第二十九話 残酷な淑女たち
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ブランカはムサ・イル派の総本山と呼ばれる大聖堂の中で生まれた。
宝石眼を持つ少女や少年は、ブランカの他にも数名いて、ある程度の年齢になったら各国に送り込まれることになることが決定していた。
ムサ・イル派の司教や枢機卿たちは、ムサ・イルの教えでアラゴン大陸を制覇することを願っているし、そうなることを神がお望みになっているのだと常々言われていたわけだ。
アラゴン東部は敬虔な信者も多く、多くの人々はムサ・イルの教えに忠実に生きていたものの、西部はというとだいぶ頼りない話になってくる。
アストゥリアス王国では、あろうことか帝国との融和路線を打ち出し、帝国の姫を側妃として娶るという暴挙に出た。その為、司教たちは側妃の産んだ王子を排除するために必死で動くことになったのだ。
そもそも、帝国の姫を娶るような王なのだ。ムサ・イル派の教えを軽視しているのは間違いない事実だと言えるだろう。
「ブランカ、あなたはアストゥリアス王国に行って異端者を排除しなければなりません」
司教様はブランカの髪を優しく撫でながら言い出した。
「あなたはとても優秀な子ですから、きっと、神の教えに忠実でいてくれるでしょう」
司教たちは、王国の王と側妃の息子に対して毒を使って排除をして、正妃の息子であるアドルフォ王子をアストゥリアスの新しい王とする。そうして自分たちの好むように国を根底から変えていくつもりだったのだが、アドルフォ王子は司教たちが好まない考えを父王から譲り受けることになったのだ。
「全ての人は自由でなければならない。それは宗教も人種も関係なく、全ての人は、その血や肌の色に関係なく神に愛されているのだから」
到底許される発想ではない。
全ての人がその血や肌の色に関係なく愛されるなどあってはならない考えだ。異なる存在は悪であり異物であり、神がお許しにならない存在である。
神がお認めになるのは司教や枢機卿たちに対して従順な人間であり、反抗するものなど、到底楽園には行くことなど出来ないのだから。
「ブランカ様・・ブランカ様!」
クレルモン国王の姪であるミシェルは今、ブランカが確保をしているような状態だ。ミシェルが自殺をしたという狂言が原因でクレルモン王国はムサ・イル派と手を切った。その原因となった令嬢はきっちり元気に生きている。全てはペテンであったと明らかにするために、ミシェルの存在は絶対に必要となってくる。
「また、カルネッタ様からお手紙が来ていたの。領地に一緒に行きましょうと書いてあるのですけど、これも無視で良いですわよね?」
「ええ、断っても何も問題ないですわ」
貴方は私と一緒にクレルモンへ移動をして、実は自分は生きていたのだと、国王や貴族の重鎮が集まる場で宣言する予定なのですもの。バシュタール公爵家に身柄を預けられるようなことになったら本当に困るもの。
「侍女たちが話しているのを聞いたのだけれど、他国からの使節団を歓迎する宴で、アンドレス様がペネロペ・バルデム嬢と婚約を発表するつもりなのだって」
「何も不安に感じることはございませんわ」
瞳を宝石のように輝かせながら、ブランカはミシェルの瞳を覗き込む。
「アンドレス様が本当に愛しているのはミシェル様に他ありません。どうやら婚約を破棄されるペネロペ嬢がアンドレス様に縋っているようですけれど、アンドレス様の婚約者の地位にはマカレナ様が就いて、二人の愛を守る隠れ蓑となる予定は変わらずですから」
宝石眼を持っているとはいえ、ブランカの力はそれほど強いものではない。それは何故かと言うのなら、この宝石眼が人工で出来たものだからだ。
本物の宝石眼は百人を相手にしても洗脳が可能とも言われているけれど、ブランカは複数人を洗脳することが出来ない。
王立学園に通っている間は、仲の良い生徒たちの間で誰が一番に素晴らしい男を引っ掛けられるかで賭け事が行われたものだった。
上位身分の令嬢たちは、自分たちよりも位が低い婚約者を当てがわれていることが多く、家の為に嫌々結婚するのだからという理由で、自分が好んだ相手と初めては散らしてしまう。
ブランカは周りの令嬢たちがウキウキしながら純潔を散らしていく中で、周りに合わせて散らしているように見せた。相手の男には幻覚を見せて、処女を散らしたように洗脳した。
婚約者候補だったブランカがアドルフォ王子の婚約者に返り咲く可能性もゼロとは言い切れない状態だったため、純潔は今でも大事に取ってある。
「ブランカ、お父様に聞いたのだけど、使節団を歓迎する宴は花の離宮で行われることになるみたい。部屋は用意出来そうかしら?」
花の離宮とはパラナマ川を見下ろす形で建てられた、王族が別荘として利用することもある花に囲まれた美しい宮殿のことで、他国からの要人を招く際の迎賓館のような役割を担うこともある。
王宮の舞踏会場を使うのであれば、部屋を用意するのに何も困ることはないのだが、花の離宮というと王宮のように便宜が図れるわけではない。
「マカレナ様、大丈夫です。お遊び用の部屋はきちんと用意しておりますから」
一階にある人の出入りもしやすい上に、離宮の丁度北側に位置して日当たりも悪い部屋を、使用人を一人洗脳して確保することに成功した。
そこでペネロペ・バルデムは多くの男たちから陵辱されることになるし、その有様を見学してやろうと企んでいるのが、マカレナとミシェルなのだ。
「あの憎っくき女が痛い目に遭うのを早く眺めたいですわね!」
扇で口元を隠しながらクスクスとマカレナが笑い出すと、ミシェルまでマカレナと同じように瞳を細めて笑い出す。
「泣いて嫌がることでしょうね、本当に楽しみですわ!」
マカレナと共にこっそりと王宮の外に抜け出しているミシェルは、何度目かの夜会で男の味を覚えた。ミシェルの相手は貴族の男だったらしいのだが、
「アンドレス様がいけないのよ!アンドレス様が!アンドレス様がいけないの!」
と、泣きながらそんなことを言っていたらしい。
その時はペネロペの肩の傷も重く、アンドレスは昼も夜も付きっきりの看病をしていた為に、周囲は二人が、すでに男女の関係であるのだろうと判断していた。
自分を見向きもしないアンドレスに意趣返しをするつもりで男と床を共にしたミシェルは、その後も男と褥を共にしているらしい。
男を知った女は何故か、自分が望んで純潔を失ったというのに、赤の他人の誰かの純潔を散らしてやろうと企み出す。
自分よりも身分が低かろうが、容姿が醜かろうが関係ない。純潔であるという事で、羨ましいほど神々しく見える瞬間というものがあるのだろう。男を知る最初の行為を涙で濡らし、後悔するようなものにしてやりたい。
学園に通っている時にも目を背けたくなるようなことが度々行われたけれど、学園を卒業して一人前の大人として認められた後も、彼女たちは同じようなことを繰り返す。
「今度は三十人近くが相手なのですって」
「まあ!信じられない!」
ブランカは自分の純潔を後生大事に取ってある。もしかしたら、アドルフォ王子が治るかも知れない。その望みが捨てきれないからこそ、自分の大切なカードは大事に取ってあるのだが、そのカードを冗談みたいな気まぐれで捨て去ってしまった残酷な淑女たちは、より悲劇的な結末を今日も明日も望んでいる。
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