第三十八話 大魔法使いキリアン
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竜巻に巻き込まれるような形で空間を移動したルイス司教は、到着した場で膝をつくなり激しく嘔吐を繰り返した。転移魔法は慣れない者が体験すると、まずは胃の中のものを全て吐き出すようなことになる。
「なんなんだ一体!」
豪奢なタイルの床を吐瀉物で汚されたアルフォンソ王子が怒りの声を上げ、護衛の兵士たちが驚いた様子で剣の先をキリアンとルイス司教に向ける。
「アルフォンソ〜、その対応はおかしくな〜い?」
降伏を宣言するように両手を上げたままのキリアンは、黒々とした瞳を向けて不敵な笑みをその整った顔に浮かべる。
「僕は別にボルゴーニャの手伝いなんてしなくても良いんだけど〜?」
「大魔法使いキリアンか」
具合が悪い司教と吐瀉物を片付けるように命じたアルフォンソ王子は、執務机から応接用のソファの方に移動した。
ボルゴーニャ王家の建築様式はとにかく天井を高く作るようになっている。天窓も高い位置に設置されているし、燭台も高い位置に設置されている関係から、夜には灯りをつけて回るのにもひと苦労することになるのだ。
「あーああ」
猫足のソファにゴロリとキリアンが寝転がると、その姿を胡乱げに見つめたアルフォンソが問いかける。
「それで、どうなったんだ?」
「どうなったも何も、クレルモン、アストゥリアス、北方二十カ国がフィリカ派に染まり、ボルゴーニャを帝国に差し出す形で帝国と手打ちをしようと企んでいるって感じ?」
「はあああああ?」
アルフォンソは動揺を隠すことも出来ずにその場から立ち上がる。
「宗旨替えは阻止すると言っていたではないか!」
キリアンは寝転がったまま、チラリとアルフォンソを見上げて言い出した。
「僕はやり方を間違えた」
「はあ?」
「女だけを潰せば良いという話じゃなくなっちゃったんだよ」
「はあああ?」
「とにかく、僕はボルゴーニャの戦力として戦列に加わることにしようじゃないか。戦争だよ!戦争!」
「戦争か!」
アルフォンソ王子は元々が粗野で軍人肌の男なのだ。女性蔑視論者であり、ロザリア姫が女王となったアストゥリアス王国の王配になる将来を選ぶよりも、さっさと軍事力を駆使して征服してしまいたいと考えるような男でもある。
「国境線には兵士を集結させ始めているんでしょう?」
「それは言われずともやっている」
「魔法使いの数は?」
「予定よりも多く用意できている。ムサ・イル派の総本山が大量の魔法使いを送ってくれたからな」
「これは聖戦ってことになるんだけど、大丈夫?」
「戦が出来るのなら、何の文句もない」
これは宗旨替えを許さないムサ・イルと、新しく主派として選ばれることになったフィリカの宗教戦争という形になるだろう。帝国は今、混乱状態となっている。そのため、帝国が出て来ない今のうちにアストゥリアス王国を征服する。時間が勝負なのは言うまでもないことであり、
「アルフォンソ王子、勝てるの?」
「大魔法使いキリアンが居て何の問題がある?」
血沸き肉踊る戦いが、今、始まろうとしているのだ。
「ルイス司教は殺して、死体を国境の街あたりで晒しておいてくれる?」
「アストゥリアスの国境で良いな」
「フィリカ派に帰依したアストゥリアス王国は、ルイス・サンズ司教をなぶり殺しにして晒しものにした。ムサ・イル派に対して喧嘩を売っているのだと世界中に喧伝するんだよ」
『はい、嘘です』
あの憎き女が胸を張って言い出しそうだが、嘘なんてものは時間が経過していくうちに本物へと変容していくことが多いのだ。
正直に言って『宗教』やら『神』やらは理由づけに利用される都合の良いワードでしかない。根底にあるのは金とか領土とか、権力とか、己の権威とか。そんなものを確立するために、多くの嘘が馬鹿みたいに重ねられていく。その結果、多くの人が死んでいくことになったとしても、その積み重なった死体が平民身分の人間である限り、見なかったことにして終わりにしてしまうのだ。
戦争はそうやって起こるし、そうして多くの平民が死んでいくことになるのだが、最終的に権力を持ったどちらかが死ぬまで続けられることになる。
キリアンは『人の死』が好きだ。それはなぜかと言えば、彼が『大魔法使い』と呼ばれるようになった所以にも繋がることになるだろう。
アストゥリアスがクレルモンと共に北方二十カ国と同盟を組んだのは大きな痛手となったものの、魔法大国サラマンカが独自の路線を貫き通している限り、ボルゴーニャ王国には勝機がある。
「王都まで攻め入ることが出来たら、まずはあの女を捕まえてやろう。僕にこれだけのダメージを与えたあの女は万死に値する。絶対に許さない」
三十人もの男を用意したとブランカから話を聞いた時には、何の冗談かとも思ったし、そんなことが罷り通るのかと驚いたものだったが、やはり作戦は失敗に終わり、女にダメージを与えることは出来なかった。
「番犬が居るのが問題なんだよな」
番犬は国を守る英雄だったはずだから、ボルゴーニャの国境に誘き出すのも良い。その間に、守りがガラ空きとなったあの女を攫ってしまうのも良いかもしれない。
「なにしろ、もじゃもじゃがサラマンカに移動したからな」
もじゃもじゃはキリアンの天敵なのだ、あの女以上に厄介な存在なのは言うまでもない。
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