第三話 不機嫌な王弟
お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。
カルネッタと作戦を練り上げて自分の伯父(国王)とも相談をしたミシェルは、新郎と結婚式を挙げた二ヶ月後の夜に、公爵邸の美しい庭園にある欅の木にロープを回して、首を括って自殺をした。
ミシェルと同年齢程度の女性の遺体を連れてきて、ミシェルと同じ髪色の鬘をかぶせてロープで吊るしたのだが、朝、ネグリジェ姿でぶら下がる女性を発見した庭師が腰を抜かすほど驚いたのは言うまでもない。
早朝に叩き起こされたリオンヌ公爵と妻は、木にぶら下がる遺体を呆然と眺めていたが、近くまで寄ってまじまじと遺体の顔を眺めるようなことはしなかった。
風に揺られてぶらぶらとぶら下がる異様な姿を見て夫人は失神をしたし、すぐさま木から下ろすように公爵は命じたが、ロープを切って死体を下ろす男たちが王家に遣わされた者たちだとは気が付きもしない。
死んだ遺体を身綺麗にした者たちはミシェルの生家であるドルブリューズ公爵家から連れて来た侍女たちだし、連絡を受けた王家がすぐさまリオンヌ公爵家に人を遣わして、遺体を棺に入れて運び去ってしまったが為に、公爵夫妻は義娘となったミシェルと満足な別れの挨拶すら出来ない状態となっていた。
愛人宅に入り浸っていた息子は、遺体と対面をすることも叶わず、国王自ら蟄居を言い渡すこととなったわけだ。
結婚してわずか二ヶ月で、国王の姪が自殺をした。夫となる公子が学院時代からの恋人を愛人として囲い、新妻に見向きもしなかったのは周知の事実となっている。そもそも、恋人を溺愛する婚約者を慮って自ら身を引こうとしたミシェルに待ったをかけたのは『ムサ・イル派』の司教たちなのだ。
神の名の元にと言いながら己の私腹をこやす司教たちの悪行は枚挙にいとまが無い状態であり、クレルモン王国に在する司教たちの汚職はそれは酷いものとなっていた。
司教たちは神の名の下に婚約破棄も離婚も許さない。どうしても別れたいというのなら、相手を殺害するように唆す。相手を亡き者にしたとしても、教会に多額の寄付をすれば楽園への道は約束されたものだと嘯いた。
「リオンヌ公の子息が愛人と結ばれるために、あえて結婚後にミシェル嬢を殺害したのではないのか?」
「リオンヌ公はムサ・イルの敬虔な信者として多額の寄付をしていたじゃないか?」
「多額のお布施は、ミシェル嬢を殺した後も、自分たちが楽園に行くためのものだったんじゃないのか?」
リオンヌ公へ疑いの眼差しが向けられる中、クレルモン王国の国王は国民に向かって宣言した。
「我らは『ムサ・イル』の教義に強い疑問を持つこととなった。そもそも、曽祖父の時代には我が国は『ムサ・イル』の教義ではなく預言者ルカの福音書を教義に重きを置いていた歴史がある。異端とも言える宗派に帰依したが為に、愛する姪が死に、その姪の死がきっかけとなって『ムサ・イル』の悪しき行いが明るみとなったのだ。光の神は等しく我らを見ていらっしゃる。我らクレルモン王国は今こそ、正しき道に戻らなければ闇に沈むこととなるだろう」
と言って『ムサ・イル派』から『フィリカ派』へ宗旨替えをすることを宣言したのだ。
王国内の大聖堂から司教たちを追い出し、フィリカ派の使徒を招き入れる。そうして、フィリカ派となった全ての教会で炊き出しを行い、異端者である『ムサ・イル派』が多くの人から搾取したものを民に還元していくと宣言したわけだ。
もちろん根強い信者たちの支援を受けて『ムサ・イル派』が無くなることはなかったものの、元は同じ光の神を信奉する宗教である。
「すべての人が楽園に行く為にも、神へ祈りを捧げましょう」
ムサ・イル派の司教たちは、楽園へ行くためと言いながら無言の圧力をかけ続けていたのだが、フィリカ派の使徒たちは、祈りを捧げさえすればすべての人が楽園に行くことが出来るのだという教えを広めていくことになった為、
