第十二話 閣下の誠意ある対応
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「どうしたもこうしたも、誠意ある対応で!」
確かにペネロペはそんなことを言ったかもしれない。アンドレスと言い合っている間に、確かに誠意ある行動を示せというようなことを言ったかもしれない。
「ペネロペ、水は飲めそうか?」
「・・・」
「わかった」
結局、目を覚ました後も高熱が続き、アンドレスに付きっきりの看病をされることになったのだが、唇を塞がれ、口移しで流れ込む冷たい水を飲み込みながら、
『ちょ!ちょ!ちょ!誠意ある対応ってそういうことなのですか〜!』
と、ペネロペは心の中で雄叫びを上げた。
とにかく、夕方になると意識が朦朧とするぐらいに熱が上がるのだ。
「斬り傷から悪い菌が入ったのかもしれないですね。幸いにも閣下は氷魔法の使い手なのですから、熱発時はペネロペ様を冷やしてあげてください」
という治癒師の言葉に従って、アンドレスは添い寝までする始末。
確かに、大きな掌で額を覆われると、氷のように冷たくて気持ちが良い。飲ませてくれる水もひんやりとして喉を通りやすい。高熱を発している身としては有難い、有難いのではあるが・・
「傷の処置まで宰相補佐様に診てもらう必要ってあります?」
包帯を取り替えて貰いながら疑問の声を上げたところで、
「膿を持っている傷に対しては、周囲を冷やして炎症を抑える必要があるんだから仕方がないだろう。そもそも、君が傷を負ったのは私の所為なのだから、君の面倒を見るのは私の責任でもある」
と、言われてしまえば朦朧としている頭で返答する答えが見当たらない。
とにかく、目が覚めてから五日ほどは熱が出まくった。治癒師の魔法治療も感染症状まで何とかすることは出来ず、結果、アンドレスの氷の魔法頼みとなっているような状態に陥った。
傷痕が熱を持っているのも辛かった、それでもジクジクと痛む傷を冷やして貰うだけでだいぶ楽になる。
「回復期になれば、血流を良くなるように温めたほうが効果的ですが、今はまだ急性期ですので、閣下の氷魔法の処置を受けてください」
「ふぁあい」
熱が下がれば元に戻るペネロペも、一旦、熱が上がると途端に虫の息となってしまうのだから、治癒師の言うことを聞くより他にしようがない。アンドレスが嬉々として面倒を見ていることにも気が付かないし、生きることに精一杯で、夜になると口移しで行われる水の補給にも慣れてくるのだから恐ろしい。
必要なところを的確に冷やしてくれるアンドレスは便利な存在だと考えるようにしていたのだが・・
「もう口移しは結構!コップでください!コップ!コップ!」
熱もすっかり下がって冷静になったペネロペは、コップで水を飲むことを主張した。
「どうかと思いますよ、いくら水魔法が便利だからって口移しで冷えた水を人に飲ませようと考えます?」
「なんだ、正気に戻ってしまったのか」
残念そうに言いながらアンドレスは水が満たされたコップを差しだして来たのだが、渡された水は口移しで飲むのと同じようにキンキンに冷えていた。
「コップでも冷たい水が飲めるじゃないですか」
「私は氷魔法が使えるからな」
「むぐぐぐぐぐ・・・」
今までペネロペは冷たい水を飲ませるために、あえて、口移しで飲まされていたと思っていたのだ。ようやく体も回復してきたし、別に冷たい水じゃなくても良いと考えてコップで水を貰うことにしたのだが、コップでも冷たい水は飲めるらしい。
ちなみに、ペネロペが熱を出したのには理由がある。
離宮で襲撃を受けたペネロペは幅広のナイフのようなもので斬りつけられたのだが、そのナイフは汚物で汚染されていたのだという。
その所為で炎症症状が全身に広がることになり、アンドレスは氷魔法を使って付きっきりで看病をすることになったのだ。
「私は誠意ある対応を心がける、至って真面目な婚約者なのだ。君の面倒を見るのは私の責任だからな」
体を拭いて着替えを済ませるのは侍女に任せて、誠意ある婚約者であるアンドレスは、一旦、部屋の外に出ることにした。
