第三十二話 マルティネスブルー
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ワンショルダーのドレスは、肩の傷を隠すために用意をされたものだろう。あえて、怪我を負っていない左側をレースショールで包みこむ。
右肩の傷は艶やかなシルク生地に覆われ、右腕部分は露出させる。そのため、胸元から左肩にかけて覆われるレースショールに見ている側は視線を奪われる。
そのレースショールの下の肌は傷ひとつない状態となっているため、
「あれ?大怪我を負ったというけれど、それほど大きな傷ではなかったのかな?」
と、見る者を錯覚させるようなドレスの作りとなっている。
「今日は是非ともこのネックレスとイヤリングを付けて行って欲しい」
アンドレスが用意したのは呪術刻印が記された金剛石のネックレスとイヤリングだった。ペネロペが着ているドレスは胸元から膝下までぴたりとフィットしている。裾がマーメイドのように鰭が広がっているように見せるために、幾重にもレースが重ねられているのだった。
一見、ドレスのみではシンプル過ぎるように見える装いも、アクセリーを付けるだけでグッと華やかさが増していく。亜麻色の髪の毛をアップにして、髪飾りをふんだんに付けているため、誰もがペネロペの肩の傷など気にもしないだろう。
そう、肩の傷が全く気にならない。そのことだけをひたすら重視して作られたこの装いを眺めて、ペネロペは思わず大きなため息を吐き出した。
「ドレスの色はこの色じゃなくちゃいけなかったのでしょうか?」
アンドレスはブルートパーズの瞳を持つ男なのだが、瞳の色と同じように濃厚で端正な深みのある青を出すのはかなりの技術が必要になる。
体にピッタリと吸い付くようなドレスは完全にオーダーメイドだろうし、宝飾品についても高価過ぎて頭が痛くなってくるレベルだ。一体、今の自分は総額で幾らになるものを身に付けているのだろうかと想像すると、ペネロペは自分が高価なジュエリートレイにでもなったような気分になってくる。
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者なのだ。自分の色を自分の婚約者に身に付けさせる程度の度量はある」
「身に付けさせるのは良いんですけど、明らかに予算オーバーを感じさせるドレスなのですが?」
この色の生地を用意するだけで、一体、幾らの予算が必要になるのだろうかと考えていると、侯爵家ではこの色の生地は幾種類も用意してくるのだとアンドレスが説明してくれた。
「マルティネス家の人間は、大概この瞳で生まれてくるので、買える時に大量に買っているから文句が出ることはない」
瞳の色に合わせた生地の入手は非常に難しいため、倉庫にたくさん保管されているのだという。
「うん、いいな、大丈夫そうだな」
ペネロペの周囲をぐるぐると回りながら確認をしていたアンドレスは立ち止まると、
「腹が痛くなったら即座に私に言え」
と、言い出した。
「治癒師が言うには、まだ、胃の潰瘍が治りきってはいないと言うからな。あまり無理はするな」
アンドレスと関わるようになってからというもの、ペネロペの胃には潰瘍が出来るほどのストレスがかかっていたらしい。安静にしなさいと言われながら、卒業試験と論文作成で片時も休むことが出来なかったペネロペは、今、この目の前の男を『碌でもない男』認定しても良いのではないかと思い始めていた。
「宰相補佐様、やっぱり貴方は碌でもないですよ」
「何故だ?」
「私、論文を書き上げたのが昨日ですよ!昨日!」
アンドレスは意味が分からないといった様子でペネロペを見下ろした。
「私は無理をする必要はないと言ったよな?事情により卒業試験が受けられない者や、卒業に値しないと判断された者は、約半年後に再試験を行うことになっている。その再試験を受けて卒業とした方が良いのではないかと言ったよな?」
アンドレスは胸の前で逞しい腕を組みながら言い出した。
「君が、そんなまどろっこしいことはしたくないと言って、試験を受けることを決めたのだ。論文提出だって先延ばしにして、卒業判定を半年後にしても良いのに、卒業パーティーまでの間にすっきりしたいと言い出したのは君だ」
「ぬぐぐぐぐ」
「しかも、夜中まで我が家の図書室に引き篭もる君の為に、寝ずの当番を決めてメイドたちに君のフォローをさせて、その場でも眠れるように簡易ベッドまで用意したのは私だ。そんな私に対して、碌でもないとはどういうことなのだろうな?」
「だけど!だけどですよ!病み上がりの私を婚約者としてパーティーに連れ出すのもどうかと思いますよ!だって私!大怪我を負っていたんですよ!」
ペネロペが大怪我を負ったのは、完全にアンドレの所為なのだ。彼がペネロペを囮にするようなことをしなければ、ペネロペが大怪我を負うことにはならなかったのだ。怪我のことを出せばきっと、自分は碌でもなかったと認めるのではないかとペネロペは思ったのだが、アンドレスは肩をすくめながら言い出した。
「君のお父上が出世してしまったのだから仕方がないではないか。鉱山大臣となってからの活躍は凄まじく、宰相閣下と共に我が国の膿を出すことに尽力された。その父上が侯爵位に陞爵するというのなら、娘である君は這ってでもパーティーに顔を出さなければならない」
「じゃあ!なんで私たちの婚約を、わざわざその場で発表しなくちゃならないのでしょうか!」
「だって君、大魔法使いキリアンに狙われているじゃないか」
ペネロペは大魔法使いに狙われている。彼のアキレス腱の水分を吸い取ってカピカピにした上に、血の塊を血管内に無数に飛ばして、物凄い恨みを買っているのだ。
「今回、パーティー会場を花の離宮にしたのも、完全に『大魔法使いキリアン対策』ということになる。君のためにわざわざ、ラミレス王が花の離宮に会場を決定したというのに君は行きたくないと言うのかね?」
「ああ言えばこう言う!」
「君に言われたくないのだがね」
母親が箱から出したワンショルダーのドレスは、ペネロペの肩の傷が目立たないように最大限の配慮がされているものだった。一体、どの時期から用意したのか分からないものの、彼の婚約者として隣に立っても、周りの令嬢たちがケチをつける隙が一つもないような出来なのだ。
甘色の髪に深い碧は似合わないと思っていたけれど、ドレスがシンプルだからこそ違和感を感じない。
「まあ、とりあえず、この碧は嫌いじゃないですよ」
気を取り直した様子で鏡の中の自分の姿を見るペネロペを見ながら、アンドレスの口元はにんまりと笑っていた。
マルティネスブルーと言われるこの碧は、侯爵家が治める空の色と同じ色であると言われている。この色のドレスを贈られるのは次期侯爵夫人だけ。アンドレスの弟の妻でさえ、この色のドレスは持っていないのだ。
この色のドレスを着ているということは、ペネロペがアンドレスの妻となり、侯爵夫人となることが決定しているのだと周囲に主張したことになる。周囲への牽制になるのはまず間違いない。
「その色が嫌いじゃないのならそれで良い」
そう言って微笑むと、エスコートするためにアンドレスがペネロペに対して手を差し出したのだった。
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