第五話 悩むブランカ
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マカレナの友人であるブランカ・ウガルテは婚約者も居ない未婚の伯爵令嬢であり、結婚相手を探すために王宮を出入りする貴族の令嬢たちとは少し離れた場所でマカレナの相手をしていた。
「アンドレス様は多忙でなかなか会うことが出来ないのは仕方がないとしても、アンドレス様の名ばかり婚約者が王宮で療養中ってどういうことなのかしら!信じられないわ!」
イスベル妃の不倫問題から急転直下の処刑処分が下されて以降、王宮内は落ち着かない雰囲気に呑み込まれているような状態だったのだ。そんな中、ロザリア姫が与えられた離宮が火事で燃えるという騒ぎが起きたのだ。
ロザリア姫に被害はなかったものの、離宮に勤める使用人のうちの何人かは火事で亡くなり、ロザリアの専属侍女兼教育係として勤めていたペネロペ・バルデムが瀕死の重症となっていると噂されていた。
伯爵家に戻ることも出来ず、王宮で療養することになったペネロペの元には、あのアンドレス・マルティネスが心配で夜も眠れず、仕事を放り出して付きっきりで看護をしているというのだ。
アンドレス狙いのマカレナにとってその噂は到底無視できるものではなく、令嬢との面会が出来るわけもないのに毎日王宮に顔を出している。
「ご令嬢!困ります!ご令嬢!」
ふと、視線を向けると、見たこともない令嬢が近衛を押し切るような形で王宮内を移動していく姿に気がついた。
王宮の中だというのにボンネットを被ったままの令嬢は、それなりの身分がある人なのだろう。近衛も無理強いは出来ない様子で回廊を進んでいく。
「マカレナ様、あれを見て!」
「何かしら?」
近衛を無視して進む令嬢は確かに、
「アンドレス様にお会いするだけのことですわ!」
と、言っている。
「まあ!あの方、無理やりアンドレス様に会いにいくつもりなのね!」
プライドだけはやたらと高いマカレナは憤慨し、
「だったら、あの方の後を追いかけて行けば、アンドレス様にお会い出来るということですわよね」
と、輝くような笑顔を浮かべながら言い出した。
王宮は中央に本宮を置き、左翼と右翼に棟が分かれているのだが、見たこともない令嬢は外国の要人なども宿泊ができる右翼棟に向かっているようであり、
「アンドレス様!ドルブリューズ公爵が娘、ミシェル・ドルブリューズが参上いたしましたわ!お会いしとうございました!アンドレス様!」
近衛の制止も振り切ってノックもなしに部屋へと飛び込んだ令嬢は、そんな事を言いながら部屋の中に居たアンドレスの胸の中へと飛び込んで行った。
すぐに扉が閉められてしまったし、その後、近衛兵に追い返されることになってしまった為、その後、令嬢とアンドレスがどうなってしまったのかを確認することは出来なかったのだが、
「何ということかしら!やっぱりアンドレス様も普通の男だったという事なのよ!」
マカレナは何やら興奮した様子で頬を真っ赤に染めながら言い出した。
「この前、私が胸に飛び込んだ時にも、アンドレス様は私を突き放そうとはしなかったけれど、何処の誰だかも分からない令嬢が胸に飛び込んでも、アンドレス様は優しく抱き留めているようだったわ!」
確かに令嬢はアンドレスの広い胸の中に飛び込んでいたが、優しく受け止めていたのかどうかは、すぐに扉が閉められてしまった為、よく分からない。
「複数の女性と仲良くしたいというタイプなら、私のつけ入る隙もあるってものだわ!」
あの宰相補佐を相手に、つけ入る隙があると思い込むマカレナの思考がブランカにはよく分からない。そもそも、マカレナはロザリア姫に目を付けられているのだから、あのアンドレス・マルティネスが好意を抱くわけがないとも思うのだけれど・・
「やっぱり甲斐甲斐しく婚約者の看病をしていたというのはガセネタだったのね。そもそも婚約クラッシャーと呼ばれるような令嬢がアンドレス様の婚約者になったという話を聞いた時点で胡散臭いとは思っていたのよ」
「つまり、マカレナ様はどういった風に考えているのですか?」
マカレナの思考が理解できないブランカが率直に問いかけると、マカレナは小さく肩をすくめながら言い出した。
「きっとアンドレス様は、今、飛びついて行った女性と親密な間柄だったのでしょうね。きっと平民か下級の爵位の娘で、結婚するには問題があったということでしょう」
関係を持つのに問題があった身分も低い令嬢が、近衛を押し退けて王宮を闊歩することなど出来るのだろうか?
