第三十三話 騎士カルレス
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「お前が居てくれて本当に助かったよ」
ジョゼップに肩を叩かれたカルレス・オルモは、裏口に現れた数人の男たちを離宮の裏庭へと案内する。
花の離宮は王族も避暑地として利用する別荘であり、王宮から少し離れた森の近くにある宮殿となる。馬車で一時間ほどの距離にあり、多くの貴族が離宮の舞踏会場へと足を運んでいる。そんな中、賓客を宿泊させるために用意された宿泊棟の外れの、北方に位置する一番奥まった部屋からは、若者たちが楽しむような笑い声が響いていた。
小さな庭園に出れられるようにテラスが開放されており、一階の中庭に面した客室には一つのベッドを囲むようにしてソファや椅子が用意されている。
酒や軽食まで運び込まれており、一見すると詩人を招いての集まりのような様相に見えなくもないのだが、その中央に置かれているのが大きなベッドひとつだというのだから異様だ。
「ああら!カルレスじゃない!」
客室に居る人間は男も女も、給仕の者まで仮面を付けているのだが、テラスまで出て来た女ははしゃいだ声で、
「今日はカルレスが大活躍するのでしたわね!頑張ってくださいませ!」
と言い出した。
蝶の仮面を付けているのは、カルレスの恋人だったマカレナで、その後ろの仮面の令嬢はブランカ嬢だろう。ブランカ嬢の隣に居る令嬢が誰なのかは分からないけれど、警護兵として配備されているカルレスが長く滞在して良い場所ではない。
「うわー!酒がこんなに用意されているだなんて!」
「最高だな!」
はしゃいだ声を上げながら客室へと入って行くジョゼップやその仲間たちに仮面を渡しながら、こちらの方を見たブランカ嬢がにこりと笑う。
その時に頭がくらりとしたものの、カルレスは頭を横に振りながら元来た道を戻って行く。
カルレス・オルモが騎士となるために王立学園に通うことになったのは、
「カルレスは騎士に相応しいと思うから」
という祖母の一言で決まったようなものだった。
家長である父よりも発言権のある祖母の一言で、カルレスは騎士としての道を歩むことになった。騎士としての修練は苦難の連続だったけれど、必死に努力をして祖母の望むような騎士になろうと努力した。
自分の顔が整っているということには子供の時から気が付いていたけれど、学園でマカレナに声をかけられた時には天にも昇るような気持ちとなったのは間違いない。マカレナは侯爵令嬢であり、婚約者も居る身であるため、身分違いの二人が結ばれることはないけれど、カルレスは自由奔放なマカレナを愛していたのだ。
確かに彼女のことを愛していたし、彼女が婚約破棄をされたというのなら、自分が精一杯彼女を養っていこうと心に決めた。
自分は本気で愛していたけれど、マカレナにとっては遊んでいる男の中の一人に過ぎない事も知っていたけれど、それでも良いと思っている時もあったのだ。
「カルレス、光の神は須く全ての民を光で照らし、全ての行いを見ているのよ?」
敬虔なルス教の信者である祖母は言っていた。
「神は全ての行いを見ているのよ」
あとふた月ほどで正騎士となることが決まっているカルレスは、今回、北方二十カ国の使節団を招いての宴の警備に参加することが決まっていた。
肩に付けた腕章は舞踏会場に出入りすることを許された証であり、見習い身分では到底付けられるものではない。他国の要人を招いてのパーティーの警備は厳重で、幾度もチェックを受けながら長い廊下をカルレスは進んだ。
巨大なシャンデリアがぶら下がる舞踏会場には貴族たちがすでに集まり、軽食をつまみ、ワインを飲みながら国王と施設団の登場を待っているようだ。この時間に、貴族同士の挨拶などを済ませようとしている者が意外に多い。
会場を移動中に、一人の男がカルレスに向かって片目を瞑ってウィンクを送って来た。財務部に勤めるフェレ・アルボランであり、今日も金髪でやたらと胸が大きな女をパートナーとして連れている。
使節団との交渉には多くの役人が関わっているため、パーティーには官吏の人間も多く参加しているのだった。なにしろ、自分たちの上司にもなる宰相ガスパール・ベドゥルナが侯爵位に陞爵するのだ。
鉱山大臣となったセブリアン・バルデムも陞爵することが決定しているけれど、今まで爵位が上がることを頑なに拒否し続けてきた宰相閣下の出世とあって、いつもの倍以上の官吏が参加していることにカルレスは気がついた。
一際大きな人の輪が出来ているのが宰相閣下が居る場所であり、その次に大きな人の輪が出来ているのがバルデム伯爵の居るところなのだろう。
宰相と宰相補佐であるアンドレス・マルティネスが人混みから少し離れた場所で何かを話し出した姿が目に入り、婚約者に置いていかれた形のペネロペ嬢が、給仕からワインを貰っている。
人垣が切れたほんの一瞬を突いてカルレスはペネロペに歩み寄ると、
「ペネロペ様、フェレ・アルボラン様からカードを預かっております」
と言って、彼女にカードを差し出した。
新緑の瞳を見開いてカルレスの顔を見つめたペネロペは、一瞬、遠く離れたアンドレスの方へ視線を送ったものの、カードの中身を確認し、
「わかりました、一緒に行きます」
と言ってカードを小さく折りたたみ出した。
「あなたについていけば良いのね?」
「はい、そうです」
騎士としての正装をしているとはいえ、自分がエスコートをするのもおかしいと考えたカルレスが、ペネロペの前を歩いて行くと、ペネロペは特に警戒することもなく後ろをついて歩いて来る。
「信じて貰えて良かった・・」
カルレスは口の中で小さく呟いたのだが、その声がペネロペまで届くことはなかった。
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