第十六話 エルはクソ野郎
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イスベル妃の処刑が決まった為、今後、立場が不安定となるロザリア姫を保護することを決めたグロリアは、イスベル妃の死を絶対にロザリアには伝わらないように配慮に配慮を重ねていたのだが、カサスの領主館に勤める侍女の一人が、ロザリア姫の耳元に囁いた。
「姫様がイスベル妃の不貞を暴露した為に、イスベル妃は非業の死を賜ることになったのですよ」
ムサ・イルの戒律では女性側の不貞は絶対に許されない。それは伴侶が高位の身分であればあるほど、その罪は重くなり、不貞した側の女性は悲惨な結果を招くことになるのだ。
「姫様は妃殿下と愛人の間で出来た子と言われているじゃないですか?姫様さえ生まれなければ、妃殿下はあれほどの目に遭いながら死ぬこともなかったかもしれませんわよね?」
不貞の証となる子もまた罪の象徴とされるため、熱心な信者ほど強く、強く、糾弾する。そうすれば死後に楽園に行くことが確定されるのだと信じていて、仮令身分が上の人であろうが悪様に罵るようなことも平気でやってしまうのだ。
幸いにもロザリア姫は人を寄せ付けないため、一人の侍女からの糾弾で済んだものの、その後の姫のフォローは大変だったのだ。精神的に追い詰められていた姫をペネロペのお見舞いに連れ出すことで気分転換をはかったものの、ペネロペは自身の帝国行きをポロッと口に出してしまったのだ。
泣いて嫌がったロザリアは、自分も帝国に行くとまで言い出した。
それは困るので、ロザリアにもペネロペにも帝国行きは諦めて貰ったのだが、ペネロペの婚約者であるアンドレスにはもっと手綱を引き締めて欲しいとまで思っている。
グロリアがため息を吐き出しながら項垂れていると、侍従に連れられたエルがグロリアの元を訪れた。
焦茶のもしゃもしゃ髪のエルは、不思議そうに部屋の中を見回すと、
「カルネッタ嬢はもう帰っちゃったのかい?」
と、言い出した。
「公爵が迎えに来たので、一緒に帰って行きましたわ」
「そうなんだ、それじゃあ彼女にはリアちゃんから伝えてくれる?」
エルはグロリアの目の前の席に座ると、チョコレートソースがかかったマフィンを取り上げて、もしゃもしゃ食べながら言い出した。
「失われた魔法を使う奴が他にも居るのかもしれない」
「失われた魔法というと?」
「精神感応系だよ」
精神感応系とは他者の意識を操作して自分の意のままに利用したり、考えを操作したりする魔法のことなのだが、失われて久しいとも言われている魔法である。
「アドルフォの恋人の子爵令嬢は光の魔法を持っていた。あいつは魅了を僅かに操作出来る程度だったけど、それ以外の魔法が動いているようなんだ」
「それ以外の魔法って、どういった魔法ですの?」
「それが良く分からない」
二個目のマフィンを手に取りながら、エルは口の周りに菓子くずを付けたままの状態で言い出した。
「離宮の人事を司る侍女頭にボルゴーニャの間諜が入り込むこと自体がおかしかったんだ。イスベル妃の差配だったとしても、王宮の中に勤める人間なんだから、他国の人間が入り込む余地があるわけがない。それで色々と調べていくことになったんだけど、どうやら先王の時代の派閥が動いているらしい」
「先王の時代の派閥というと」
「そう、ムサ・イル派の熱狂的な信者達が作り上げた派閥だよ」
司教達は『楽園』を餌にして人の心を操作する。カサスの領主館で働く侍女も真面目で穏やかな気性の持ち主だったというのに、熱心であるが故に、宗教が絡むとその気性は様変わりすることになる。
「ペネロペ嬢とアンドレスの熱愛みたいな話で数日前までは持ちきりだったのに、今ではペネロペ嬢がどれだけ性悪で、愛し合うカップルをどれだけ引き裂いてきたかという話で持ちきりになっている。知っているかい?今、ペネロペ嬢は稀代の悪女とまで言われているんだよ?」
「そうなるように、心を操る人間が仕向けていると?」
「そう、その裏には魔法使いキリアンが居るのは間違いない」
「ムサ・イル派ではないの?」
「キリアンは、恐らくムサ・イル派に雇われているのだと思う。キリアンぐらいになるとボルゴーニャ王国一国では彼を雇う金は払えない」
「なんでそんなことを?」
「ペネロペ嬢に天よりも高いプライドを傷つけられたからだよ」
エルはマフィンをもぐもぐ食べながら言い出した。
「僕もあいつのプライドをへし折ったことがあるから良く分かるんだ、あいつはとにかく執念深い」
「エル、あなたね」
立ち上がったグロリアはエルの横に屈み込んで、口元や膝の上の菓子くずを払いながら言い出した。
「もっと綺麗に食べられないの?」
キョトンとした顔でグロリアの美しい顔を見上げたエルは、
「そんなことを言うのはリアちゃんぐらいのものだよ」
と言って笑い出した。
「僕は精神感応系を使う魔法使いを探すけど、リアちゃんやカルネッタ嬢には気をつけ過ぎるほどに気をつけて欲しいんだ。イスベル妃殿下が処刑となってから、発言権が大きくなった公爵家や侯爵家のレディが狙われやすくなるからさ」
「ジブリール様も居るじゃない?」
「側妃様に力はないからね」
だから、グロリアに気をつけろと言い出すエルを見上げると、
「それで?ペネロペ嬢は元気になったの?アンドレスったら全く教えてくれないから、状況が全然わからないんだけど?」
と、エルは口を尖らせながら言い出した。
「古文書を作り出すだなんて、やっぱり他の奴には無理なんだよ。だからこそ、ペネロペ嬢には今すぐ仕事に戻って欲しいんだけど」
「大怪我を負った令嬢に対してそんなことを言い出すなんて、エル、貴方ってクソ野郎だわ」
自分の胸の前で両手を握りしめたエルは、頬を真っ赤に染めながら言い出した。
「リアちゃんにクソ野郎って言われるだなんて!感無量だよ!」
「嫌だわ、この変態、何処かに捨ててこようかしら」
「うわっ!もっと言って!もっと言って!」
はしゃぐエルを前にして、グロリアは地の底にまで届きそうなほどの深いため息を吐き出したのだった。
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