「だけど周りは結婚しろと煩いものだから、婚約クラッシャーと呼び声高い、今後結婚相手を見つけるなんて到底無理なペネロペに目を付けたのよ。名ばかりの婚約者にするには丁度良いとでも思ったんじゃないかしら?」
確かに、なかなか結婚をしないアンドレス・マルティネスに早く結婚しろとせっつく輩は多かったに違いない。だけど、そんな外野の声を封じるために、形ばかりの婚約者など作るのだろうか?
「大きな問題を抱えるロザリア姫にも好かれるような娘だもの、かなり変わっているのは間違い無いでしょう?それで、お互いに都合が良いということで婚約したけれど離宮が火事になって相手は火傷とかしちゃった感じ?それで、お飾りの婚約者がそんな状態で大丈夫なのか心配になって、本命が王宮に現れるみたいな?」
「そこで本命が現れたところで、宰相補佐はどうするつもりなのかしら?」
「本命が現れたところで結婚なんて出来ないでしょうから、ペネロペの代わりになる婚約者を探すことになるでしょうね!」
マカレナはニコニコ笑いながら言い出した。
「だったら今度はペネロペに代わって私が婚約者になれば良いのよ!私、別に真実愛する人が居ると言っても構わないし、お飾りでも何でも、侯爵夫人になれるのであれば何の問題もないもの!」
何しろ、早急に結婚相手を見つけなければ、侯爵家から追い出されて平民の家へ嫁ぐことになってしまうのだ。お尻に火がついている状態のマカレナとしては、高い身分のアンドレスと結婚が出来るのなら、愛人の一人や二人や三人いたって何の問題もないと言える。
「本当にそうなのかしら・・」
そう言いながら、ブランカは思わず後ろを振り返った。
先ほど、宰相補佐の胸に飛び込んだ令嬢は、
「アンドレス様!ドルブリューズ公爵が娘、ミシェル・ドルブリューズが参上いたしましたわ!お会いしとうございました!アンドレス様!」
と言っていた。
アストゥリアス王国にそんな名前の令嬢は居ないけれど、隣国クレルモン王国には存在する。クレルモン国王の姪であり、ムサ・イル派に強要される形でリオンヌ公爵家に嫁いだ隣国の公爵令嬢の名前と同じ名前なのは間違いない。愛人を溺愛して新妻である自分には一切見向きもしなかった夫を恨んで、件の令嬢はつい最近自殺をしたはずだった。
アンドレスの胸に飛び込んだ令嬢は確かに、隣国の女性の名前を口にしていたのだが、
「瀕死の重症ってことだし、傷物になったペネロペをアンドレス様もいつまでも婚約者として置いておくはずがないもの。だとすると、私はアンドレス様にとって都合が良いということになるはずだわ!」
そこには全く気がついた様子もないマカレナが、一人ではしゃいだ声をあげている。
「そうね、きっとそうなるでしょうね」
ブランカが、突然現れた令嬢の素性について悩みながら、話半分で答えていると、
「ブランカ様!私に協力してちょうだいね!」
と、マカレナがブランカの手を取って懇願するように訴えたのだった。
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