第二十七話 ペネロペの走馬灯
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「ペネロペ嬢、貴女のことを婚約者として大事に致します」
婚約者としての顔合わせの場で、四歳年上のフェレはそう言ってペネロペを安心させるように笑みを浮かべたのだった。鉱山開発を進めるアルボラン伯爵家と共同開発することとなった時に、双方の思惑で縁組されたこの婚約は、ペネロペが十三歳、フェレが十七歳の時に結ばれた。
王宮の官吏として働くことを目指していたフェレは王立学園の生徒として財務や経理について学んでいた為、学園の卒業パーティーではペネロペもパートナーとして参加した。
その時のフェレは真面目にペネロペと向き合ってくれたし、卒業パーティーでも年下のペネロペを常に気遣い、婚約者であるペネロペを尊重してくれた。そんなフェレの態度が変わったのは、学園を卒業して王宮に勤め出した後のこと。
「働いたこともない君には分からないことかもしれないけれど」
という言葉がいつでも枕詞に来るフェレとの会話を通じて、いつしかペネロペは、自分の婚約者の前で萎縮するようになってしまったのだった。
グロリア先輩の助言から嘘を見破れるようになったペネロペは、欺瞞に満ちたフェレの会話に気が付くこととなり、結果、彼の有責で婚約を破棄することになったのだけれど、
「世の中には碌な奴がいない!特にイケメン!顔が良い奴は女で苦労したことがないから!碌な奴がいないのよ!」
というこの世の真理を悟ることになったのだ。
そう、イケメンには碌な奴は居ない。
目の前で杖の先をペネロペの額に押し付ける、黒髪、黒眼の魔法使いも、顔立ちはかなり整っているように見えるのだ。
やっぱりイケメンには碌な奴が居ないのだ。
その碌でもない奴筆頭と言えば、アンドレス・マルティネス、天才彫刻家が作り上げたかのような容姿の男、宰相補佐として働く男、絶対に許せない。
奴はアルフォンソ王子がロザリア姫を誘拐に来るかもしれないということで、ロザリア姫が離宮に居ると偽装するために、ペネロペをあえて囮として使ったのだ。
自分の配下の者を離宮に揃えたから何の問題もない?大丈夫だ?だったら今のこの状況はなんなんだ!サラマンカの魔法使いの所為で死にそうになっているんだけど!
呪術刻印入りの指輪があるから大丈夫?盗難防止のために絶対に外れないようになっている?ふざけるなよ!値段は鬼のように高かったかもしれないけれど、肝心な時には使えない、盗難防止のために絶対に外れないようになっているのに、緊急時に簡単に外れるってどういうことなんだ!
「今こそ金貨百枚を貰うべきだ・・」
血を吐き出したペネロペは、前屈みとなって倒れ込みなりながら、目の前の魔法使いの足首を片手で掴んだ。
「うわあああああああ!」
ペネロペに足首を掴まれた魔法使いは、驚きの声を上げながら尻餅をつく。僅かな水魔法を使用して男のアキレス腱の水分をカラカラに干上がらせた為、男は立っていられなくなったのだ。
「死なば諸共って知っていますか?」
「はあああ?」
「今、貴方の血液の水分を吸い取って塊を作って、血管の中に飛ばしました」
「なんだって?」
「人の体の中には無数の血管が張り巡らされているのですが、その血管を血の塊が流れて行くと、いずれは何処かで詰まります」
「怖い!怖い!怖い!なんなんだこの女!マジで怖いんだけど!」
「頭に飛びますかね?それとも心臓ですかね?足でもいいんですよ?血管を詰まらせた場所から腐っていくので、これからどんな障害が出てくるのか、それは後でのお楽しみっていうのがいいですよね」
「ちょっと待って!ロザリア姫の行方を吐き出すだけで良いっていうのに、こっちへの報復措置がエグすぎる!しかも、人が言っている言葉に『はい、嘘です』とか言い出すし!もういいよ!殺してくれ!こんな女、今すぐ殺しちゃってくれよ!」
