第三十六話 アンドレスの怒り
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ペネロペを凌辱しようと待ち構えていた人間は、すべからく敵である。それは給仕の為に働く使用人たちも同様である。扉を開けたアンドレスは全ての人間をその場で凍り付かせていったわけだ。
驚愕に目を見開いたマカレナとミシェル嬢の二人は、目を見開いたままの状態で全てを凍らせて、鼻の部分だけ空気を吸えるように穴を開ける。氷で覆われて身動きが出来ないのに意識は保てる温度を維持するのは、凍らせた相手に恐怖を与えるためだ。
鼻呼吸だけが自分の生命線となっているため、そこを塞がれた時の恐怖たるや相当なものになる。そのため、拷問で相手に口を割らせる時にも利用することがある魔法だった。
三十人以上を一気に凍らせている為、一人二人は鼻の穴まで凍らせてしまっているかもしれないが、ご愛嬌という奴だ。一人相手に三十人が集まった。ペネロペを凌辱しようという輩が三十人も一同に集結しているわけだから、とっておきのサービスをしなければこちらも腹の虫が収まらない。
皮膚は低温に晒され続けると血行が悪くなり、組織が凍結することになる。凍傷は体の末端から進行することになるのだが、男の急所もまた身体の末端と言っても良いだろう。皮膚を凍結させて血流を止める。それだけのことでじわじわと組織は破壊を繰り返し、その色は黒く変色してくることになる。
末端部の壊死の治療は回復師にも難しい。治療が出来るような環境に戻す気は全くないのだが、マルティネス侯爵家の庇護下にある令嬢に手を出せばどうなるのかを、世界中に喧伝しなければならないようだ。
そうだな、急所だけでなく足や手の指もついでに何本か壊死させてやろうか。一番目につく場所にある自分の手先の腐敗は心に大きなダメージを与えるものでもあるし、足の親指なんかは歩行に支障をきたすこと請け合いの場所でもある。まずは全員の親指を腐り落として・・
「アンドレス・・アンドレス!」
「なんだ」
「氷の厚みを増すのはもう十分だから、そろそろ移動しないと時間だよ?」
もじゃもじゃ髪のエルの方を振り返ると、アンドレスはパチパチと瞬きを繰り返しながら我に返った。自分の女を凌辱されそうになった(しかも三十人も集まっている)という事実が、ここまで自分の怒りを沸騰させるとは思いもしなかったのだ。
「とりあえず無事だから。騎士見習いのカルレス・オルモ君のおかげで君の愛するペネロペ嬢は無事に保護されているから」
扉の外から氷漬けの部屋を覗き込んでいたカルレスは、アンドレスと視線を合わせると恐縮した様子で頭を下げている。そもそも、今回のこの悪事が明るみになったのは、カルレス・オルモからの密告に始まることになる。
光の神を信奉するオルモ家で育ったカルレスは、常に光の神は自分を見守っているのだと言われて育ったのだという。悪事を行えば、必ず光の神によって明らかとなるだろう。
学園時代の友人であったジョゼップ・マルケスに声をかけられた時に、これは間違いなく悪事への誘いであると判断したカルレスは即座に上官に相談した。その上官はアンドレスの元部下だったのだ。
アンドレスの婚約者であるペネロペ嬢が狙われていると知ることになり、即座にカルレスは上官と共に報告をしてきたのだが、
「彼らがどんな悪事を企んでいるのかを詳しく知る必要があると思いますので、私が潜入するような形として、逐一、報告するような形とさせて頂きます」
と、カルレスが言い出した時に、アンドレスは最初、彼を信用することが出来なかったのだ。
光の神を多くの人々が信奉し、多くの宗派が生まれ出た。様々な解釈が生まれ、教義は宗派により多岐に渡り変容する。そんな中で、一部の人間が欲に塗れて腐り果てていたとしても、多くの人々は神の御心に従って、正しき道へと進もうと望んでいる。
「どうか私を信じてください!私は女性が泣かされるようなことが行われていた事実を知り、忸怩たる思いを抱いているのです。そのようなことに終止符を打つ為にも、自分は命を懸けてでも戦いたい。それは光の神も望むことだと思うのです」
結局、カルレスが運んでくる情報は有益なものばかりであり、結果、悪どい事を企んだ輩を一網打尽に出来たのだ。
「光の神を信じることも悪いことばかりではないんだよ。僕は無宗教だからあんまり良くは分からないんだけど、その教義が正しく広められ、人々を導くべき人間が正しき道を選ぶのなら、決して人の血が流れるようなことなど起こらないと思うんだ」
悪戯部屋を封鎖していく騎士たちの姿を見ながらエルがそんな事を言うと、にこりと笑う。
「それじゃあ、せっかく手に入れた宝石眼を奪い返されたら堪ったものじゃないから、サラマンカの魔法の塔に連れて行くよ」
照れたようにそう言うと、エルはブランカ嬢を連れてその場から転移してしまったのだ。
「魔法使いキリアンが出てくるかもしれないのに、お前はサラマンカに行ってしまうのか」
大魔法使いエルの愛する人は、今、サラマンカに居る。
彼女は交渉を成立させるために移動したのだが、エルはやっぱり、どこまでも側に居たいらしい。
「閣下、お時間です」
「分かっている」
今日の宴で我が国と北方二十カ国が揃ってムサ・イル派からフィリカ派へ宗旨替えをすることを発表する。宰相や鉱山大臣の陞爵は前座に過ぎず、集まった貴族たちに宗派の変更を強要することになるわけだ。
パーティー会場に戻らずに王が利用する応接室へと足を運ぶと、顔色が青を通り越して白くなっているペネロペが振り返る。
今回の悪巧みについては何もペネロペには教えていなかったのだが、ラミレス王が彼女に大体の内容を知らせたのに違いない。
立ち上がって出迎えるペネロペをアンドレスは抱きしめながら言い出した。
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者なのだ。君が暴力を振るわれるような事態を指を咥えて傍観するようなことなど決してしないと約束しよう」
震える手をアンドレスの背中にまわしながら、ペネロペは言い出した。
「さ・・さ・・三十人とか聞いたんですけど」
「全ての人間を凍らせて、ある身体的箇所を、二度と使い物にならないようにしてきた」
「「「二度と使い物にならないようにしてきた?」」」
その場に居たラミレス王やその侍従、腕の中にいるペネロペまで声を揃えて疑問の声を上げたのだけれど、
「何処を?」
と言うペネロペの質問にアンドレスが答えることはなかった。
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