第二十七話 出世したいわけではないのだが
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「わ・・わ・・私が侯爵ですか?」
「バルデム伯爵、ラミレス王は君の活躍を大いに喜び、是非とも陞爵しておきたいとお考えになっている」
「なっ!」
「鉱山大臣となった伯爵は、こちらの想像以上に大鉈を振るって、我が国の膿を吐き出させてくれたのだ。鉱山事業を取り仕切り、悪の限りを尽くしてきたシドニア公爵の代わりとなるのならば、最低でも侯爵程度の爵位は必要となるのは君にも分かるだろう?」
「なっ!なっ!なっ!」
ずんぐりむっくりしているバルデム伯爵は、歓喜に打ち震えるわけでもなく、厄介なことを言われたとばかりに二歩ほど後ろにあとずさって、口髭の下の口をもごもごさせた。
「今度行われる北方二十カ国の使節団を招いてのパーティーで、君が侯爵となることを発表する。多くの恨みを買ってしまった君の家族の安全も、大勢の場での爵位の発表で確保出来ることになるだろう」
「そうなのでしょうか・・」
「もちろん、領地も増えることになるし、君が抱える鉱山の数も増えることになる。収入が増えればより質の良い護衛が雇えるようになるし、敵も排除しやすくなるだろう」
「なんということか・・」
「伯爵位ということで今まで君に対して強気に出て来た貴族も多かっただろう?そんな彼らと同等となるのだから、働きやすくなったと思うのだがね」
「私が侯爵位を賜るという話は理解しましたが、それでは宰相閣下はどうなのです?」
「私か?」
アストゥリアス王家を支える宰相ガスパール・ベドゥルナは伯爵位を賜っている。爵位を上げる話も出ているのだが、元軍人に侯爵位は過剰過ぎると言って拒否しているのだ。
「私は何の功績も上げていないので、据え置きなのはそのままさ」
「そうなのですか?」
後日、ラミレス王に呼び出されたガスパールは、自分自身の爵位が上がることが決定したという貴族委員会からの報告書を渡されて歯噛みすることになったのだ。
「鉱山大臣だけ爵位が上がるのであれば、要らぬ嫉妬を買うのは必定と言われてしまえば仕方がない。そもそも、バルデム伯爵と組んで鉱山事業の闇にメスを入れたのは君なのだ。喜んで侯爵位を貰ってくれたまえ」
王にそう言われたガスパールの額には、青筋が何本も浮かんでいたという。
あのクソ狸!
ガスパールの心の叫びは、目の前に座るラミレス王にも届いたようだった。
「バルデム家は娘も面白ければ、その父親も面白いな」
普通、誰もが出世を望むものであるし、出世を約束されたのなら自分一人だけが甘い汁を吸いたいと考えるものなのに、そうは決して考えないのがバルデム親子ということになるのかもしれない。
「陛下、歓迎の宴ではバルデム伯爵の陞爵だけでなく、私の陞爵も発表されるということになりますよね?」
「そうなるな」
「だとしたら、アンドレス・マルティネスの婚約も盛大に発表して祝いましょう」
アンドレスとペネロペは婚約者同士ということになっているし、ペネロペが怪我を負った時には一日中、ベッタリの状態で看病をしていたし、傷の具合が良くなったら良くなったで、侯爵邸に自分の婚約者を匿ってしまうほどの入れ込みようとなっている。
ペネロペには福音書の修復とアーロの手紙の作成のため、情報を外に出さないようにするために隔離する必要があったのだが、そこまでやるかと思うほどに、周りの人間を除外してベッタリ状態となっているのだ。
「マルティネス侯爵家当主と新しく侯爵となったバルデム家の令嬢との縁組は、北方二十カ国の使節団や親善大使にもアピールした方が良いでしょう。ちょうど良いタイミングだと言えますな」
国王の元から自分の執務室へと戻ったガスパールは、すぐさま、鉱山大臣であるセブリアン・バルデムを呼び出した。