「司教様よりも、使徒様の言うお言葉の方がわかりやすい」
と、多くの民が思ったわけだ。
婚姻政策は貴族たちにとって命綱のようなものであり、そんな所にまで口を挟むようになってきた司教たちに嫌悪感を抱いていた貴族たちとしても、フィリカ派への宗旨替えはそれほど抵抗なく受け入れられることになったのだが・・
「ミシェル様!私のカルネッタを巻き込むのはおやめください!」
国王とは二十歳も年齢が離れた王弟パトリスが、不満を露わにしながらミシェルに突っかかって来たのだった。
「リオンヌ公爵家で発見された福音書を使って、世界を変えるつもりなんですよね?それをカルネッタにアストゥリアスまで運ばせるだなんて、しかも福音書の修復が終わるまではアストゥリアスに残ると彼女は言っているんですよ?」
「まあ、パトリスはカルネッタ様が心配なのね!」
「それはそうです!しかもこれほど容易く宗旨替えが出来たのですから、イルの福音書や使徒の手紙など不必要ではないですか?わざわざ、カルネッタが自国へと運ぶ必要は無かった!」
「まあ!宗教ってそんなに簡単なものではないのですよ!」
ミシェルはコロコロと笑いながら言い出した。
実際問題、司教たちの抵抗は激しく、国から追い出すまでの間には一悶着も二悶着もあったのだ。総本山からは司教たちを入れ替えるから、フィリカ派に宗旨を替えるのだけはやめてくれと泣きつかれたものの、クレルモン王国はムサ・イルと手を切る決断を下すことにしたわけだ。
「国を挙げて宗派を入れ替える為に私の死を利用することになったけれど、周辺諸国も同道させるには、私の死だけではあまりにも弱すぎるのよ」
「だからこそアストゥリアス王国を巻き込むつもりだということは分かりますが、カルネッタに何かあればと思うと・・」
王弟パトリスは十三歳、年齢よりも遥かに賢く、剣の腕もたつことで有名なのだけれど、彼が決して一筋縄ではいかない隣国の公爵令嬢に夢中になっているというのは、王宮では有名な話でもある。
「貴方はカルネッタ様に早く帰って来て欲しいのね」
ミシェルの言葉に耳まで真っ赤にするパトリスを見つめたミシェルは、これは良い機会だと判断することにした。
「それでは死人の私がアストゥリアスへと向い、カルネッタ様にはクレルモン王国に戻って来てもらうことにしましょうか?」
「ミシェル様がアストゥリアスに行くのですか?」
驚くパトリスにミシェルは大きく頷いた。
ミシェルの夫はミシェルの死後、愛人とは手を切って屋敷に引き篭もり状態となっている。何せ自分がきっかけでムサ・イルの司教たちは王国から叩き出されることとなってしまったのだ。ミシェルの夫とその愛人は常に命を狙われているような状態らしい。
結局、ミシェルの嫁ぎ先であるリオンヌ公爵家の信用はガタ落ち、社交界からは追放状態。国王の姪を死なせたとして、降爵処分を受けるのではないかと噂されている状態なのだ。クレルモン国王としても、大きな勢力を持っているリオンヌ公爵家の力を削ぎたいと考えていた為、容赦するつもりは一切ないということなのだが・・
「ギャフンでざまあが済んだのですから、今度は真実の愛を掴みに行かないと!」
「真実の愛ですか?」
ミシェルは死んだことになってはいるものの、クレルモン王国の国王が溺愛する姪なのだ。アストゥリアス王国に亡命という形で入国し、アンドレス・マルティネス卿の庇護を受ける。そうして守られている間に、愛しいあの人との愛を深めていくのよ!
隣国の王都オビエドにあるアストゥリアスの王宮へと移動をしたミシェルは、旅の旅装も解かないままに愛する人の腕の中へと飛び込んだ。すぐに部屋の外に追い出されることになったものの、愛する人が照れているだけだと彼女は思い込んでいるのだった。
ここまでお読み頂きありがとうございます!
モチベーションの維持にも繋がります。
もし宜しければ
☆☆☆☆☆ いいね 感想 ブックマーク登録
よろしくお願いします!
 




