第十三話 ロザリア姫の涙
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「ペネロペ!ペネロペ!ペネロペ!」
ペネロペの熱が完全におさまってから三日後のこと、グロリアに連れられたロザリア姫が飛びつくようにしてペネロペが横たわるベッドへと駆け寄って来たのだった。
「ごめんなさい!ごめんなさい!ペネロペが怪我をしたなんて知らなかったの!だからお見舞いが遅くなってしまったのよ!」
ロザリアと一緒に部屋に入って来たのはグロリアの弟となるジョルディ・カサスで、扉の横に控えるように立ちながら、姉と同じ緋色の瞳を細めてにこりと笑う。
カサス家は何代か前に帝国貴族の血が入っているために、アストゥリアス人にしては髪の色が濃い子供が生まれやすい家系である。漆黒の髪であるグロリアは先祖返りとも言われているのだが、その弟のジョルディはダークブラウンの髪色をしていた。
「姫さま、私の方は大丈夫です。すっかり元気になりましたから」
「でも、母様もお亡くなりになったというのに、ペネロペまで死んでしまったら・・私・・私・・」
ロザリアが宝石のような涙をポロポロと溢すので、ペネロペは魔法の力でロザリアの涙を宙に浮かべて浮遊させる。
その涙の粒が窓から差し込む光を浴びて虹色に輝くのを見て、
「まあ!」
ロザリアが金の瞳を見開いて虹色の粒を仰ぎ見た。
「姫様、私は絶対に死にませんよ」
イスベル妃の死を姫には知らせないようにするためにグロリアに保護してもらう形としたのだが、妃の話はカサス領まで流れて行ってしまったらしい。
「お妃様がお亡くなりになったのも、決して姫様の所為などではありません。陛下を裏切り、大っぴらに恋人と楽しんでいた妃殿下が悪いのですし、その妃殿下を最悪な戒律を使って裁いたムサ・イル派が悪いのです」
「ペネロペを襲ったのも、その、ムサ・イルっていう司教達だったの?」
「いいえ、ボルゴーニャ人でした」
離宮の侵入者達は揃ってアンドレスによって氷漬けとされたのだが、自死を選ぶ者が多く、まともに聴取を執り行うことが出来なかったのだ。侵入者達は身元を確認するようなものなど持っているわけもなく、ボルゴーニャ王国に抗議をしたものの、知らぬ存ぜぬで話は終わってしまった。
確かに離宮までアルフォンソ王子が侵入していたのだが、彼の身柄は魔法使いと共に消えてしまっているため、王子の王宮侵入を訴えることは出来ない状態になっている。
「サラマンカの魔法使いも襲撃者の中には居たのですが、アキレス腱をカピカピにしてやったんです。きっと今頃苦しんでいると思いますのよ」
おほほほほほと笑うペネロペ自身も、何日も高熱を発するほどのダメージを喰らったのだが、同じくらい、いやいや、倍くらいは仕返しが出来たと考えている。
「大魔法使いキリアンに会ったのですよね?」
興味津々といった様子のジョルディが好奇心に負けたような様子で問いかけてくる。
「キリアンという名前かどうかは分からないですけれど、大魔法使いとも呼ばれる人だったという話は聞いています」
とにかく執念深い魔法使いらしく、彼を倒したつもりでいた留学生のエルが、
「ペネロペ嬢にはしばらくの間、アンドレスと一緒に居て欲しいんだよ。彼が側にいればそれだけで危険を遠ざけることが出来るからね」
と言い出すほどらしく、世界で一番と言われるほどの魔法を使うのだとか。
「ペネロペ嬢は大魔法使いを退けたのだと聞いています。どうやって大魔法使いと対したのかお聞きしたらまずいでしょうか?」
「ジョルディ、ペネロペはまだ回復し切っていないような状態なのよ」
ロザリアとジョルディに付き添って来たグロリアは、弟の髪の毛を撫でながら宥めるように言い出した。
「とにかくペネロペはエゲツナイ魔法使いだから、元気になったらお話を聞かせて貰いなさい。きっと貴方の度肝を抜くようなことをやってしまっているのよ」
「あの・・エゲツナイってどういうことなのでしょうか?」
「エゲツナイといえばエゲツナイじゃない?何せ、浮気や暴力男が婚約者になっている令嬢達を鮮やかに解放するし、挙げ句の果てに付けられた名前が婚約クラッシャーだし」
「グロリア様、それって全然褒めていないですよね?」
不貞腐れたように頬をぷくっと膨らませるペネロペを見たグロリアが、クスクスと楽しげに笑い出す。
「ああ、本当にペネロペが元気になって良かった。一時期はどうなることかと心配したのよ?」
「そうですね、熱が出て本当に大変でした」
熱が出ていた時のあれやこれやを思い出すだけで、ペネロペの顔は真っ赤になる。治癒師も熱発時には脱水にならないように水分を補給する必要があるとは言っていたけれど、その水分補給を朦朧とした状態だったとはいえ、口移しでしていたわけだ。
「もうお嫁に行けそうにない・・」
「え?なに?何か言った?」
「いえいえいえいえいえ」
ペネロペの小さな呟きはグロリアの耳に届いていなかったようだけれど、ロザリアの耳には届いていたらしい。
「ねえ、ペネロペ、お嫁に行けないってどういうことなの?」
「うぐ・・」
ペネロペは金色の瞳で真っ直ぐに見つめるロザリアの銀色の髪を撫でながら、兎にも角にも、姫が無事ならそれで良いのだと思い込むことにした。
「姫様、私はこの度、肩に一生残るような傷が出来たのです。令嬢にとって欠陥品となってしまったのは間違いない事実です」
「そ・・そんなことないわ!ペネロペは欠陥品じゃないもの!」
「姫様、有難うございます。ですが、私は平民になって帝国に行くつもりなので、もう良いのです」
「ペネロペ、帝国へ行くの?本当に?」
ロザリア姫の小刻みに震える手をペネロペは握り締めた。
「嫌だよ、帝国に行くだなんて」
ペネロペは、ロザリア姫が母のようにペネロペを慕い、依存していることを知っている。カサス領に居る間は、年も近いグロリアの弟のジョルディが面倒をみてくれたようだが、まだまだ母親の庇護が必要な年でもあるのだ。
父はペネロペを連れて帝国に行くつもりだったのだが、鉱山大臣の地位を賜ることとなってしまったが為に、身動きが取れない状態に陥っている。没落したシドニア公爵が治めていた領土には鉱山が多く、これをまとめて管理するには専門家の知識が必要となってくるのは間違いない事実であり、新たに大臣職をつくるというのであれば、ペネロペの父ほどの適任者はいないだろう。
伯爵家で経営する事務所も帝国に幾つもある訳だし、このまま王国のゴシップに塗れて蔑まれ続けることになるのなら、一人ででも帝国に行ってしまおうかと思案に暮れていたこのタイミングでロザリア姫のお見舞い訪問となったわけだ。
「だったら私と一緒にカサスに行きましょう!カサスだったらボルゴーニャからも!ムサ・イルっていうよく分からない人達からも!ペネロペを守ってくれるから!大丈夫だから!」
「いやー・・やっぱりそこまでご迷惑をかけることもできないので、やっぱり帝国に行こうかとー・・」
「やだ!やだ!やだ!やだ!帝国に行っちゃやだ!」
わーっと泣き出したロザリア姫を抱きしめて背中を撫で続けていると、付き添いのグロリアが呆れた様子で言い出した。
「ねえ、ペネロペ、あなたったら本当に帝国に行くつもりなの?」
「うーん・・」
ペネロペはロザリア姫の泣き落としに弱いのだ。
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