第三十五話 それは嘘です
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娘のマカレナはどうしようもない女だったけれど、父親と息子は優秀で、至って真面目な人物なのだ。
大きな派閥を率いるペドロウサ侯爵に対して、ラミレス王はマカレナを切り捨てるかどうするかを侯爵に選ばせることにしたのだが、
「マカレナは我が侯爵家とは縁もゆかりもない娘にございます」
と、断言した侯爵はその場で絶縁状にサインをした。
ラミレス王は、侯爵に対して、娘のマカレナだけでなく、ムサ・イル派とも袂を分かつことを宣言させると、
「それではロペス・ペドロウサ、貴様に命じる。我が国で悪の限りを尽くすムサ・イル派の司教たちを貴公の持つ武力を使って摘発を行うのだ。奴らが悪であるという証拠をくまなく探し出して提出せよ」
と、王は威厳たっぷりの様子で言い出した。
まるで舞台のような台詞回しに、ペネロペは思わず呆気に取られてしまったのだが、
「司教たちの神にも背く行為を、このまま見過ごすことは我には出来ぬ!分かるな!」
跪いた侯爵は大きく頷いた。
「国王陛下のお望みのままに、我が侯爵家の兵士を動かして、毒を使って悪逆非道な行いをする司教たちを即座に捕まえに行って参ります!」
と言うなり、侯爵は応接室から飛び出しって行ってしまったのだ。
鬼気迫るその背中を見送ったペネロペは、遠慮も何もなく、目の前の国王に向かって、
「さっきのは嘘ですね」
と、言い出した。
「侯爵のご子息が毒を盛られた。それは嘘ですね」
「よく分かったな」
くすくすと笑いながらソファにラミレスが戻ると、冷めたお茶は下げられて新しい紅茶が用意される。
「今年の冬はことさらに寒いからか、侯爵の息子は風邪を拗らせて五日ほど寝込んでいるような状態なのだ。末っ子はとにかく可愛いと言って甘やかして育てられた娘なのだが、兄に毒を盛るようなことはしていない。だがしかし、媚薬の悪用は良くやっている」
「媚薬?」
「夜会などで、気に入らない令嬢に媚薬入りの飲み物を渡して飲ませて、夢中となっている間に処女を散らすような遊びをやっていたのだ。今回、ペネロペの為に用意した男が三十名というのも本当の話だし、それを見学するのがあの娘の楽しみの一つなのだ」
ズーンと胃が重くなったのを感じながら、ペネロペは自分の体が小刻みに震えていることに気が付いた。
「なんという恐ろしい話でしょうか?今まで問題にもならなかったのは何故でしょう?」
「昨今の風潮では純潔を軽視するようなところがあったものの、やはり、夜会で見知らぬ男相手に散らしたとなると体裁が悪いにも程がある。ゆえに、泣き寝入りする家が多かったということと、相手が下級の貴族や平民身分の女性が多かったということも理由に上がるだろう」
「それでは今回のことは・・」
「君を凌辱するという目的だけで三十人もの男を用意するのだ。やり方が悪辣すぎるし、手慣れすぎている。それ故に、調べてみたら余罪が山のように出て来たわけだよ」
平民とはいえ、王国でも五本の指に入る商会の令嬢も犠牲になり自殺をしてしまったというのだ。今までペドロウサ侯爵家に守られていたマカレナも、絶縁された後では簡単に手を出せる。
「マカレナ嬢の引き渡し先はすでに決まっている」
そう言ってにこりと笑うラミレス王は嘘をついてはいない。
「ペドロウサ侯爵家が動くのと同時に、市中にある数カ所の井戸に軽い毒を投入する。我が王家に反発する司教たちが毒を入れたのだと大騒ぎをさせて、市民を扇動させることになる」
「何故そこまでするんですか?」
「それが必要だと思うからだ」
宗教は難しい。
皆、死後には神に許されて楽園に招かれたいと心から願うし、その為なら何でもやろうと考える。楽園を望む人々の気持ちを利用して来たのがムサ・イル派なのだ。国王が『フィリカ派』に帰依すると宣言したとしても、一斉に民衆を従わせる為には、幾つもの策が必要となってくる。