「宰相閣下、一体何のご用でしょうか?」
目の前に用意される茶器や菓子の数々に視線をおくりながらセブリアンが目の前の席に座ると、紅茶を手に取ったガスパールは言い出した。
「いやね、君のご配慮により、貴族院で私の陞爵が決定したようなので、是非とも礼を言いたいと思ったのだよ」
「当たり前のことが通っただけのことですので、私に礼など不要にございます」
伯爵は紅茶に手も付けずに、新緑の瞳を細めてにこりと笑って見せた。
実際、鉱山大臣であるセブリアン・バルデムだけ爵位が上がってしまうのは周囲のやっかみを受けるきっかけにもなってしまう為、大物なのに爵位が上がるのを拒否し続けたガスパールの陞爵は必要なことだったのは間違いのない事実。
シドニア公爵家が没落し、多くの貴族が失脚する中で、まともな貴族が上に立つ必要があるのもまた事実。
だとしても、ガスパールは侯爵になどなりたくなかったのだ。軍人上がりのガスパールは爵位に執着心など持っていやしない。爵位が上がることによる役割の多さの方を忌避しているため、今までのらりくらりと万年伯爵の地位のままで居たというのに・・
「実はね、今度の歓迎の宴で私と君の陞爵が発表されることとなるのだが、その場で君のところの娘であるペネロペ嬢と、私の直属の部下であるアンドレス・マルティネスとの婚約を発表しようと思っているのです」
「はああああああああ?」
驚き慌てるセブリアンを見て、ガスパールは蛇のような瞳を細めてにこりと微笑んでみせた。
「何をそんなに慌てるのだね?マルティネス侯爵家とバルデム侯爵家との縁組が成されることとなるのですし、陛下もこの発表を心からお喜びになっているのです。それを父となる貴方がそこまで驚くだなんて!」
「いや、いや、いや、マルティネス卿が本気で娘を相手になどしていないのは周知の事実ではありませんか?」
確かに王宮に広がる噂では、アンドレスの本命は他に居て、ペネロペはお飾りで置いているだけに過ぎないと言われている。
「君が変な噂を信じているとは思わないけれど、事実、私の部下は君の娘に夢中で、まだ婚約の時点だというのに自分の家に囲い込んでいるほど。だからね、ちょうど良いのではないかと思うのだが?」
「はあ?」
ペネロペの父は、娘とアンドレスの結婚を本気にしていやしないのだ。いつかは、アンドレスに捨てられるだろうと考えているし、娘が本国で傷つけられるくらいなら、帝国に亡命してやろうとまで考える男なのである。
「ちょうど良いで娘の結婚を決めないでください!」
この時、同室していた侍従は、狸と蛇が互いに睨み合って一歩も譲らない様を見て、冷や汗が背中を流れ落ちたと言っている。
「私はやられたらやり返すを信条にしているのでね」
「閣下の仕返しが娘の婚約発表ですか?なんとまあ!可愛らしいこと!だとしたら私は、閣下の娘御の結婚相手を仕返しとばかりに探さねばなりませんね!」
「何を言うか!まだうちの娘は2歳だぞ!」
「生まれた時から婚約者がいる者もいるのですぞ!2歳でも十分に婚約は出来ます!」
「爵位を上げた仕返しが陞爵で、婚約発表の仕返しが我が娘の婚約だと?冗談ではない!」
「冗談ではないと思っているのは私も同じこと!他国の親善大使を招いた宴で何故!娘の婚約を発表する必要があるのですか!」
冷めた紅茶を淹れかえながら、侍従は頭を悩ませた。
喧嘩を止めるために宰相補佐をお呼びするべきか?だがしかし、バルデム卿は宰相補佐が大嫌いだったはず!
「ああ・・どうしよう・・」
罵声が響く宰相の執務室で、侍従が途方に暮れたのは仕方がないことなのかもしれない。
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