第十八話 侍女の態度
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「マルティネス卿はペネロペ様に夢中でございますね」
「本当に!これは愛ですわ!あの氷の宰相補佐様が愛!なんてことかしら!」
ペネロペの面倒をみてくれる二人の侍女は、今まで女性に対して氷の対応をしていた宰相補佐のあり得ない姿に興奮して顔を赤らめているのだが、
「愛なんてそんな・・(結局、利用するために良い顔をしているだけじゃない!)」
という態度でペネロペに蔑みの視線を送る侍女が一人。
侍女のマルタはペネロペの身の回りの世話をするために配属されているようなのだが、いつでも蔑むような眼差しでペネロペを見るのだった。
毎日のように傷の処置をアンドレスがしてくれるものの、
「早く傷を治してお払い箱にしたいのでしょうねぇ」
着替えを手伝う際には、必ずそんなことを耳元で囁くのがマルタなのだ。
二人の侍女はペネロペとアンドレスの恋を応援しながらはしゃいでいるし、悪態をつくマルタは心の奥底からペネロペのことを嫌っている。
「いくら遊びだったとしても・・ねえ?(全部言わなくても分かるでしょう?)」
そんな風に毎度、毎度、飽きもせずにマルタは言ってくるのだった。
「感染状況も落ち着いたので、これからは無理に冷やす必要はありませんよ」
治癒師の往診があり、肩の傷の抜糸をしてもらうことになったペネロペは、ようやく急性期から回復期に移行したのだと理解して笑みを浮かべた。
「肩を動かす時に引き攣れるような感覚が残るでしょうが、徐々に徐々に、大きく肩を動かしていくようにしてください」
幸いにも肩の腱や神経を切断するようなことにはならなかったので、軽いリハビリを行うだけで後は日常生活に戻れるようになるという。
「それじゃあ、私、退院しても大丈夫ということでしょうか?」
「そうですね・・」
ここは病院ではないので退院という言い方はそぐわない。
「移動先については、侯爵様からお話があるかと思います」
「父からではないのですか?」
「マルティネス侯爵はペネロペ様の婚約者であり、この王宮での後見人は侯爵様となっておりますので」
「後見人は父じゃないんですか?」
治癒師はペネロペを見ると言い出した。
「伯爵身分では、お嬢様を完治するまで王宮に滞在させるなんてことは出来ませんよ」
「えええ?だとすると、侯爵身分の宰相補佐様の手配だからこそ、長々、王宮に滞在することになったということですか?」
「そうでしょう、何せ王宮への滞在にはお金がかかりますし」
「お金!」
外国の要人を招くことになる王宮の左翼棟には、高位の貴族たちが借り上げとする部屋が幾つもある。ちなみに借りることが出来るのは侯爵以上の身分であり、伯爵以下の人間が借りる場合には、厳しい審査と多額の費用が必要になってくる。
「お金・・・」
部屋に運ばれてくる食事はとても美味しいものばかりだったけれど、これにも多額の金が掛かっているのに違いない。そもそも、ペネロペの為に三人もの侍女が付けられていたのだ。これにも多額の金が掛かっているのに違いない。
「結婚するなら、やはりお金持ちの高位身分の方が良いということですね」
治癒師が使用した器具を片付けながら言うので、
『いや、仮初の婚約なので・・そんな良いものではないですよ』
と、ペネロペは心の中で呟いた。
馬鹿みたいな賭け事が発端となって開始した二人の婚約関係となるのだけれど、
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者だろう?」
が、もはや口癖となっているアンドレスは、甲斐甲斐しくペネロペの面倒をみてくれるのだ。
何しろ、結婚したい男性ランキングの常に上位をキープする男である。王宮内でのペネロペに対する憎悪は物凄いことになっているのだ。しかも、粘着気質で有名なサラマンカの大魔法使いに喧嘩を売っているとあって、アンドレスが常時張り付いていないと安全は図れないらしい。
王宮に居る間は、ほぼ一日中、アンドレスが近くに居たので、侍女から時々嫌味を言われる程度で、食事に腐ったものを出されるとか、体を拭く為に用意されたお湯が雑巾の搾り汁だとか、そういうくだらない嫌がらせの類に悩まされることはなかったものの、傷が治ってさあ退院となったら、さあどうしましょうという事になるわけだ。
「ペネロペ、無事に抜糸が済んだようだな」
治癒師と入れ違いで入ってきたアンドレスは、ペネロペが寝るベッドに座り、ペネロペの両手を握りながら言い出した。
「婚約者である君には、今日から侯爵邸の方へと移動をして貰う」
「はい?」
「伯爵邸ではあまりに守りが弱すぎる。エル君と四六時中、トイレの中まで一緒ということでも良いのなら伯爵邸に帰るように手配をするが、君はそれを良しとしないだろう?」
「トイレの中ってなんなんですか?」
「侯爵邸であれば、王宮ほどではないが守りは厚い。エル君には護衛としてついてもらうことになるが」
「トイレの中ってなんなんですか?」
「そういうことで良いかな?」
なんだろう、この、選択肢の無さ。トイレについては質問に答えてもくれないし。
「エル君というと、サラマンカからの留学生の?」
「大魔法使いキリアンに狙われているのなら、同じく大魔法使いをつけていないと殺されるだろう?」
「エル君は大魔法使いなのですか?」
「サラマンカではその称号を受けている」
「えーっと・・」
ペネロペは頭を悩ました。
「魔王大国で大魔法使いの称号を得ているのに、何故ゆえ、アリカンテ魔法学校に留学してきたのでしょうか?」
「それはね・・」
アンドレスはペネロペの耳元で小さく囁いた。
「彼がグロリア嬢のことを好ましく思っているからだよ」
ペネロペは小刻みに震え出した。
「グロリア先輩が・・そんな・・・」
グロリア・カサスはアドルフォ王子の婚約者だったこともある、高嶺の花のような人なのだ。常々、
「私は結婚はしなくてもいいわ〜、領地で弟の補佐をして生きていければそれで〜」
と、言っていた人であり、
「先輩!私と一緒に老後を過ごしましょうね!」
と言えば、
「いいわよ!(本当に仕方ないわね!)」
という感じで笑顔で答えてくれる先輩なのだ。
「わ・・わ・・私と一緒に老後を過ごしてくれると約束したのに!先輩にラブな話が身近にあっただなんて知りませんでした!」
自分はその先輩を差し置いて婚活をしていたり、アンドレスの碌でもなさを証明して自分に相応しい人を紹介してもらおうと企んでいるというのに、そんなことは棚に上げた状態でペネロペは憤慨した。
「先輩・・そんな先輩・・」
やっぱり、王子様に婚約破棄を突きつけられた令嬢は、国を捨てて、新たな地で(魔法王国サラマンカで)新しい恋に生きることになるのだろうか?
「ぐう・・羨ましい・・」
しかも年下の大型ワンコ属性のもしゃもしゃである。まるで恋愛小説の筋書きのような展開じゃないか。
「君には私という婚約者がいるだろう?それで、何が羨ましいというんだ?」
「はいはい」
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者だろう?」
「はいはいはいはい」
誠意ある対応を心がける、至って真面目な(名ばかり)婚約者は腹黒で、侯爵家に移動したら、福音書の修復を再開させようとしていることをペネロペは知っている。
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