第二十話 負けず嫌いなあなた
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「エルが飛び出して行ったってどういうことなんだ!」
連絡を受けたらしいアンドレスが慌てた様子で侯爵邸に帰って来ると、それを出迎えたペネロペは悔しそうに顔を歪めながら言い出した。
「愛を後押ししたのです」
「はあ?」
「だから!愛を後押ししたのです!」
何を言っているのか意味が分からないアンドレスが唖然としていると、ペネロペは小さく肩をすくめながら言い出した。
「身分差ラブでお悩みのエルさんのケツを引っ叩いて、グロリア様と会って話をするように仕向けたのです!サラマンカの子爵家出身のエル様は、侯爵家の令嬢であるグロリア様と色々な理由で結ばれることはないと思い込んでいたようなのですけれど、グロリア様には新しい婚約者が居るわけでもないですし、ご本人自身が結婚を諦めているような状態だったのですもの。こんな優良物件を、指を咥えたまま、他の男に持って行かれるのを眺めるだけで良いのかと叱咤したところ、奮起した様子で出て行ってしまいました」
「あああ〜!」
アンドレスは頭を抱えたまま項垂れた。
何もアンドレスは護衛の為だけにエルをペネロペに付けた訳ではない、福音書と使徒からの手紙の作成を手伝わせるために置いて行ったのだ。
「十日後に北方二十カ国の代表団がわが国を訪れることになったというのに!」
それまでに全ての準備を整えておこうと思ったのに、全てをひっくり返されたような気分にアンドレスは陥った。
「ムサ・イル派から決別するための仕掛けとしようと思っていたのに!」
「宰相補佐さま、福音書だったら修復完了していますわよ?」
「手紙は?」
「エルさんがヤケクソで手伝ってくれたから、ようやっと完成しましたわ!」
アンドレスは神に祈るように胸の前で両手を組みながら膝を突いた。
「ペネロペ!君は女神だ!」
「いや、最終的にはエルさんの腐敗魔法を利用したのですよ」
魔法大国サラマンカでは、千人規模の殺害魔法を展開することが可能となった時点で『大魔法使い』の称号を授けるようになっているのだという。『大魔法使い』とは名誉ある称号というよりも、危険人物としてのマーキングするようなものらしく、戦争になれば戦力として戦うことを義務付けられることになるらしい。
闇の魔法を使うことが出来る留学生エルが得意とするのが腐敗魔法で、広範囲に設定して魔法を施行することを立証したため『大魔法使い』の称号を授かったし、大魔法使いキリアンを討伐する部隊にも参加することになったらしい。
そんな腐った魔法が得意なエルは、
「昔の信者が公爵に送った手紙を加工するよりも、新しく書いた手紙を作り直す方が良いんじゃないのかな?」
と、言い出したのだった。
エルが護衛に付くのは福音書と手紙が完成するまでの間で、その事については魔法を使った契約をしているために、容易に破棄することが出来ない。
自分の恋情に対して正直になったエルは、すぐさま侯爵邸を飛び出して行きたい所だったけれど、こちらが完成しないと邸宅の外に出ることすら出来ないわけで、
「僕の本気を見せてやる!」
と言って、羊皮紙百十二枚を無駄にしながらも、何とか完成に漕ぎ着けたというわけだ。
「これ、どうぞ」
震える手で古書と手紙を受け取ったアンドレスは、隅から隅まで確認を行った。何か不備がないか細心の注意を払って確認したものの、特に問題は無いように思われる。
「よくぞ成功させた」
白い手袋をした手で最後のページを確認したアンドレスは、ペネロペの作業机の前に置かれた椅子に座り込んだまま大きなため息を吐き出すと、
「それじゃあ、私は伯爵邸に戻っても良いということになりますわね」
と、ペネロペが言い出した。
「そろそろ学校に戻って卒業試験を受けなくちゃいけないですし、家に届けられるドレスの調整も行わなければなりません。卒業パーティーのエスコートをお兄様にお願いしなくちゃならないですし、そろそろ義姉が出産をするので、ベビー服だってお祝いに用意しなくちゃならないんです」
「卒業試験なら問題ない」
アンドレスはペネロペの前に紙の束を置きながら言い出した。
「試験はパチェコ理事長から預かって来た。学校まで行かなくても、ここでテストを実施すれば何の問題もない」
アンドレスは長い足を優雅に組みながら言い出した。
「ドレスの方も、ここに届くように手配をしている。調整が必要であれば、この邸宅内で行えば良い。それに、卒業パーティーのエスコートは私がやるので問題ない。私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者なのだ。君が卒業する日の予定はすでに仕事を入れずに空けている」
「えーっと、あのですね、貴方と私は仮初の婚約者同士で、一年以内に貴方が碌でもないと立証できた暁には、金貨百枚と共に結婚するに相応しい人を紹介するという話でしたよね?」
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者なのだ。碌でもないと立証されるわけが無い」
「もしかして・・負けず嫌い?」
「確かに、私は他人に負けるのが嫌いだ」
アンドレスはペネロペに嘘をつかない。
「今現在、君は私の婚約者なのだ。その婚約者である私が、君をエスコートしないでどうするという?」
「うーん・・」
二人は書類上で言えば、確かに婚約関係を結んでいることになるわけだ。
イケメンには碌な奴は存在しない。女性がよりどりみどりなだけに、幾らでも選び放題のイケメン属性の男は、即座にボロを出すのに違いない。そう考えてこの賭け事に乗ったのだけれど、相手は折り紙つきの負けず嫌いだったようだ。
自分の所為でペネロペが大怪我を負って以降の、マイナスポイントを挽回しようとする必死さが凄いし、自分は碌でもない訳ではないと主張する頻度が高い。
何しろ、ペネロペのために用意しているドレスは最高級と言われるオートクチュールなのだそうで、宝飾品だって最高級品を用意しているらしい。
期限は一年と区切っているし、ペネロペは絶対にアンドレスの碌でもなさを立証出来ると確信を持っているけれども、万が一にも賭けに負けた場合は、何でも一つ、ペネロペがアンドレスの言うことを聞かなければならないことになっているのだ。
「大金を用意するとか淫らな関係を結ぶとか、そういうことではないと言っていたけれど・・」
もしも賭けに負けた場合に、一体何を請求されることになるのだろうか?ちょっと考えるだけで激しく胃が痛くなってくるのは仕方がないことなのかもしれない。
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