「中立派であり、最大の派閥の長であるペドロウサ侯爵に、わざわざ司教たちを捕まえに行かせることで、大多数の貴族が帰依に賛成なのだと示すわけですか。もしも侯爵が娘を捨てられない、ムサ・イル派に弓は引けないと言ったらどうされたのです?」
「それはないよ。だって、息子を治す解毒剤は王家にしかないのだと私が言うからね」
毒も盛られていないから、解毒剤も必要ない状態だというのに、そこはハッタリを使ってでも自分の思う方向へ進めて行く王の手腕は計り知れない。そもそも、ペドロウサ侯爵が家族を大事にしているのは有名な話なので、息子の為ならば司教にだって牙を剥く。
そう、家族が大事だからこそ、侯爵は家を潰そうとしているマカレナのことを決して許しはしないのだろう。
◇◇◇
ペネロペ・バルデムには敵が多い。
美しい侯爵に執着されているペネロペに、嫉妬と憎悪を向ける女性は山のようにいる。王宮でペネロペの悪口を広めていったのは、ペネロペの専属侍女となったマルタだ。
ペネロペがロザリア姫の専属侍女として抜擢されて以降、ムサ・イル派にとって予想外のことが起こり過ぎている。早々に排除するように命じられたブランカは、アンドレスに恋する女たちを利用することにした。
給仕をするためにやって来た侍女のマルタも、マルタに賛同するメイドたちも、集まった大勢の人間が、一人の淑女が穢されていく姿を眺めることを望んでいる。
「反吐が出る・・」
もうすぐ、見習い騎士がペネロペ・バルデムを部屋まで連れて来ることになるだろう。そうなったら地獄の始まりで、奴らは彼女が壊れ果てても尚、行為を続けることだろう。
「嫌だ・・もう嫌だ・・」
木々の木陰に座り込み、ブランカが自分の耳を覆ってぎゅっと目を瞑っていると、そのブランカの手を優しく包み込みながら、
「み〜つけた」
と、男の声が彼女の耳元で囁いた。
「精神感応系の魔法は滅んで無くなったと思っていたんだけど、無理矢理再現させたのか」
ブランカの顎を掴んだ年若い男は、ブランカの瞳を覗き込むように見ると、
「宝石眼、それも偽物。司教の奴らは禁呪に手を出していたのか」
と、言いながら手錠をブランカの両手に嵌めていく。
「お前は生きたいのか死にたいのか?」
「い・・生きたい」
「何故、生きたいんだ?」
「お・・王子様を・・アドルフォ王子様を・・助けたいから・・」
ハッと我に返ったブランカが唇を噛み締める、自分でも意識しないうちに言葉が溢れ出てくる。まるで精神感応系の魔法をかけられているみたいに。
「何故、アドルフォ王子を助けたいんだ?」
そう尋ねた時の男の目が、焦茶の髪の毛の奥でギラリと光ったように感じたのだけれど、
「好きだから」
ブランカの口は、心の奥底の思いを吐き出した。
「自分の命を捧げても良いほどに好きだから」
面食らった様子のブランカの腕を掴んだ男は、それでも気を取り直したように歩き出す。引きずられるように足を運んだブランカが視線を前へと向けると、テラスから外に向かって幾本もの氷柱が突き出していることに気がついた。
その有様を呆れた様子で眺めたもしゃもしゃ髪の男が、
「殺したわけじゃないんだよなぁ!」
と、部屋の中に声をかけると、氷漬けとなった悪戯部屋から顔を出した男が、
「殺して良いのなら殺したい。とりあえず男どもの急所は凍傷を悪化させて壊死にまで持っていっている」
と、恐ろしいことを言い出した。
『焦茶髪のもじゃもじゃと、氷の英雄を見かけたら逃げ出しなよ』
確かに大魔法使いキリアンはブランカに言っていた。
『奴らが現れたら失敗だ、すぐに撤退しないと殺されるぞ』
「嘘よ・・そんなの嘘よ・・ああ・・アドルフォ様・・」
ブランカは腰が抜けた様子で地面に座り込んでしまった。
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