第十七話 みんなの思惑
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「昨日、カルネッタ様が訪ねていらして、私と一緒に領地へ行こうと言われたのですけど、絶対に嫌だと言ってしまいましたの。だって、王都を離れれば二度とアンドレス様にお会い出来なくなってしまいますもの。私は決して間違っていないと思うのですが、本当に大丈夫ですわよね?」
王宮の庭園に用意されたお茶の席で、不安げにミシェルが目線を上に上げると、鮮やかなデイドレスを身に纏ったマカレナ・ペドロウサが花開くような笑みを浮かべた。
「もちろん何の問題もないですわ!アンドレス様が真実愛するのはミシェル様ですし、アンドレス様が欲しいのはお飾りになる婚約者。今はその婚約者の座にペネロペという女がついているようですけれど、ペネロペは悪女として有名な女なのですもの。いくらお飾りとはいえ、アンドレス様には相応しくないのですわ!」
「ミシェル様、マカレナ様もこう仰っているのだし、何の心配もいりません」
紅茶のカップを手に取ったブランカは、褐色の瞳を細めて笑みを浮かべた。
「今のミシェル様の状況ですと、マルティネス卿の正式な妻となるのは難しい。ですが、お二人は真実の愛で結ばれているのですもの。マカレナ様はとてもお優しい方なので、お二人の隠れ蓑となることを自ら承諾なさっているのです」
「でも・・アンドレス様は婚約者の側を離れようとしないようなのですけれど・・」
「心優しいマルティネス卿は、大怪我を負った令嬢の面倒をみているだけのことでございますもの。その怪我も大分治ってきていると話に聞いております」
「万が一にも令嬢がアンドレス様に纏わり付くようなことがあれば、きちんと御退場いただく手配は出来ておりますのよ」
扇を開いて口元を隠したマカレナは、それはそれは、意地悪そうな笑みを浮かべたのだが、ミシェルはその姿がとても頼もしいもののように見えたのだった。
侯爵家の末娘であるマカレナはアンドレスと結婚をしたいと考えている。アンドレスは天才彫刻家が作り出したのかと言われるほどの整った容姿をしているし、英雄と呼び声高いし、侯爵だし、宰相や国王陛下にも見込まれているほどの人物でもある。
彼が他の女にうつつを抜かしていたとしても、マカレナはちっとも困らない。何故かといえば、マカレナ自身が他の男にうつつを抜かすことになるからだ。
マカレナが欲しいのは英雄の妻の座であり、侯爵夫人の座であり、大勢の淑女達から向けられる羨望なので、アンドレスが仮令誰かを思っていたとしても何の問題もない。
「あの・・ご退場いただく手配とはどんな?」
ミシェルの質問に、マカレナは笑顔で答えた。
「簡単なものですよ。アンドレス様の婚約者となっているペネロペには真実愛する男性がいるのです。その男性に、ペネロペを引き取りに来て貰うだけのこと」
「まあ!アンドレス様の婚約者様には、真実愛する方がいらっしゃるのですか?」
「そのようですの。だから、お飾りとして都合が良いと判断されたのじゃないかしら?」
「肩に大怪我を負って傷物となっているので、侯爵夫人としてはそぐわない。そんな訳で、侯爵夫人にはマカレナ様がついて、その陰でミシェル様とマルティネス卿は愛を育むことになるのです」
ブランカはにこりと笑って言い出した。
「お二人の愛を育む予定の家はきちんと用意されていますので、何の心配もないのですよ?」
◇◇◇
マカレナの恋人だったカルレス・オルモは悲嘆に暮れていた。
マカレナが婚約者から婚約を破棄されたという噂を聞いたカルレスは、指輪と花束を用意して、二人の逢瀬の後に一世一代の愛の告白をしたのだが、
「はあ?私がカルレスと結婚?そんなことするわけがないじゃない!」
と、言われてしまったのだ。
婚約が無くなった後もカルレスとの関係を続けていた為、マカレナも自分との結婚を考えてくれているものと考えていたのだが、
「そもそも貴方、家の爵位も低いし、未だに騎士見習いだし、体の相性が良いだけで、他の取り柄なんて何もないような男じゃない?そんな貴方が私と結婚?」
マカレナは手にした花束を床に叩きつけながら、
「私を馬鹿にするのにもほどがあると思うのだけれど?」
と、言い出したのだ。
マカレナは浮気が理由で相手から婚約を破棄されたのだが、従兄のセルジオ・コルテスが言う通り、相手からの慰謝料の請求がカルレスの元までやってきた。
婚約破棄が横行しているような時だったので、慰謝料を請求し合うのは当たり前。給料から天引きされていく手続きも簡単に出来るようになっていたようで、
「相手はお前よりも爵位が上なのだから、一切の文句は許さない」
と、上官から直接釘を刺されているのだ。
ムサ・イル派の戒律が重要視されるようになったが為に、不倫や浮気は悪という扱いになり、学生時代から婚約者がいるマカレナと交際を続けてきたカルレスの立場というものがどんどん危うくなっていく。
であるのなら、浮気ではなく本気、マカレナとは結婚を前提とした付き合いにして、今の関係性を正しいものにしようと考えたのだが、マカレナはカルレスを遊び相手程度にしか考えていないことが判明したわけだ。
「うう〜やってられるかよ〜!くそ〜!」
仕事上がりに貰った給料の目減り具合に目眩を起こしたカルレスが街の飲み屋で管を巻いていると、不意に大きな手がカルレスの肩を叩いてきた。
「久しぶりだなカルレス!お前、機嫌が悪そうだけどどうしたんだ?」
見上げれば、王立学園時代の学友だったジョゼップ・マルケスが、腕に女をぶら下げた状態で笑みを浮かべている。
「ジョゼップ!お前、元気だったか!」
立ち上がったカルレスがジョゼップと肩を叩き合っていると、状況を察した女が、
「私、向こうで飲んでいるから、二人でお喋りしていたら?」
と言って、席を離れて行ってしまった。
ジョゼップ・マルケスは剣術大会でも三位とか四位になる程の腕の持ち主であり、将来を嘱望されていた騎士見習いだったのだが、在学中に、金の為に引っ掛けていた伯爵令嬢に訴えられることになり、結果、色々あって学園を辞めたような男だった。
エリートコースを外れてしまった学友は、カルレスよりも明らかに羽ぶりが良さそうに見えるのだが、
「ああ、女に貢がせているから金に困ることはないかな」
と、あっさりと答えるジョゼップを見て、顔が良い奴は何処まで行っても困らないのだなと感心することになったのだった。
せっかく旧友と再会したということもあって、女に振られた上にその女の元婚約者から慰謝料を請求されているのだと酒を飲みながら話すと、
「良い仕事があるんだが、お前、その仕事をやるか?」
と、言われることになったのだった。
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