第十話 宝石眼
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黒髪黒目の人間はアラゴン大陸では珍しい部類に入るが、全く居ないという訳ではない。船の発達により交易が盛んになったことから、南大陸の血が北大陸にも入って来ているからだ。
北大陸とも呼ばれるアラゴン大陸の西方に白人が多く、髪や瞳の色素が薄い傾向にあるのだが、南大陸となると肌が浅黒く、髪色や瞳の色が濃く出る傾向にあるわけだ。
その男は黒髪、黒瞳であるけれど、肌の色は雪のように白い。もしかしたらアルカンデュラ諸島の出身なのかもしれない。波止場近くの飲み屋で美味しくもないエールを喉に流し込んでいると、
「待たせたかしら?」
カールした褐色の髪の毛をシニヨンにまとめた、派手な顔立ちのブランカ・ウガルテが、下町の娘が着るような簡素なワンピース姿で男の前に座り込む。
「体の調子はどうなの?」
ブランカの質問に、魔法使いキリアンはため息を吐き出しながら言い出した。
「最悪だよ、アキレス腱が元に戻らず足を引きずるようになってしまった。水分を吸い取られ過ぎてコチコチになったが為に、何度かブチ切れたからね」
今まで何度も死にそうな目に遭ってきたキリアンだけれど、あれほど最悪な戦いは無かったと断言できる。相手は一捻りでいつでも殺せるような可愛らしい令嬢だったというのに、キリアンは一瞬、死にかけるほどのダメージを喰らったのだ。
「血の塊を作って血管内に飛ばすだなんて、僕でも出来ないようなことをやりやがった。血の塊を抜くために、どれだけ自分の体に穴をあけたと思う?一時は心臓が止まりかかったんだからね?」
キリアンは自身に回復魔法を使うことが出来る。これが出来なければあっけなく死んだか、一生ベッドの上で寝たきり状態となっていたことだろう。
「血の塊を操作して一箇所に集めるのも苦労したし、手首の太い血管を切ってドバドバ出すのも難儀だった。お陰で血を失い過ぎて・・」
「その話はもういいですから」
自分の分のエールを頼みながら、ブランカはキリアンの話を半分程度しか聞いていない。サラマンカ王国から出奔したキリアンはムサ・イル派の司教たちに雇われているのだが、その繋ぎ役となっているのがブランカ・ウガルテ伯爵令嬢である。
「ペネロペ嬢の情報は取って来てくれた?」
「ええ、それなりに集めてきましたけど、面白いことになっています」
「どうしたの?何があったわけ?」
「隣国クレルモンで自殺したと言われる国王の姪が生きていました」
「それで?」
「我が国に亡命してきており、今は王宮預かりとなっています」
「それで?」
「ペネロペ嬢の婚約者であるマルティネス卿に夢中で、毎日、熱心にアタックしているようですよ」
「だから?」
「浮気を疑われたら堪らないと言って、あのマルティネス卿が仕事場所を移動させて、ペネロペ嬢を付きっきりで看病しているようです」
「全然面白くないんだけど!」
キリアンは髪の毛を掻きむしりながらのけ反った。
「僕はね、ペネロペ嬢に仕返しがしたいんだよ。それも今すぐに!だというのに氷の英雄が番犬よろしく側に居るって言うんだろう?それじゃあ、近寄ることすら出来ないじゃないか!」
「そうは言っても、ペネロペ嬢が回復するまでは仕方がないのでは?」
「回復したら番犬が離れるのか?」
「それはそうでしょう。彼女もいつまでも王宮で療養しているわけにもいかないですし、バルデム伯爵家にいずれは戻ることでしょうし」
「それまで待てる自信がない!」
貧乏ゆすりを続けるキリアンを呆れた様子で眺めていたブランカは、給仕の女性からエールを受け取りながら言い出した。
「要はペネロペ嬢に嫌がらせをしたいのでしょう?であるのなら、私に考えがあります」
「どういうことよ?」
「マルティネス卿は今まで婚約者を作らず、未婚の女性たちの羨望の的だったのです。マルティネス卿狙いのミシェル嬢だって憤慨していますし、ペドロウサ侯爵家の末娘であるマカレナ嬢も憤りを隠せません。そんな二人を会わせてみたら、面白いことになると思うのですが?」
つまりは、隣国と本国の高位の令嬢たちを焚き付ける。
氷を使って邪魔をしてきたアンドレスも嫌な思いをするだろうし、自分にこんな思いをさせたペネロペも嫌な思いをする。
「最初にドカンと相手を踏みつけるよりも、ジワジワと痛めつけた方が面白いと思うのですが?」
「それ、面白そうだよね」
「そうでしょう?」
ブランカは喉を鳴らしてエールを飲みながら、ほくそ笑むようにして笑った。
「どうせ遊ぶのなら、長く遊んだ方が面白い。そうは思いませんか?」
「まあ、そうだよね。僕にこんなダメージを与えたのだもの。苦しませるにしても、長く、ながーく苦しませなければいけないよね」
瞳を細めて思案をしながら、
「そういえば」
と、キリアンは言い出した。
「ルイス司教に頼まれたからアドルフォ王子を見に行ったけれど、あれは僕でも無理だよ」
「ええ?」
「そもそも君ら自身が彼を排除したんでしょうに。今更、自分たちの傀儡として祀りあげたいから回復させてくれだなんて、無理な話にも程があるよ」
「でも、彼は生きています」
ブランカの宝石のように輝く瞳を見つめながら、キリアンは、
「君って本当に面白いね」
と言って、小さく肩をすくめて見せたのだった。
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