第三十四話 娘の暴挙
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「ペネロペ様、フェレ・アルボラン様からカードを預かっております」
騎士がカードを持って来たことに驚きながらも、ペネロペは彼が嘘をついていることに気がついた。
騎士の制服を着ている男はペネロペの名前を呼ぶ前に、一度、自分の口を一文字に引き締めながら、自分の上唇を自分の口に含むような形にした。その直後に、真っ直ぐにペネロペを見つめながら先ほどの台詞を言い出した。
嘘を吐く際には、その唇に必ずサインが現れる。
手紙の宛名は確かに、婚約者だったフェレ・アルボランの直筆だったけれど、これを持って来た彼は確実に嘘をついている。
封筒に記された名前はフェレの直筆だったけれど、騎士は確実に嘘を吐いている。では、何故彼は嘘をついているのか?そのことに興味を抱いたペネロペが封筒の中の手紙を確認すると、騎士は安堵のため息を吐き出したのだった。
ペネロペは騎士の後に従う形でパーティー会場を抜け出すと、広い離宮の長い廊下を人気が無い方角に向かって歩き出す。間隔を置いて並んでいた護衛の兵士たちは次第に数が少なくなり、二度ほど確認作業を終えた後に、宮殿の中でも一番奥まった場所にある部屋の扉を騎士がノックした。
扉の中から返事があると、ペネロペをここまで連れて来てくれた騎士は扉の横に控えるようにして立つ。すると、両開きとなった扉の向こう側で、ラミレス王がにこりと笑ってペネロペを迎え入れた。
王家の人間が滞在することも多い離宮のため、国王専用の執務室もあれば、国王が来賓を招く際に利用する応接室も存在する。おそらく案内されたのは王が利用する応接室の一つであり、天井からぶら下がるクリスタルのシャンデリアがキラキラと輝いて見えた。
「ペネロペ様、こちらの方へどうぞ」
侍従に案内されてソファに腰をかけると、目の前に紅茶や色鮮やかで小ぶりなケーキなどが並べられていく。
「会場では挨拶ばかりで何も口に入れていないであろう?」
ラミレス王はそう言ってペネロペに遠慮せずに食べるように促したのだが、胃潰瘍がまだ治りきっていないペネロペにはフォークを持ち上げる気力がない。
「あの・・陛下は何故ゆえこのような場所に・・」
北方二十カ国の使節団を招いての宴であり、そろそろ会場に足を運んでも良さそうな時間のはずなのに、国王ラミレスはリラックスした様子でソファに腰をかけている。
「実はもう一人、人を呼んでいるのだよ」
そう言って王がにこりと笑うと、タイミング良く扉がノックされる音が室内に響いた。侍従が扉を開けると、痩せ型で顎の髭が黒々とした男性が、真っ青な顔でよろけながら室内に足を踏み入れたのだ。
「お・・お・・王国の輝ける太陽であるラミレス国王陛下にペドロウサ侯爵家が当主、ロペス・ペドロウサがご挨拶を申し上げます」
恭しく辞儀をする侯爵にソファに座ったまま視線を送ったペネロペは、侯爵に対して挨拶をするべきなのか?どうしようと、挙動不審となって視線を彷徨わせた。すると、王はにこりと笑ってペネロペにそのまま座っているように視線で命じてきたように見えた。
「ペドロウサ侯爵、私は君に、自分の娘をきちんと躾けるように忠告をしたはずだが、それはどうなっている?」
え?という表情を浮かべた侯爵は、いつ、自分の娘の躾について言われたのかを思い出そうと必死に頭の中を回転させていく。侯爵は娘が三人いるが、躾を問われるとしたら、一時期王子の婚約者候補にも上がったマカレナのことに違いない。
「私には娘が三人おりますが、一番末の娘のマカレナのことを言っているのでしょうか?もしかして・・娘はそちらに居る令嬢に対して、何か不愉快にさせるような言動でも致しましたでしょうか?」
国王の向かい側に座るのは、宰相補佐であるアンドレスの婚約者であり、今日、陞爵を発表されるバルデム家の令嬢に違いない。アンドレスの婚約者というだけでも気に入らないのに、生家が陞爵して同じ侯爵位となるのだから、色々なことが気に食わなくて、娘が何かをやらかした可能性が拭い切れない。
「今日は何のための宴か侯爵は知っておるか?」
「はい、本日は北方二十カ国の使節団を招いての歓迎の宴でございます」
「そう、これから帝国と渡り合っていこうという時に、我が国は後方に控える小国連合と足並みを揃える必要があるわけだ。その大切な宴の場で、貴公の娘はあろうことか複数人の男たちをけしかけて、ここにいるペネロペ嬢を凌辱させようと企んだ」
「な・・なあ!」
真っ青となったペドロウサ侯爵は体をびくりと動かしたまま、挙動不審に体を前後に揺らす。その仕草は、彼が何か思い当たる部分があることを大きく示しているように見えた。
「本日は、宰相であるガスパール・ベドゥルナ、鉱山大臣であるセブリアン・バルデム、両家を陞爵することを発表すると共に、バルデム家の令嬢ペネロペと、ガスパールの懐刀とも言われるアンドレス・マルティネスの婚約を発表する予定でいる」
その話はすでにペドロウサ侯爵も知っていた。常々、娘のマカレナがアンドレス・マルティネスと結婚するなどと夢みたいなことを言っているのを知ってはいたが、まさか、その結婚を阻止するために、ペネロペ嬢を陵辱させることを企んでいたとは・・
「それだけに止まらぬ。本日、我がアストゥリアス王国はクレルモン王国同様、ムサ・イル派とは袂を分かち、フィリカ派へ帰依することを発表する予定でいるのだ。それも我が国だけではなく、北方二十カ国揃っての宗旨替えを発表する」
驚愕に瞳を見開く侯爵に、ラミレス王は畳み掛けるように言い出した。
「貴殿の娘はムサ・イル派の手先となって動いているのを知っていたか?今回、ペネロペ嬢を凌辱する騒ぎを起こすことで、宗旨替えをも無かったようにしようと企んだ。お前の娘が陵辱のために用意した男たちは三十人近くに上るのだが、その大半が熱狂的なムサ・イル派信者の貴族どもよ」
「りょ・・りょうじょく・・三十名近く・・な・・なんということを・・」
その話はペネロペも知らないことだった。
ペネロペ一人に対して三十名、どれだけ行列が出来るのか想像をするだけでも恐ろしい。
愕然とした侯爵がその場に膝をつく姿を見つめたラミレス王は、微笑を浮かべ、組んだ足の上に両手を重ねるように置きながら言い出した。
「ムサ・イル派は信者の洗脳をも行うようでね、私の長年仕えていた側近もこの洗脳を受けて私や息子を毒殺しようとしていたのだが、国の上層部を殺して入れ替えるのが奴らの常套手段なのは間違いない。跡取りとなる君のご子息が最近体調が悪いと聞いたのだが大丈夫か?」
「ええええ?」
「マカレナ嬢と仲良くしているのはウガルテ伯爵家の令嬢であろう?ウガルテ伯爵と言えば熱心なムサ・イル派の信者であるし、娘のブランカ嬢は中央から送られてきたムサ・イル派の犬だよ」
「な・・な・・な・・そんな・・」
「医師では判別も難しい毒を利用するのが奴らの手だ。優秀な跡取りを排除して自分たちの都合が良い人間、つまりはムサ・イル派の信者を送り込んで、内側から食い荒らしていくのが彼らの目的でもあるのだよ」
侯爵は自分のトラウザーズを握りしめながら、下を俯いて小刻みに震え出す。
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