第六話 父の怒り
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ペネロペの父であるセブリアン・バルデムは、褐色の髪に新緑の瞳をしたずんぐりむっくり体型の紳士で、先代の時代に抱えた負の遺産を自分の代でプラスマイナスゼロにまで持っていったという、辣腕家としても有名な人物でもある。
性格は温和で、鉱石の輸出で成功しているという事から、鉱山の採掘事業について相談を受けることが多い人物でもある。
鉱山開発で行き詰まっていたアルボラン伯爵家に投資をしたのもペネロペの父であるし、その時にアルボラン家の嫡男に見込みがあると判断して、末娘のペネロペとの婚約を進めることにしたのはセブリアンの判断でもある。
王宮に出仕後、女性との華やかな交際に目覚めてしまったフェレに娘が見切りを付けた時点で、セブリアンもアルボラン伯爵家に見切りを付けた。セブリアンとしては縁を切ったつもりでいるのだが、
「バルデム伯爵!そんなことは言わずにどうか我が伯爵家を助けて下さい!」
縋り付くようにして声をかけてくるアルボラン伯爵が今日も煩い。
「改めて専門家に調べて貰ったのですが、我が領地の鉱山はまだまだ発掘の余地があると言うのです。それについてはバルデム伯爵もご理解頂いていましたよね?」
アルボラン伯爵が所有する鉱山は掘れる部分はあらかた掘り尽くしてしまった状態で、後はより深層まで掘り進めるかどうかを判断するところに来ている。セブリアンとしては今の採掘技術では投資するだけ無駄な案件に他ならず、娘が嫁ぐことがなくなった家に、今更資金を投入する意味がない。
「うちの娘がアルボラン伯爵家に嫁ぐということであれば、伯爵の話に耳を傾けても良いと判断したのでしょうが、娘は貴公の子息に手酷い裏切りにあっておりますからな」
「うちの息子も本当に反省をしております。今になってペネロペ嬢の大切さに気が付いて、悔やんで、悔やんで、食も進まないような状態なのです」
「ほー・・それは、それは」
「本当ですよ!可能であれば復縁したいと望んでおりますし!」
「ですがね、うちの娘はすでにマルティネス卿と婚約をしておりますので」
「そうは言っても・・」
「きっとアンドレス様は、今、飛びついて行った女性と親密な間柄だったのでしょうね。きっと平民か下級の爵位の娘で、結婚するには問題があったということでしょう。だけど周りは結婚しろと煩いものだから、婚約クラッシャーと呼び声高い、今後結婚相手を見つけるなんて到底無理なペネロペに目を付けたのよ。名ばかり婚約者にするには丁度良いとでも思ったんじゃないかしら?」
突然、アンドレス・マルティネスについての話題が回廊の向こう側から聞こえてきた為、思わず二人の伯爵はその場で黙り込んでしまったのだった。
中庭に面した広い回廊の向こう側から現れたのは、ペドロウサ侯爵家の末娘マカレナ嬢と、ウガルテ伯爵の娘であるブランカ嬢であり、派手なデイドレスを身に纏った二人は、かしましくおしゃべりを楽しみながら、こちらの方へと歩いて来る。
「大きな問題を抱えるロザリア姫にも好かれるような娘だもの、かなり変わっているのは間違い無いでしょう?それで、お互いに都合が良いということで婚約したけれど離宮が火事になって相手は火傷とかしちゃった感じ?それで、お飾りの婚約者がそんな状態で大丈夫なのか心配になって、本命が王宮に現れるみたいな?」
興奮した様子でおしゃべりをしているのはマカレナ嬢であり、傷物となったペネロペが役に立たないということで婚約者の座を降りるというのなら、自分が婚約者となっても問題ない。アンドレスが他の女を愛していたとしても、自分だったら何の問題にもならないため、非常に都合が良いだろうという話をしながら、セブリアンに気が付く様子もなく、目の前を通り過ぎていく。
彼女たちの話の内容から察するに、アンドレス・マルティネスには身分が低い、本命の女というのがいるらしい。身分が低いゆえに結婚出来ずに今まで居たが、周囲が結婚しろとうるさい為に、お飾りの婚約者を用意することにしたという。
そのお飾りの婚約者に自分の娘のペネロペが選ばれたという事になるのだが、傷物となってしまったがために、早々にアンドレスから捨てられることになるという。
「バルデム伯爵、我が家はペネロペ嬢が仮令傷物であったとしても、何の問題もありませんぞ!」
セブリアンの横で、アルボラン伯爵が興奮した様子で話しかけてくる。
「うちのフェレは決してペネロペ嬢をお飾りになど致しません!仮令『婚約クラッシャー』の異名を持っていたとしても、火事で大火傷を負っていたとしても!伯爵家の嫁として大事に致しましょう!」
だから、鉱山への融資を何卒!何卒!と、言い出しそうな顔で見つめてくる伯爵をセブリアンは睨みつけると、踵を返して歩きだしたのだった。
公になってはいないが、ロザリア姫の離宮に侵入者が入り込み、その侵入者と遭遇することになったペネロペが瀕死の重傷を負うことになったのだ。
令嬢たちが言うようにペネロペは火傷などは負ってはいないが、侵入者から斬りつけられた傷が残る状態となっている。
婚約クラッシャーの異名を持つ娘のため、どんな恨みを持たれているかも分からない。そんな状態で王宮に出仕することになった娘を案じて、セブリアンは護衛として侍女のマリーを付けていたというのに、襲撃を受けた時にマリーは娘の側にはいなかったという。
暗器も使えるマリーはペネロペの為に付けたはずなのに、ロザリア姫の護衛の為に移動をしていたらしい。たった一人で離宮に残ったペネロペは、ロザリア姫が離宮に居るように見せつけるための囮のような状態となっていたという。
結果、ペネロペは襲われて重傷を負うことになったのだ。
目が覚めないペネロペを心配して、全てを放り出してマルティネス侯爵が付き添っていることは知っている。
焦燥感を露わにする彼の姿を見て、どうして娘が傷付けられたのだと文句を言いたい気持ちを呑み込み、ただ、ただ、娘が目覚めるのを待っていたセブリアンは、自分の握りしめた拳がブルブルと小刻みに震えていることに気が付いた。
突然、娘を王宮へ出仕させ、ロザリア姫の離宮に勤めさせ、更には謀反を企む輩を誘い出すための囮として利用された。
王家の為に働いた娘の傷は勲章のようなものと褒め称えるべきことなのかもしれないが、大事な自分の娘が斬りつけられたのだ。そのことだけでも腑が煮え繰り返ってどうしようもない状態だというのに、娘がお飾りの婚約者?傷物となったから婚約は破棄されるだろう?
ムサ・イル派が力を持ち、イスベル妃が戒律に従って処刑までされているような状態なのだ。傷物となったことを理由に娘が婚約破棄をされたなら、ムサ・イル派は娘に問題があったからだと糾弾を始めるに違いない。
なにしろ、彼らが教義として認めない『婚約破棄』『婚約解消』を率先して誘導してきたような娘なのだ。彼らは『婚約クラッシャー』の異名を持つ娘を見逃すようなことなどしないだろう。
そもそもムサ・イル派の戒律は有力者にとって有利になるように出来ている。国王の妃が生きたまま愛人と共に水に沈められるという蛮行が行われるのなら、娘はもっと恐ろしい目に遭うことになるだろう。
「決してペネロペを犠牲には出来ない」
セブリアンが口の中で呟いていると、ペネロペがようやっと目を覚ましたと、通りかかった侍女が教えてくれたのだった。
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