第二十四話 どちらを選ぶか
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「光の神を信奉するルス教は、人を差別するようなものではありません。全ての人々は皆、神の庇護を受ける権利を持っており、それは人種を問わず、世界を覆い尽くすものであるとされていたのです。ですが『ムサ・イル派』の台頭により、教義が大きく捻じ曲げられることとなりました。『ムサ・イル派』が権力を持って半世紀近くとなりましたが、再び戦乱の世が訪れようとしているのです」
「ムサ・イルの司教ルイス・サンズは打倒帝国のために西方諸国をまとめ上げようとしている次第。ムサ・イル派は対帝国戦のために、聖騎士団の結成を計画しており、各国へ兵と資金の供出を促している次第」
アンドレスがそう言って宰相を見ると、ガスパールはその後を引き継ぐような形で言い出した。
「我らがムサ・イル派を主派としたままであれば、帝国との戦闘になった場合、国民が最後の一人となるまで戦うことを強いられるでしょう。ムサ・イルの戒律では、異国の宗教、自分たちと異なる異物は排除しろと唱えている。絶対に異国の宗教が入り込むことを許さないために、我らは帝国相手に戦うことのみを強いられるでしょう」
「このアーロの手紙の原本となったのは、クレルモン王国のリオンヌ公爵家に保管されていたもので、公爵家には手紙と共に、預言者イルの福音書が納められていたのです。預言者ムサは強力な圧力をかけてでも民を正しき道に導かなければならないと考え、イルはその考えに賛同したのだと言われているが、そんなことは全くない。預言者イルは自由と愛を謳い、差別を厭うていたのだから」
王はそう言って目の前のイルの福音書を手に取りながら言い出した。
「我がアストゥリアス王国は、王家の書庫の奥からイルの福音書とアーロの手紙が発見されたと宣言し、ムサ・イル派がいかに教義を捻じ曲げてきたのか、告訴することと致しましょう。光の神ルスを信奉するのは今までと同じことですが、ムサ・イル派を主派の扱いから取り下げ、新たにルス教フィリカ派を我が国の主派とすることを宣言しましょう」
国王ラミレスは厳かな口調で言い出した。
「隣国クレルモン他、北方20カ国も連盟となってフィリカ派へ帰依することとする。アラゴン西方諸国はムサ・イルとは袂を分かち、西方にフィリカの教義を広めることとする」
南大陸と北大陸の間に広がるアルボラン海峡に面した国がボルゴーニャ、その北方にアストゥリアスが位置し、アストゥリアスとクレルモンの後方には大小二十カ国の国々が、パラマナ山脈の麓にまで広がっている事になる。
「熱心なムサ・イル派の信者であるボルゴーニャ王国は我らが同盟に入れることはしない」
頭に地図を思い浮かべていたルーサーは、西の大海から盤上をひっくり返すかのように宗派が塗り替えられていく様を思い浮かべて、思わず生唾を飲み込んだ。
「もしや、ボルゴーニャだけを帝国の餌にしようとお考えなのですか?」
帝国が北大陸に侵略戦争を仕掛けるのは、ほぼ間違いないだろうと言われているのだ。侵略されるのは他宗教を認めないボルゴーニャだけとして、周辺諸国は帝国との融和を打ち出すつもりなのだ。
「そもそも、魔法王国サラマンカはフィリカ派に帰依することで帝国相手に生き残って来たのだ」
「ムサ・イル派はその帝国と対峙するために、多くの国から集めて聖騎士団を結成しようと声を上げているようですが」
「それが神の為だと言うのだから可笑しいではないか?奴らが好きなように使える武力を持ちたいだけの話だというのに」
ラミレス王は何とも表現がつかない笑みを浮かべる。その姿から視線を外しながら、ペネロペは何故、自分がこんな場所に居るのだろうと疑問に思わずにはいられない。
「司教どもは第一王子であるアドルフォを廃しただけに止まらず、私や第二王子のハビエルを毒を使って排除することを企んだ。娘のロザリアを女王としてボルゴーニャのアルフォンソ王子を王配にし、ボルゴーニャにアストゥリアス王国を併合させようと企んだ。それは何故かと言うのなら、私が帝国に対して融和路線を打ち出したのに対して、ボルゴーニャが帝国の拒絶を示しているからだ」
「それでは・・福音書とアーロの手紙を利用して世論を誘導するおつもりなのですね?」
大きく頷くラミレス王を見つめて、ルーサーの声は震えた。
「で・・ですが、アーロの手紙は嘘で出来ているのに?」
「使徒様、世の中には良い嘘、悪い嘘、普通の嘘があるそうですよ?ね、ペネロペ嬢?」
宰相に話を振られたペネロペは、アンドレスの手をぎゅっと握り締めた。死なば諸共、この発言で不敬に取られるようなことになれば、名ばかり婚約者であるアンドレスも一緒に共倒れとなってやる。
「私は、山のような古書を修復している最中に、ある事実を知ることとなりました。羊皮紙に記されるのは、神の教えが非常に多い。その神の教えについては、時の流れと共に様々な為政者によって変容してきた歴史があるのです。今、この時もまた、歴史の転換点の一つなのです」
これは、完全に伯爵令嬢が訴えるには大きすぎるほど大きな問題であるし、世紀の大嘘に加担したことになるのかもしれないけれど、
「私は自分の誇りをかけて、このアーロの手紙を作成しました。作成には私だけでなく、大魔法使いの手助けがあったのは間違いありませんが、私も、その大魔法使いも、これで多くの人が救われると言うのならやらない訳にはいかないものと考えました」
一人じゃ怖いので、アンドレスの手を握り締め、魔法使いエルも心の中で巻き込みながらペネロペは胸を張って告げた。
「最後の一人まで戦う道と、多くの人が生き残れる道。どちらを選ぶかと言うのなら、生き残る道を選びます。そのための文書の偽造など何ほどのものか。そもそも、無名の誰かが教義を捻じ曲げられる危機を訴え、イルの福音書を自分の手紙と共に隣国の公爵に預けた事実があるのです。だったら、使徒アーロが窮状を訴える手紙と共に、イルの福音書をアストゥリアス王家に預けたとして何の問題がありますか?」
「き・・君は一体なんなんだ?」
ルーサーに問いかけられたペネロペは、恭しく辞儀をしながら言い出した。
「バルデム伯爵家が娘、ペネロペ・バルデムと申します。この福音書を修復したのは私ですし、聖人アーロの手紙を偽造したのは私です」
「ルーサー様、改めて言いますが、彼女は私の婚約者だということもお忘れなく」
ペネロペの肩を引き寄せてニコリと笑うアンドレス・マルティネスの顔を見て、思わず目を見開いたルーサーは、
「な・・なんてことだ・・・」
と言って大笑いをする。
アストゥリアス王国は聖人アーロの手紙を使ってアラゴン大陸を二分割にするつもりなのだ。西方諸国で同盟を組み『ムサ・イル派』の経典を破壊し、正当性を奪い去ることで民の意思を誘導しようとしている。そうして今までムサ・イル派がいた位置にフィリカ派を据え置こうと考えているのだ。
しかも、ボルゴーニャ王国を帝国に差し出そうと考える悪辣さ。
「今まで煮湯を飲まされ続けていた我らフィリカに否はないですけれど、随分と思い切ったことを考えましたね」
「ハビエルを次の王に据えるためだ」
国王の言葉に、ああそうか、その為にこの国の王はあいつらと手を切ることを選んだのだと察したルーサーは、喜んで巻き込まれる道を選ぶことにしたのだった。
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