閑話 僕のお姫様
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グロリアの弟であるジョルディは12歳。昨年は姉が婚約者であるアドルフォ王子から婚約破棄を突きつけられたり、冤罪で裁かれそうになったり、罪を負った姉と連座という形で家が没落しそうになったりと、それは散々な目にあったけれど、
「姉さんを嵌めようとするなんて、何て馬鹿な奴らだろう」
と、ジョルディは思ったわけだ。
カサス侯爵家は姉のグロリアと弟のジョルディの二人姉弟であり、ジョルディはグロリアとは7歳も離れている。ジョルディが生まれるまでは、侯爵家の跡取り娘として育てられた姉は苛烈な性格をしているのだった。
「子爵令嬢にうつつを抜かし、私を陥れて、あろうことか侯爵家まで没落させようと企むだなんて!絶対に!絶対に許しませんわ!」
彼らが何故、カサス家の没落を狙うのかというと、カサス侯爵家の何代か前に帝国貴族が輿入れして来ているからなのだ。異民族の血が入るカサス家は、ムサ・イル派の司教たちにとっては穢れた存在であり、排除の対象であるわけだ。
イスベル妃殿下の生家であるシドニア公爵家はムサ・イル派とは親密な間柄であり、公爵はカサス侯爵家を潰して己の勢力を広げたいし、ムサ・イル派は穢れた血を高位の貴族から排除したい。
他宗教を受け入れない司教たちとしては、帝国との融和路線に走りそうな貴族たちは早々に排除したいと考えているのだろう。
グロリアの髪は先祖返りとも言われる黒髪で、緋色の瞳はカサス家の苛烈な性格を表しているように見える。宰相のガスパール・べドゥルナはやられたら倍返しするのが信条らしいけれど、カサス侯爵家はやられる前にやり返す。殴られる前にカウンターパンチで相手をやっつける。それで後からどんな事を言われたって、絶対に引かないのがカサス家の信条でもあるのだ。
「ジョルディ、ロザリア姫を我が家でしばらくの間、預かることになったから宜しくね」
姉が婚約者の浮気相手に性病を患ったイケメンを差し向けて、結果、関わる人間全てに病を蔓延らせるという恐ろしい復讐を果たしたことを暴露した。あの呪われた卒業パーティーからもうすぐ一年という、紅く染まった庭園の木々の葉も全て落ちてしまったある日のこと、王都から転移門を使って領地へと帰ってきたグロリアが、弟のジョルディを呼び出して言い出した。
「姫は貴方の2歳年下だから、面倒を見るのにちょうど良い年齢だと思うのよ」
「ロザリア姫が我が領地に来るのですか?」
姫は姉の元婚約者であるアドルフォ王子の妹姫であり、アドルフォ王子が廃嫡されて以降、次の王位はロザリア姫が継ぐだろうと言われているような人物だ。
15歳となってアリカンテ魔法学校に通うまでは領地で勉強をすることになっているジョルディとしては、会ったことも見たこともない姫様ということになるけれど、
「私の身の回りの世話は侍女のマリーが全て行いますので、他は誰もいりません!私には離れにあるような一室を与えてくれるだけで結構よ!」
月の光を溶かし込んだような銀色の髪に太陽の光のような金色の瞳を持つロザリア姫は、転移門を使って移動してくるなり、出迎えた人間相手に威嚇攻撃に出たのだった。
ムサ・イル派の司教たちの意向により、不貞を働いたイスベル妃は処刑処分となるらしく、イスベル妃の娘であるロザリア姫は、本当に国王の娘なのか疑われているような状態となっているという。
傀儡の王としてロザリア姫を擁立しようと考えている司教たちは、ロザリア姫が不倫相手の子供であるということを頑ななまでに否定しているけれど、姫は不義の相手の娘であるということを主張する一派の後ろにいるのがカサス侯爵家である。
娘の婚約者であるアドルフォ王子が排除されたのは、何も性病が移るように差し向けたグロリアだけの所為ではない。傀儡の王としてそぐわないと判断したシドニア公爵や司教たちにより、病は悪化の一途を辿ることとなったのだ。