ペネロペに眼球を攻撃されたアルフォンソ王子も、もう一人の男も、激痛に身悶えしながら床に転がり続けている。
異常事態なのは間違いない事実のため、ペネロペと魔法使いの男を取り囲んでいた男たちが警戒しながら剣や幅広のナイフを引き抜いた。
「今すぐに、ロザリア姫の居場所を言うのなら、助命嘆願をしてやっても良いのだが?」
魔法使いはそう言いながら、掴まれていない方の足でペネロペの頭を蹴り付けて彼女の手を外れさせると、ペネロペは、銀色に光る鋭利なまでの輝きを見上げて叫んだ。
「誰が姫様の居所を言うものか!」
ペネロペの叫びと同時に、離宮の天井が崩れ去る。瓦礫に頭を打ちつけたペネロペは、そのままその場で失神してしまったのだった。
◇◇◇
離宮からの救援信号を受けたことから、近衛部隊と共に移動したアンドレスは、離宮の一階が炎をあげて燃えていることに気が付いた。
離宮の周囲には強力な結界が施されている為に中に入ることが出来ない。魔法無効化、侵入者阻止、籠の中の鳥を外に出さない極限結界は強力なもので、魔法師団長が結界解除に乗り出しているが、時は一刻を争う状態となっている。
アンドレスの右手薬指に嵌められたペネロペと対の指輪がぴくりとも反応しないのは、ペネロペが安全な場所に逃げたからなのか、それとも、魔法無効化によって呪術刻印が使用出来ない状態となっているからなのか。
結界の外から眺めることしか出来ず、ペネロペの安否を案じながらアンドレスが足踏みをしていると、右手の指輪が起動する。
中央の魔石が魔法陣を起動するのは、対の指輪の使用者が瀕死の状態になったことを指し示す。即座に魔法陣に力を込めてアンドレスが目を瞑ると、彼の姿は一瞬で離宮の屋根の上へと移動をした。
迷っている時間は一瞬たりとも存在しないと判断したアンドレスは、腰に差した剣を引き抜き、屋根を貫いて破壊する。
屋根に出来た大穴から落下したアンドレスは、床に倒れるペネロペの体を跨ぐようにして降り立つと、剣を一閃させて周囲をあっという間に凍結させた。
魔法は周囲に満ちる魔素を取り込む形で使うことになるのだが、外圧による魔法無効化の魔法陣が動いているような状況では外からの魔力を利用することが出来ない。そのため、体内にある生命力を削り取るような形で魔法を起動させたのだが、ペネロペに斬りかかろうとして男たちはあっという間に氷の柱と化して動きを止める。
「今ので寿命五年は縮んだんじゃないの?」
口笛と共にそんなことを言い出したのは魔法使いのローブを身に纏った男で、這いつくばるようにしながら、床に転がるアルフォンソ王子の腕を掴もうとする。
剣で自分の腕を切りつけたアンドレスは、自分の血液を氷の弾丸にして発射させる。その氷の弾丸に腕を貫かれながら、男はさもおかしそうに笑い出した。
「そういえば君ら、婚約者同士だったっけ?自分の血液を使いながら戦うところがまるで一緒というのが似た者同士ってことになるとは思うんだけど、マジでウケる!」
「それほど面白いのなら今すぐ死ね!」
アンドレスの剣戟から飛び退いた男は、
「君の攻撃でアルフォンソ王子、死んじゃうよ!それでもいいの?」
と、声を上げる。アルフォンソ王子は氷の柱に侵食されて、すでに仮死状態となっている。
「他国の王子など死んでもいい!」
「国際問題に発展しちゃうって〜!」
氷の柱を器用に避けながら魔法使いは言い出した。
「国際問題は良くないよ!ちょっと落ち着こう!」
そう言ってアルフォンソの体を掴むと、
「また今度、婚約者ちゃん共々ゆっくり遊んであげるから、それまで待っててねー!」
朗らかな声でそう言うと、転移の魔法を起動して、その場から消えて行ってしまったのだった。
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