第八話 誠意ある対応
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氷の魔法を使うアンドレスは『氷の英雄』と呼ばれることもある。彼が海軍時代に、帝国の軍艦を自国の海域から追い払い、アルカンデュラ諸島近くで敵の軍艦12隻を壊滅させたことから『アルカンデュラの英雄』とも呼ばれている。
陸上の戦いでは野砲の使用が一般化されてきているものの、海上での戦いは大砲の撃ち合いよりも、魔法使い同士の勝負となるのが一般的だ。帝国では年々、魔法使いが減少してきているため、大砲や銃火器を使った戦いにシフトチェンジしているところではあるのだが、アラゴン大陸ではまだまだ、魔法使いが貴重な戦力となっているのだった。
アストゥリアス王国は、アブデルカデル帝国と時には戦い、時には手を結んで来た歴史があるのだが、ラミレス王の時代となってから、帝国との融和路線に舵切りをすることになったのだ。
アラゴン大陸では元々、光の神を信奉するルス教が信奉されていたのだが、他宗教をも認める預言者ルカの福音書に重きを置かず、厳しい戒律で民を正しき道に導くというムサ・イル派が台頭することになったのだ。
光の神のみを信奉することが全てであり、他の神に敬意を払うなど神の御心に反する行為だとして、魔法王国サラマンカでは宗教弾圧が始まった。魔法使いは4大元素の根源の力を敬い、己の糧として使役する許しを得た人々であり、光の神だけを信奉するなど到底出来ない。
そうして多くの魔法使いが帝国に流れて行ったため、帝国は自国で開発した銃火器にプラスして魔法使いの力を手に入れた。そのため、強大な軍事力を保有することになったのだ。
魔法使いの流出に焦りを感じたサラマンカの重鎮たちは、ムサ・イル派を国教とした当時の国王、宰相、宗教家などを追放処分とし、ルカの教えを主軸とするフィリカ派に帰依したのは有名な話でもある。
帝国の姫であるジブリールを側妃としたラミレス王は、ムサ・イル派が力を付けすぎないように気を配りながら自国が生き残る道を模索することとなったのだが、そんな時に王宮へと戻されたアンドレスは、海軍を辞めて宰相の元で働くことを命令されることになったのだ。
海軍では周りに男しかいない状態で、女を相手にするのは船を降りた時だけのことになる。だがしかし、王宮に仕えることになったらそこら中に女が居るわけで。
「アンドレス様の妻となったら、どれだけの贅沢が出来るのかしら?」
「あれだけ美しい人に夜会でエスコートして貰えたら、誰もが私を羨むことになるでしょう」
「現在、侯爵身分で婚約者が居ないのはアンドレス様だけだわ!絶対に!絶対に!アンドレス様を手に入れる!」
誰も彼もがアンドレスを手に入れた後の素晴らしい自分の未来に希望を抱いているようなのだが、はっきり言って、アンドレスは心の奥底からうんざりしていたのだ。
幸いにも領地に引っ込んでいる弟は結婚して子供も居るので、跡目をどうするという話になれば、弟の子供を推挙すれば何の問題もない。
「私は国に忠誠を誓っているので、結婚をする気などないのですよ」
と、豪語しても、はなから信じる人間は少なかった。それでも何年か経つうちに、
「英雄殿はよほど高潔とみられる!」
と、言って諦める人間もそれなりに出てくるようになったわけだ。
「結婚なんてね、したい時にすれば良いんですよ」
と、普段は碌なことを言わない上司(宰相)がそんなことを言って、上司宛に送られてくるアンドレスへの求婚の手紙や釣り書きに対しては、問答無用で投げ捨ててくれたのだ。
「世の中には媚を売る女しか存在しないんじゃないのか?それでうっかり結婚なんてしてみろ?財産を食い潰されるだけ食い潰される結果になりそうじゃないか!自分の代で身代を傾けさせるなど、そんな面倒なこと、絶対に、絶対にしたくない」
と、アンドレスは思っていたし、生涯、自分には碌でもない女しか近寄って来ないと思い込んでいた。そう、ペネロペと出会うまでは、世の中の女は全てが爵位目当て、顔目当て、英雄の肩書き目当てなのだろうと思っていたわけだ。
だからこそ、ようやっと目覚めたペネロペを前にして、
「私がイケメンだから碌でもない?その思い込みはなんなんだ?」
と、憤慨したし、
「大きな怪我まで負ったのに、何故、私との結婚がカケラも思い浮かばないんだ?」
と、苛立ちばかりが募っていく。
「挙句の果てには帝国に移住するとか言い出すし!」
ペネロペが瀕死の重傷を負って罪悪感で押し潰されそうになったし、うっかり魔力暴走を起こして離宮を氷漬け寸前にまでしてしまったのだ。その後も、アンドレスは全ての仕事を投げ出してペネロペに付き添っていたから、周囲からの文句が物凄いことになっている。
何しろ伝説の魔法使いとも言われるサラマンカのキリアンが襲撃に加わっていたのだ。離宮に派遣した部下の半分が死んだのは大変な損害だったのだが、
「アンドレス様、お屋敷に戻って差配をして頂かないと、そろそろ本当にまずいと思うのですが?」
「嫌だ、帰らない」
アンドレスは密かにキレまくっていた。
キレまくった末に、アンドレスは自分の仕事の全てをペネロペが療養する寝室に持ち込んだ。もちろん執務机ごとである。
「ちょっ・・宰相補佐様?一体これはどういうことですか?」
絶対安静を医師から命じられているペネロペは、ベッドに寝たままアンドレスを睨みつけたのだが、アンドレスとしては、年齢よりも幼く見える、可愛らしい顔立ちのペネロペに睨まれても子猫に威嚇された程度にしか感じない。
「私が碌でもない男ではないと証明するために、これから付きっきりで看病してやろうと思ってな」
「はい?」
「軍で働いていたから、傷病者の看病はお手のものだ。何も心配する必要はない」
「はあい?」
「君が大怪我を負ったのは私の責任である。であるのなら、大怪我を負った君の面倒を見るのは私の責任であろう?」
「はあああい?」
新緑の瞳を見開いたペネロペは、机の上に置かれた山のような書類とアンドレスを交互に見ると、大きなため息を吐き出しながら布団の中へと潜り込んだのだった。
これはきっと、何を言っても絶対にこちらの話を聞かない奴だ。
完璧主義で潔癖症な宰相補佐様は『碌でもない奴』のレッテルを貼り付けられるのが気に食わないらしい。金貨百枚と結婚相手を早々に用意してくれれば済む話なのに、自分の負けを認められない。だからこその悪あがきに他ならない。
ペネロペはこの時、隣の客間に彼の部下が机を並べ始めていることなど知りもしなかった。ペネロペの意識が戻らない間に寝ずの看病をしていたアンドレスの仕事が蓄積して、大変なことになっていることも、主人が帰ってくるのを首を長くして待ち続けている家人が屋敷に居ることも知らない。
「閣下、宰相さまがお呼びです」
隣室からノックをした男性が扉越しにこちらへと声をかけてくる。
布団に潜り込んだペネロペは、神に祈るような気持ちで宰相のガスパール・べドゥルナに祈りを捧げていた。
「宰相様!私の部屋から宰相補佐様を追い出して下さい!お願いです!」
絶対安静を命じられているペネロペが、四六時中執務をこなすアンドレスが一緒では、心から療養が出来るわけがないのは確かなことなのだから。
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