その勝手な行いに激怒したカサス侯爵は、司教たちが女王にと望むロザリア姫を隠すことにした。義理の妹になるはずだった姫を憐れに思ってグロリアが保護をしたという形になっているけれど、その実、侯爵は司教たちから姫を取り上げるために動いたに過ぎない。
後継であるアドルフォ王子に病が進む薬を処方して、王位継承から排除したシドニア公爵を排除するのは王家に任せて、カサス侯爵家は爵位継承の正当性を失いつつある姫を身内の奥深くに隠し込む。
そうして、今まで表には一切出て来ることがなかった、司教たちの手によって非嫡出子扱いとなり、王位継承権を失わせたハビエル第二王子を表舞台に引っ張り出す。カサス侯爵家は何代か前に帝国貴族が輿入れして来ているような家であり、帝国とは独自の外交ルートを持っているような家でもある。
アラゴン大陸への侵攻を開始しようと企む帝国を前にして、アストゥリアス王国がどんな立ち位置を取るのかは、すでに決まっている。隣国クレルモン王国がムサ・イル派と手を切った時点で、両国の間で秘密裏に約定が結ばれているのだ。
「ロザリア姫、こちらは私の弟のジョルディと申しますの。姫様が我が家に滞在中は弟がお世話係となりますので、どうぞよしなによろしくお願いしますね」
「え?嫌よ」
姫は金色の瞳を大きく見開きながら言い出した。
「私は他に誰も要らないの、ペネロペとマリーが居れば、それでいいのよ」
「そのペネロペがこちらには来られなかったので、その代わりをジョルディが務めますので」
「絶対に嫌」
全身の毛を逆立てて威嚇するように睨みつけるロザリア姫の姿を見て、
「子猫みたい」
と、ジョルディは思わず呟いていた。
「三日前にメイが拾った子猫のミルみたいだな」
「子猫ですって!」
カッと目を見開いたロザリア姫は、やっぱり子猫のミルにそっくりだった。白毛に金の瞳を持つ子猫は、小魚を目の前に差し出すと、同じように両目をカッと見開くのだ。
「み・・み・・見たいわ・・子猫が見たいわ・・」
「それじゃあ、一緒に見に行ってみるかい?」
「ええ・・ええ!貴方にお時間があるのなら是非、今すぐ!見たいわ!」
ジョルディが差し出した手に真っ白でほっそりとした小さな手が置かれる。その手を握りながら、
「僕のお姫様は案外チョロいんじゃないんだろうか・・」
と、ジョルディは考えていた。
次の王位に担ぎ上げられそうになったり、外されたりと、まだ10歳という幼さで政治に翻弄され続けている姫さまは、意外にもジョルディへの警戒心は低いらしい。
「でしたら、私が護衛に付きましょう」
王家とお近づきになりたい奴らが我先にと名乗り出ると、
「近寄らないで!」
姫は大声を上げて周囲を威嚇した。
「護衛だなんだと言って、最終的に誘拐されたら堪ったものではないわ!私の護衛はマリーがしますので!身辺警護など必要ありません!」
とにかく、姫の大人に対する警戒心というか、嫌悪感が凄すぎる。
「ええ、ええ、姫にはマリーが居るから大丈夫ですわよね」
グロリアは労わるようにロザリアの銀色の髪の毛を撫でながら、
「弟のジョルディもカサスの男なだけあって武道の心得はありますからね、何も心配ないでしょう」
と、言い出した。
これ、お世話係に護衛の役割も追加されているのかな・・まあ、別に良いけれども、とジョルディは思ったわけだ。
どうやら姫様は、心の中の大きな何かを失っていて、その空白を補っていたのが『ペネロペ』という侍女であるらしい。そのペネロペの代わりをジョルディは担うことになったのだが、
「ペネロペ嬢、いつか貴女を追い抜いてやります!」
ジョルディは密かにライバル心を剥き出しにすることになるのだが、それはまだ、先の話ということになる。
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