第七話 移住を考える
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よくわからない女とアンドレスが騒ぎながら部屋を出て行くと、客間の奥にある寝室に静寂が訪れた。
「ペネロペ様、今日はバルデム伯爵が出仕をしているはずですので、伯爵様にペネロペ様が目を覚ましたとお知らせしてきますね」
甲斐甲斐しくペネロペの面倒を見てくれた侍女がそう言って部屋を出て行くと、間も無くして顔色が非常に悪くなっている父がペネロペの元へとやって来た。
肩を斬りつけられたペネロペは肩を包帯でぐるぐる巻きの状態だし、頭部も瓦礫で傷つけてしまったようで、包帯でぐるぐる巻き状態になっている。
しかも、魔法王国サラマンカの魔法使いの攻撃を受けたペネロペは大量の血を吐き出しているため、内臓の損傷も酷い状態だったらしい。絶対安静と言われているのでベッドから動くことが出来ない。
「娘と二人だけで話したい」
いつもはニコニコ朗らかな父が、険しい顔で人払いをすると、ベッドの横に置かれた椅子に腰掛けて、ポマードで固めた髪の毛をバリバリと掻きむしり始めたのだ。そうして、何とも言えない表情を浮かべてペネロペを見つめると、口髭の下の口をもごもごさせながら下を俯いてしまう。
「お父様・・」
なにしろ囮にされた上に孤立無縁の状態で侵入者二十人ほどに取り囲まれたペネロペは瀕死の重傷となっていたのだ。父の思いを考えると、ペネロペの胸がズキズキと痛みだす。
「お父様、あの、私・・」
「ペネロペ・・もう・・結婚なんてしなくても良いんじゃないのかな・・」
ペネロペは目を瞑りながら、父の言葉の意味を考えた。
結婚なんてしなくても良いんじゃないのかな・・確かに・・肩の傷は残るらしいし、傷物となったペネロペが結婚するのは難しいかもしれない。
一年以内にイケメン(アンドレス)は碌でもないということを証明したら、金貨百枚と共にペネロペに相応しい結婚相手を用意してくれると彼は豪語していたのだが、今の状態では結婚相手を用意するということ自体が難しいかもしれない。
そもそもペネロペが重傷を負った時点で『イケメンは碌でもない』は立証されたのではないのだろうか?何せ、ペネロペはアンドレスの指示で囮となったが為に、お嫁に行けない体(肩に傷が残っている)になったのだから。
「何でもマルティネス卿には本命の女性が居るらしい」
項垂れる父の発言に、ペネロペはカッと新緑の瞳を見開いた。
「しかも身分が低くて結婚は難しい相手ゆえ、ペネロペをお飾り目的で婚約者としたらしい」
それ、完全に『イケメンは碌でもない』が立証されたのでは?
