第二十五話 修復士ですけども
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ペネロペの祖父は古書の蒐集家として有名だったけれど、彼が集めたものは状態が悪く、歴史的価値があったとしても、それだけの値段を払って購入する意味がないようなものばかりのように見えたのだ。
婚約者だったフェレが王宮に出仕するようになり、大人となった婚約者に追い付くために何が自分に出来るのかと考えたペネロペは、伯爵家の負の遺産と呼ばれる山のような古書の中から特に値段が高かった一冊を手に取ったのだった。
集めることが重要で、その後の管理についてはおざなりになっている祖父は、ペネロペが大切な一冊を持ち出したとしても気が付くこともない。
そうして歴史ある一冊をその手で開いたペネロペは、
「やっぱりこの中に預言者が残した遺物は紛れ込んでいやしなかったのね」
と言ってため息を吐き出したものの、
「それでも修復の価値があるのは間違いないもの、私の魔法を使ってこのゴミの山を宝の山に変えてみせますわ!」
と、興奮の声を上げたのだった。
羊皮紙とは、羊、山羊、子牛などの皮を利用して作られたものであり、老いた動物の皮だと寄生虫が湧くことも多いため、なるべく若い動物の皮が用いられているのだった。
脱毛を終えた皮をピンと張った状態で木の枠に取り付け、乾かしながら肉側の面を半月上のナイフで強く削る。傷で出来た穴なども発見されるため、その都度、針と糸で縫い合わせるようなことを行う。
インクの滲みを防ぐために表面を磨き、石膏の粉末を振って軽石で擦り上げる。そうして出来上がった羊皮紙に神聖なる文書を書き写していくこととなるのだが、時代の経過とともに羊皮紙は巻物から板のカバーを使ってまとめた本のような形へと変容することになる。
使徒や聖人たちは多くの手紙を残しているのだが、これを四角に折りたたんでまとめる作業をしているうちに、表裏の表紙をつけて本のような形でまとめられるようになった。ペネロペの祖父が領地からの収入二年分を払って購入したものも、古くから残る聖人や使徒の手紙を本としてまとめたものになる。
水魔法が得意なペネロペは、まずは自身が使う水を利用して手紙の偽造を始めることになるのだが、
「三百年前に書かれた手紙を偽造するにしても、私の技術だけでは駄目なのかも・・」
聖人アーロの手紙を作成していたペネロペは、早速、大きな壁にぶち当たることになったのだ。
羊皮紙は動物の皮で出来ている。その為、月日を追うごとに劣化していくことになるのだが、その劣化の過程では微生物が大きな役割を担うようになってくる。水を抜いて羊皮紙を枯渇させることはペネロペに出来ても、長い年月をかけたように見せかけるために劣化させるのは難しい。
「それなら僕に出来るかもしれない」
と、言い出したのが留学生のエルであり、彼は自身が腐の魔法を利用することが出来るのだとペネロペに教えてくれたのだった。
腐るって何の役に立つの?と、ペネロペなどは思ってしまったのだが、敵の大軍が攻め込んで来たとしたら、エル一人いれば敵が進軍のために用意した輜重の山を腐り果てさせることが出来るし、敵の足を止めることもできる。
「そもそも、僕が大魔法使いの称号を得たのは、腐の魔法を使って千人規模での殺傷が可能であると判断されたからなんだ」
留学生エルは魔法大国サラマンカから認められた大魔法使い。だとしても、繊細な力で魔法を使おうなどと思ったことが今まで一度もなかったらしい。
エルは羊皮紙を何枚も腐らせた、それも、何枚も、何枚も。紙が発達して羊皮紙そのものの需要が少なく、高値で取引されているようなものだというのに、何枚も何枚も彼は無駄にし続けたのだ。
「エルさん!グロリア様のところへ愛の告白をしに行くのでしょう!だったら諦めたら駄目です!」
「愛の告白って言うなー!」
ペネロペは叱咤激励しながら、アーロの手紙を何枚も、何枚も作り出していった。アーロの手紙は今まで何度も修復してきた為に、彼の筆使い、文字の癖、言葉の選び方などぺネロペの体に染み付いている。最後の方では文面も見ずに手紙を書けるようになったほどだ。
「出来た!出来た!出来たーー!」
遂に、新品のアーロの手紙(偽造)を三百年前の物へと変容させることに成功したエルは、
「君の水魔法がなかったらちょっと・・いや、かなり無理な作業になったのは間違いないよ!素晴らしい!有難う!それじゃあ僕は行ってくるよ!」
と言って、早速転移魔法を利用して出かけて行ってしまったのだ。
留学生エルは出かけて行った。(たぶん)愛の告白をしに、グロリアの所まで移動したとは思うのだが、
「エルが居ないのだから仕方がない、しばらくは私が君と共に居ることになる」
と、名ばかり婚約者であるアンドレスが言い出した。
「近日中にフィリカ派の使徒ルーサーにこれの説明をしなければならない。制作者として君には説明の場に居て欲しいのだが」
「えーっと、私はただの修復士ですし、そもそも、その手紙を作ったのはエルですけど?」
「羊皮紙の加工をしたのはエルだったようだが、文面を考えて書いたのは君になるだろう?」
「えーっと、文面も、福音書に挟まっていた何処かの使徒が書いたものを、丸パクりしたみたいなものですが?」
「その丸パクリした文面を、聖人アーロが書いたように偽造したのは君だろう?」
「いやいやいやいや」
ムサ・イル派の上層部をアストゥリアス王国から追い出すには、イスベル妃の処刑や、罪を負った貴族たちへの戒律に従った厳しすぎる処罰だけでは弱すぎる。
ムサ・イル派に対する疑心暗鬼を醸成し、庶民の心をガラリと変えるには、世紀の大発見が必要となるのは間違いない。それが、イルの福音書であるし、アーロの手紙ということになるけれど、大嘘も大嘘、歴史的大嘘に関わることになったペネロペは、説明の場にも参加しなければならなかったのだ。
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