第二十三話 福音書とアーロの手紙
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「神の使徒ルーサー様にご挨拶を申し上げます」
王宮に呼び出されることになったペネロペは、アンドレスと共に本宮に設けられた王族専用の応接室へと向かうと、腰まで届く白銀の髪を後一つに組紐で縛り上げた、フィリカ派の使徒ルーサーに挨拶をすることになったのだった。
ルーサーは年齢不詳といった顔立ちの男で、二十代にも見えれば四十代にも見える。ただ、肌の色は雪のように白く、グロリアと同じ緋色の瞳を持っている。
「貴女がこのイルの福音書を修復されたのだとお聞きしたのですが、凄腕の修復人がこのような年若い女性だとは思いもしませんでした」
立ち上がったルーサーがペネロペと握手をしながら感動を隠しきれない様子で言うと、
「これほど繊細な水を操る力を持っているのはアラゴン大陸広しと言えども彼女くらいのものでしょう」
と、機嫌が良さそうにラミレス王が言い出した。
ソファにはルーサーとラミレスが向かい合うように座っていたようだけれど、宰相ガスパールが王の後ろに控えるようにして立っていた。
「さあ、ペネロペ嬢、こちらに座りなさい」
ラミレス王がそう言って用意された二人掛けのソファの方へと誘導するので、ペネロペは渋々言われたソファに腰をかけると、その隣にぎっちりとくっつくような形でアンドレスが腰を下ろした。
宰相が国王の後ろに控えるようにして立っているのだから、宰相補佐であるアンドレスは、本来、扉の横に控えるようにして立つべきだろう。
人払いがされて侍女も護衛も入らない応接室なのだから、彼が護衛の代わりとなるのは暗黙の了解のようなものなのに、そんなことは丸ごと無視したような形でアンドレスはルーサーの方へ片手を差し出しながら、
「ペネロペの婚約者であるアンドレス・マルティネスと申します」
と、平気で挨拶をしている。
一人だけ立っていたガスパールは大きなため息を吐き出すと、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情を浮かべながら国王の隣に腰を下ろした。
そうして部屋の中に居る全員が座ったところで、口火を切るようにしてアンドレスが言い出した。
「私の婚約者であるペネロペの祖父が古書の蒐集家であり、彼女は祖父が集めた古書を再生するために修復技術を習得し、アリカンテ魔法学校では特待生として認められているのです」
「これほど見事なまでに五百年前の古書を修復できるのなら、我が教会にもペネロペ嬢に修復をお願いしたい古書が山のようにあります。しかも、アーロの手紙が発見されるだなんて・・」
アーロは預言者ルカの使者とも言われる人であり、今から三百年前に生まれたルカの生まれ変わりとも言われる聖人のことになる。そのアーロの手紙には、光の神と聖霊を信奉するはずのルス教を憂いる内容が記されているのだった。
「ムサとイルの福音書が都合の良い部分だけ残され、戒律が捻じ曲げられる形で福音書が作られたという事実が述べられている。これは、多くの宗教を認めていた光の神の意思が闇に葬られたことを示す、歴史的価値がある手紙であることは間違いない」
使徒ルーサーは、頬を赤らめ、興奮した様子で手を止めると、
「これほど歴史的価値があるものは今までお目にかかったことがない、良くぞ、アストゥリアスはこの福音書とアーロの手紙を守り続けてくれたものです」
と、震える声で言い出したのだった。
使徒ルーサーはフィリカ派のトップと言っても良いような存在であり、今は勢力が衰えているとはいえ、一大宗派を率いている事になる。
「ルーサー殿、実はそのアーロの手紙なのだが・・・」
興奮に顔を赤らめるルーサーを見つめたラミレス王が視線をガスパールに送ると、ガスパールは話を引き継ぐ形で言い出した。
「イルの福音書は水の魔法を使用するペネロペが再生技術を使いながら修復したものなのですが、アーロの手紙については、ほぼ、ほぼ嘘なのです」
「ええ?」
驚愕を露わにするルーサーが震える手でアーロの手紙を取りあげる、三百年の歴史を感じさせるほど羊皮紙は劣化しており、記された文面にしても、アーロの特徴を詳細なまでに捉えているのだ。
「ペネロぺ嬢、説明しなさい」
ラミレス王に促されたペネロペは、どうしてこんなことになったのかと思うし、自分の胃がキリキリ痛むのを感じたけれど、全ての発端は家が傾くほどの大枚を叩いた祖父にあるのだ。
「半世紀ほど前に、多くの国々がムサ・イル派の教義を自国に取り入れる中で、各国に派遣されることになった司教たちは、自分たちに都合の悪い書物を廃棄していった過去があるのです。その中には、何百年も前に記された宣教師たちの書いたものもありますし、原本にも近い福音書や使徒が書いた手紙などもありました」
ペネロペは自分の激しく痛む胃を抑えながら言葉を続けた。
「ある日、私の祖父が一年のうち領地から上がる収入のおよそ二倍の費用を払って一冊の古書を購入してきたのです。この古書の購入が我が伯爵家が一時的とはいえ傾くきっかけとなったのですが、これは古の使徒や聖人が書かれた手紙をまとめて本にした物だったのです。とても古いもので、保存状態が悪かった為に劣化が激しく、売り物としてそこまでの価値があるとは到底思えないものだったのです」
ペネロペの顔が青を通り越して白くなっていることに気がついたアンドレスがペネロペの手を握ると、ペネロペはホッとため息を吐き出しながら言い出した。
「祖父は預言者ルカ様の手紙が含まれているという言葉を信じて大枚を叩いて買ったのですが、私も私の家族も半信半疑でした。それでも、万が一にも預言者の手紙でも、メモ書きでも含まれているのなら、この本の価値は相当のものとなる」
ペネロペはテーブルの上に一冊の茶褐色に羊皮紙が変色した古書を置くと、慎重にページを捲りながら言い出した。
「結果、この本の中に含まれているのは使徒アーロの手紙でした。アーロは全ての人に自由と愛を説く説法を手紙の中でも書かれていましたが、私はこれでも復元出来たらそれなりのお金になるだろうと考えて、必死に修復したのです」
切れ切れとなっているインクを再生するために、何度も何度も、ペネロペは上からなぞるようにして魔力を注ぎ込んでいく。それは緻密で繊細な作業であり、気も遠くなるような時間を要することになったけれど、上からなぞり続けたが故に、アーロの文字は完璧にコピー出来るようになったのだ。
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