◇◇◇
「むぐぐぐぐぐ」
一世一代の覚悟で帝国への移住を考えていたペネロペの父、セブリアン・バルデムは唸り声をあげていた。
帝国への移住についてだが、まずは次期伯爵家当主である息子が反対した。
「妻も子も居るし、もうすぐ出産も控えているんだ。これから帝国がこちら側に侵略戦争を開始しようとしている今、この時に、帝国に移住するだなんて正気の沙汰じゃないよ」
愛する妻は大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「これから孫が生まれるというのに、帝国へ行ける訳がないじゃないですか?貴方がペネロペを連れて帝国へ行くと言うのなら止めやしませんけど、私が貴方の後を追うのは一年か二年後になると思いますよ?」
息子の嫁が二人目を妊娠中で、妊娠をして半年を過ぎても悪阻が治らない状態だった為、妻は嫁に付きっきりで面倒を見ているところだったのだ。確かに、妻を連れて帝国に行くのも、悪阻で苦しむ嫁も含めて一家全員で移動というのも難しい話かもしれない。
であるのなら、爵位を息子に譲った上でペネロペと二人で帝国に移住するしかない。何しろ娘は立派な傷物(肩を斬りつけられた傷が残っている)となっているのだから、傷心の娘を連れて国を離れるのは何の問題にもならないだろう。
どうせマルティネス侯爵との縁組は解消されるのだろうから(ムサ・イル派の糾弾など関係なしにペネロペを捨てて、愛しい女を選ぶのだろう)ゴシップ沙汰となる前に父と娘で国を出る。
幸いにも向こうの受け入れ準備は出来ていると言っているし、ペネロペが回復次第移動をした方が良いのかもしれない。
そんなことを考えながらセブリアンが王宮の廊下を歩いていると、
「伯爵、バルデム伯爵」
と、後ろから声をかけられたのだった。
振り返れば、憎くて憎くて仕方がない、アンドレス・マルティネスが爽やかな笑みを浮かべて立っている。
「バルデム伯爵、貴方のことを義父上と呼んでもよろしいでしょうか?」
戯言にも程がある。お飾り目的でペネロペを婚約者に据えて、爵位が下の者など顎で使えるものと勘違いしているんじゃないのか?しかも、あれほどの大怪我を負ったのはマルティネス侯爵の所為だというのに、用済みとばかりにペネロペを捨てようとしているのはわかっているのだぞ?
「ははは、まだ結婚した訳でもないに、気が早過ぎるのではないでしょうか?」
娘と結婚するつもりもないのに、良くもまあ、私のことを義父などと言ったものだ。熱心にペネロペの看病をしていると話には聞いているが、あくまでもパフォーマンスで、ペネロペのことなど何とも思っていやしない癖に。
「マルティネス侯爵、私に何か用事でも?」
伯爵の塩対応に、アンドレスはにこりと笑みを浮かべた。
「宰相さまがお呼びです、伯爵にお話があるというのですよ」
何の話があるというのだ?ペネロペとの婚約解消の話を宰相も含めてするつもりなのか?
「お時間は大丈夫でしょうか?」
「ああ・・時間はあるのだが・・」
帝国への移住のために、そろそろ船の手配を始めようと思っていたのだ。だというのにタイミングが悪いものだと憤慨しながら、セブリアンはアンドレスの後をついて行った。
アストゥリアス王国では、ジブリール妃の父であったシドニア公の処刑、公爵家の没落を機に、王国内の鉱山を一括で管理する鉱山大臣の地位を新しく設けることを決定した。鉱山の戦略的採掘、探査分野の協力強化、鉱物開発を国の旗振りのもとで行うこととなるのだが、その責任者としてセブリアン・バルデムが初の鉱山大臣として任命されることとなったのだ。
鉱山については一家言持っているバルデム伯爵の大臣就任に、誰もが諸手をあげて喜んだというのは本当の話であり、それだけ鉱山開発は難しい事業だということが王国内でも明るみになるきっかけにもなるのだった。
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