「周りから結婚をせっつかれていた為に『婚約クラッシャー』の異名を持つ、結婚相手を探すのに難航を極めているペネロペがちょうど良い相手だと思われたのかもしれないな」
父の発言に色々と乙女心が傷つけられながらも、瀕死となったペネロペは言い出した。
「お父様!大丈夫です!そこまで分かっているのなら、金貨百枚を貰って宰相補佐様とは婚約を破棄いたしますから!」
ついでに結婚相手もきっちり用意をしてもらおう。なにしろ相手の有責で傷物となってしまったのだ。アンドレスはペネロペの為に必死になって結婚相手を探す義務があるはずだ。
「その婚約破棄が今の時点では難しいのだが」
父は地の底にまで届くような、深くて長いため息を吐き出した。
「ムサ・イル派としては、神の前で締結された婚約を破棄する行為は、神に唾するのと同じ行為だと言っている。今まで我が国は戒律については緩い状態だった為に、婚約破棄も解消も何の問題もなく行われて来たが、妃が戒律に従って処刑処分となったのだぞ?」
アストゥリアス王国は『フィリカ派』に宗派を替える予定でいるため、今すぐは無理でも、アンドレス・マルティネスとの婚約解消は問題なく行うことが出来るだろう。
そこの所を父に詳しく話す許可を貰っていないペネロペは、何と説明すれば良いかと頭を悩ませていると、
「ペネロペは『婚約クラッシャー』の異名を持っているだけに、すでにムサ・イル派から目を付けられている状態だ」
と、父が言い出した。
「宗教の力を使って我が伯爵家にどんな弾圧を加えてくるか分かったものではない。マルティネス侯爵が傷物のペネロペを捨てて他の令嬢を利用することとなれば、侯爵家の後ろ盾さえ失うことになるのだからな・・」
セブリアンの中では宗教弾圧による伯爵家の没落、一家離散まで話が進んでいるような状態だった為、
「帝国へ移住しようか」
と、セブリアン・バルデムは一世一代の覚悟で言い出した。
◇◇◇
「帝国へ移住する?」
「そうなんですよ、何でもうちは帝国向けの商売がかなり成功しているみたいで、爵位は捨てて、向こうでは平民ということになるんですけど、没落して路頭に迷うくらいならそっちの方が良いんじゃないかと考えたみたいで」
大騒ぎするミシェル嬢をグロリアとエルに丸投げして来たアンドレスが、最低限、やらなくてはいけない仕事だけをこなしてペネロペの元へと戻ると、ようやっと目を覚ましたもののまだ絶対安静状態のペネロペは、バルデム伯爵との会話をアンドレスに教えてくれたのだった。
「何でも父が言うには、宰相補佐様は身分も低いけれど真実愛している本命の恋人がいるらしくって、その恋人の隠れ蓑とするために、お飾りの婚約者が必要だったそうですね。そのお飾りの婚約者には『婚約クラッシャー』の異名を持つ私がちょうど良かったということで、早急に婚約手続きをすることになったということで」
「はあ?」
「これはもう『イケメンに碌な奴がいない』を立証していますよね?自分の愛する女を守るために、縁もゆかりもない伯爵令嬢(私)を利用する。しかも、こちらは婚約を破棄した過去がある、ハートが傷ついた令嬢ですよ?これはもう、完全に碌でもない、碌でもないの極みを立証できたと思います。私は帝国に移住するので、それまでに金貨百枚をきちんと用意してください!」
その言葉を聞いて、アンドレスはポカンを口を開けてしまった。
アンドレスとしては、自分の所為でペネロペが肩に一生残る傷をつくったと考えているし、責任をとって金貨百枚を払うつもりだったし、責任をとって結婚しようとまで考えていたわけだ。
「何?は?え?帝国に移住?それに私に本命の女が居るだって?」
「こんな場所にまで突撃してきたレディが居るじゃないですか?彼女が貴方の本命の恋人なんでしょう?」
「いやいやいやいや」
ミシェル嬢はアンドレスの恋人でも何でもない。
「彼女は私の恋人でも何でもない。昔、少々、彼女を助けることがあっただけのことであり、向けられる好意に応えたことなど一度もない」
「はい!『イケメンは碌でもない』がここでも立証されました!自分は好意を向けられただけ、好意を勝手に向けてきたレディが悪いんだろうって言うんですよね?クソです!本当にクソです!」
「それじゃあ、相手が気に入るような態度を取れば良いのか?好きでもない相手に秋波を送り続けろとでも言うのか?そうしたらそうしたで『イケメンは碌でもない』と言い出すんだろう?だったらどうすれば良いと言うのだ?」
「どうしたもこうしたも、誠意ある対応で!」
「誠意ある対応ってどんな対応だ!」
「ああ言えばこう言う、そういうの良くないですよ!」
「君にだけは言われたくない!」
二人の会話は大概こんな風になるのだが、それが何故なのかは分からない。そもそもペネロペは、瀕死の重症だったはずなのに。
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