛大に鼻をかみながら言い出した。
「悪い奴らには盛大に罰を与えてください」
「もちろんだとも」
アンドレスは怖いような笑みを浮かべながら言い出した。
「私の婚約者に手を出したのだ。しかも想像を絶する手段に出ようとしたのだからな、こちらも奴らが想像もつかないような罰を与えてやろう」
「アンドレス様はどうしようもない男ですけど、私に対して嘘はつかないですしね」
嘘をつかない代わりに言わないことも多いけれど、彼女には絶対に嘘をつかない。常に嘘を見破ろうとして瞬く新緑の瞳を前にして、
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者だからな」
そう宣言したアンドレスは笑顔を浮かべた。
彼女はいつでも一線を引いたように『宰相補佐様』と呼んでいたのだが、今、初めて、彼女はアンドレスのことを名前で呼んだのだ。
「絶対に君を傷つけはしない。それは約束をするし、君に牙を向ける輩については、完膚なきまでにやっつけよう」
「元、軍人様は、そういうことがお好きそうですわよね」
嬉しそうに笑うアンドレスを見て、報復処置を考えるのがそれほど楽しいのだなと考えたペネロペは呆れた様子でため息を吐き出した。
「もちろん、君の元婚約者とやらも許さない」
「許さなくて良いです」
仮にも婚約者として何年も付き合ってきたというのに、三十人の男が用意されているというのに、喜んでその男たちの前へペネロペを差し出そうという、その気持ちが良くわからない。
「私ってそんなに嫌われていたのかしら・・」
「好きとか嫌いとか、そんなことは全く関係ないと私は思うね」
アンドレスは宰相と同じく、やられたらやり返さなければ気が済まないタイプなのだ。それも、相手の想像もつかないレベルでの仕返しでないと納得がいかない男でもある。
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