第二話 どうしようかな
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学院を卒業後に結婚することになったミシェルは、平民の愛人の元へ行ったまま帰って来もしない夫に嫌気が差した。司教たちが騒ぎさえしなければ、無事に婚約は相手の有責で破棄となったのだ。そうすれば伯父に頼んで、隣国の英雄、アンドレス・マルティネスとの縁組を進めてもらおうと考えていたというのに、
「何が神の御前で誓約した婚約ゆえに婚約破棄は神に唾するようなものよ!結局、自分たちの都合が良いようにしたいだけで、私たち女性側の意思なんかまるで無視しているだけのことじゃない!」
枕に顔を押し付けてワーッと泣き出したミシェルに、公爵家の使用人たちは見守ることしか出来ない。
息子に甘すぎるリオンヌ公爵家の人々は、愛人の家に入り浸っている息子を叱りつけてはいたようだけれど、甘すぎるが故に、それを許してしまっているようなところがあるのだ。
親が元気なうちは息子には自由を満喫して欲しい。今は平民女に夢中となっていたとしても、それはいっ時のことでしかないだろう。嫁いできたミシェルには何不自由なく過ごして貰うこととして、離婚だけは絶対に出来ないようにするために教会に多額の寄付金を投じている。
ミシェルはクレルモン国王の姪であり、ミシェルのことを王太后は目に入れても痛くないほど可愛がっているのは有名な話である。それほど寵愛を受けているミシェルが離婚となれば、公爵家を根底から覆すほどの大きな問題になるのは間違いない事実でもある。
「夫が自由を満喫すると言うのなら、私も自由を満喫しても宜しいですわよね?」
そう言い出したミシェルは、公爵家に関わることの一切を放棄して、卒業した学院でマナーを教える教師のアシスタントとして働き始めたのだが、
「次期公爵夫人が労働して賃金を得るというのははしたない行為でもあるのだが、息子があの状態なのだから仕方がない。外で愛人を作らなければそれで良いと考えよう」
という判断を、リオンヌ公爵は下すことにしたのだった。
ミシェルが学院に戻ったのは、婚約破棄を無事に成立させてクレルモン王国に留学生としてやって来た、カルネッタ・バシュタール公爵令嬢と話をしたかったからなのだが・・
「そうですか、クレルモン王国ではムサ・イル派の力が強すぎて、婚約や婚姻を破棄または解消することができないのですか・・」
自分よりも五歳も年下である隣国の公爵令嬢は、悪巧みをするような笑みを浮かべながら、ミシェルの相談に乗ってくれたのだ。
「公爵家にギャフンでざまあをするのは、この方法が一番良いと思いますし、国王陛下の承諾が得られるのであれば、確実にうまくいくと思うのですけどね」
過激で際どい作戦を立案したカルネッタ嬢は、
「宗教については、本当に難しいのですよね〜」
と、眉を顰めながら言い出した。
「皆様、司教様に逆らったら楽園に行けないことになると思い込んでいるではないですか?死後に楽園に行けなくなる恐怖を考えれば、何だってしてやると思うのが一般的な考えです。それを司教様たちも十分にご存じだからこそ、王家にも口出し出来るほど傲慢になっているのです。ミシェル様の婚姻への口出しなど、司教たちにとっては格好のパフォーマンスとなったでしょうしね」
ミシェルの婚約破棄を阻止したのは、これほどまでに教会には神の代理としての権限があるのだぞと主張する絶好の機会となったことだろう。
「初夜でのお前を愛さないぞ宣言も素晴らしいですし、その後、平民の愛人のところへ行ったきりというのも、それを放置している公爵家も素晴らしい。全てがミシェル様を後押ししているような展開ですけど、これにムサ・イル派を絡めるというと〜、そうですね、ミシェル様自身がアイデアを出すことにも大きな意味があるのですから、敵を根底から覆すほどの報復処置はどうしたら出来るのか、その作戦を考え実行するのもまた素晴らしいことだと思いますわ!」
まだ初等部を卒業したばかりの隣国の公爵令嬢は、宗教についてはミシェルに丸投げして来たのだが、そもそものところ自分に関わる問題なのだ。
学院から戻ったミシェルは、嫁ぎ先であるリオンヌ公爵邸の図書室で、何か良いアイデアはないかと思案を巡らせる日々を送ることになったのだけれど・・
「まあ・・預言者イルの福音書・・しかもこれ、原書に近いものではないかしら・・」
公爵が所蔵する秘蔵の書籍の中で、とても古い、羊皮紙で出来た一冊の本を取り上げたミシェルは、そこに無名の使徒からの手紙が挟まっていることに気がついた。
当時の公爵に当てた手紙であり、ルス教の現状を嘆く内容が記されていたのだが、
「これ・・ムサ・イル派をひっくり返すのに使えるんじゃないかしら・・・」
預言者イルの福音書は、人々の救済を求める自由と愛と平和を求める内容であり、戒律の厳しい『ムサ・イル』とは天と地ほども違う内容だ。
光の神から祝福を得た預言者は三人いる、ルカ・ムサ・イルの三人ということになるのだけれど、ムサとイルは、神の意志を人々に知らしめ導くと言った意味で、同じように戒律が厳しく同列であるとしてムサ・イル派が出来たのだが、イルの福音書では戒律など一つも述べられていやしない。
これを使って『ムサ・イル派』に一矢報いることは出来ないかしら?そう考えたミシェルは即座に公爵邸へ中等部に通うカルネッタを招き入れることにしたのだが、
「まあ!これが問題の福音書ですのね!ですが・・手紙も一緒でボロボロですわね!」
カルネッタは、ボロボロの本を見て何とも言えない笑みを浮かべた。
「私の友人に古書を再生させる技術に長けた魔法を持つ方がいらっしゃるの。その方にお願いしたら、もう少しマシな状態になると思うのですけど」
「その方は手紙の偽造も出来るかしら?」
手紙を書いた使徒は無名の人だったけれど、ルス教が為政者の好むように曲げられていく現状を憂いる内容を記しているのだった。
これを有名な使徒が書いたものと偽造して、イルの福音書を自分たちの都合の良いように捏造したのだとムサ・イル派を糾弾出来たなら、世界をひっくり返すことも出来るのかもしれない。
「元々ある手紙に手を加えるか、もしくは全く新しい手紙を枯渇させて偽造させるか、ちょっと考えただけでも面白いですわ!」
今現在、何処の国でも『ムサ・イル』派の横暴に手を焼いているような状況なのだ。彼らの宗派が主流となって半世紀ほどになるけれど、婚約、婚姻に口出しをしてくる司教たちとは手を切りたいと、クレルモン王国が強く願っているのもまた事実。
今のまま、原書に近いイルの福音書を発表したとしても、敵へのダメージはそれほど大きな物にはならないだろうとミシェルは考えていた。
敵にダメージを与えるためには、挟まれていた手紙を利用して、ムサ・イルがいかに教えを捻じ曲げてきたか、それを指し示す証拠のようなものでなければならない。
「出来るか出来ないか分からないので、直接その本を持って行って問い合わせることが出来れば良いのですけど・・」
「公爵には、あまりにも貴重な品だから国王陛下のところへ見せに行きたいと言って、ここから持ち出そうと考えているの。問題は誰がアストゥリアスへ持って行くかなのだけれど」
「それでは、私が持って行って話をつけて来ましょうか?」
カルネッタは隣国にあるバシュタール公爵家の娘である。ムサ・イル派については色々と思うところがあるらしい。
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