第二十五話 それぞれの決断
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ラファの街から帰宅したシドニア公爵は、即座に王宮へ出仕する準備をした。
帰宅と共に王家に嫁いだイスベルが、ムサ・イルの戒律に従って処刑処分となったことを耳にしたからだ。
王の妃であるイスベルの不貞は、神に唾を吐くのも同じ所業であるとして、板の面と裏へ不貞した相手と共に括られて、生きたまま水の中へと沈められたらしい。
ラミレス王は女神の慈悲を求めて、王宮の敷地内にある神聖なる泉を刑を執行する場に決めたらしいのだが、集まった司教たちは楽器をかき鳴らし、声も高々に歌いながらふんぞりかえっていたという。
婚約破棄を認めるアストゥリアスの王家は、ムサ・イルの教えを蔑ろにしてきた過去がある。妃の処刑を実施することからも分かる通り、ようやく戒律に従う重要性を理解したということであるのだろう。
妃が非業の死を遂げたというのに、司教たちのあまりの態度に激怒した貴族たちは、ムサ・イル派とは袂を分ち、フィリカ派へ宗旨替えをするように王家に対して進言をしているのだという。
帝国が攻め込んで来るのを一丸となって迎え撃たなければならないという、今この時に、戒律がどうのと言い争っている場合では決してない。光の神の名の元に、蛮族どもを駆逐するには鋼のような結束力と膨大な資金が必要となってくるのだから。
火の神を信奉する帝国軍を退けるために、ルス教の信者たちで結成した神聖騎士団を国を超えて結集させようという話が出ているというのに、今、この時にムサ・イル派と決別をするようなことにでもなれば、他宗教をも受け入れるフィリカ派の台頭を許すことになってしまう。
「そんなことになってたまるか!」
熱心な信者であるシドニア公は、先触れも出さない状態で王宮を訪問することとなった。心得た様子の侍従たちは、即座に公爵を豪奢な家具が取り揃えられた応接室へと案内した。
公爵は侍女が用意した紅茶を飲みながら、頭の中を回転させていく。
第二王子ハビエルを次の王位に就けるようなことにでもなれば、帝国は喜んでアストゥリアス王国を踏み台として、アラゴン大陸を征服するために多くの兵士を送り込んでくることになるだろう。それを防ぐため、そして王国の権力を牛耳るためには、絶対にロザリア姫を女王に担ぎ上げなければならない。
不貞が理由でイスベルは殺されることになったが、最大のピンチはチャンスに通じると言うじゃないか!娘の死を利用して!公爵家に有利になるようにラミレス王を引き摺り回してやる!
ああ・・娘が殺されるのであれば、さっさとラミレス王を亡き者としておけば良かった。さっさとハビエルも殺せば、何の憂いもなかったのに・・
複雑な思考はやがて白い膜に覆われるようになり、そうしてぐらりぐらりと体を前後に動かし始めた公爵は言い出した。
「仕方がないから、王都オビエドに滞在しているアルフォンソ王子に至急連絡を入れて、ロザリア姫を渡してしまおう。ロザリアをボルゴーニャに保護させれば、新たなる王が必要となった時には輝く光となるだろう」
『アドルフォ殿下は輝く光とはならないの?』
「アドルフォは私の言うことに反発を繰り返す、女に現を抜かすバカ男など必要ない、病が脳まで回るように薬を早々に手配して、ああ、本当によかったことだ」
『その薬は誰から受け取ったのかな?』
「ルイス・サンズ司教から貰ったのさ。性病を利用しようと言い出したのもあの司教で、本当に神に仕える者とは到底思えぬ、悪辣司教というものさ」
『ルイス・サンズ司教の目的は?』
「アラゴン大陸をムサ・イル派で染め上げること。ムサ・イルが金の次に求めるのは武力であり、国を超えて兵力を集めたら神聖騎士団として、小さな国では到底逆らえぬ力を持とうとしているわけだ。次の枢機卿に立候補されているから張り切っているのだろうさ」
『ラミレス王をどうするつもりだ?』
「奴の側近はこちらで買収が済んでいる、数日中に毒で殺してやるとしよう」
『その側近の名は?』
「その者の名は・・・」
立ち上がったラミレス王は、アストゥリアスの花の成分を抽出した液体入りの紅茶を窓の外へと投げ捨てた。
引き続き、宰相が公爵に対して問いかけを続けているようだが、シドニア公爵家を潰すための脱税、賄賂、麻薬の密輸、人身売買などの証拠は全て取り揃えられている。
アストゥリアスの花の自白効果があるのは僅か五分。使用後は廃人となってしまうため非常に使い勝手が悪い代物であるのだが、今回は公爵の後に居る人間を知りたくて使用に踏み切ることにしたわけだ。
◇◇◇
「シドニア公が王宮から帰って来ない?」
アドルフォ王子は王都オビエドに侵入後、何度か宿泊する宿を替えている。今まで宿泊していた宿にアストゥリアス王国の兵士が急襲した。シドニア公が王宮に行ったままだというのなら、公爵がアドルフォ王子が王都に侵入したことを吐き出したということになるだろう。
「どうしますか?」
「お前ならどうする?」
「私の力があれば、二十人ほどを姫の離宮に転移させることも可能ですが?」
「問答無用で誘拐するか」
今、王都ではムサ・イルの戒律に従って正妃イスベルが愛人と共に悲惨な死を迎えたという噂が業火のように広がり続けているような状態だ。
妃の不貞が明るみになったということで、ロザリア姫は王の娘ではなく、妃の愛人の娘ではないかという噂も広がっている。王国内ではロザリア姫を女王へと押し上げようと言い出す人間が消えてしまっているような状態だ。
王の子ではなく、愛人の娘。利用価値はないと判断されたということだろうけれど、彼女は金の瞳を持っている。悲劇の姫をボルゴーニャへと脱出させて、帝国の血を持つハビエル王子が王位を継ぐことになった時に、姫の正当性を訴える。
直系であろうがなかろうか、王家の血を引いていることは間違いない事実。民衆が穢れた血を持つ王子ハビエルと、生粋のアストゥリアス人のロザリア、どちらを選ぶことになるかは考えるまでもない。
「よし、姫を連れてボルゴーニャへ移動しよう」
軍人肌のアルフォンソはやると言ったら、少々無理なことでもやり通してしまうのが彼の信条だ。すぐに部下を招集して、離宮の見取り図をテーブルの上に広げた。
ロザリア姫の誘拐は時間との勝負となるだろう。
離宮に勤める人間は見つけ次第、殺害。離宮全体に阻害魔法の結界をかけるようにアルフォンソは魔法使いのキリアンに命じた。
キリアンはボルゴーニャ王国の隣に位置する魔法王国サラマンカの特級魔法使いであり、今はボルゴーニャ王家に仕えている魔法使いである。戦うことが大好きで、これから帝国相手に戦争を繰り広げることになるボルゴーニャにあえて亡命した変わり者の魔法使い。
保有魔力量はサラマンカで一番とも言われており、20名を転移させるなど何の問題もない。本宮や奥宮への侵入は流石に何重にも結界が施されているので出来ないが、森にも近い、王宮の敷地内の一番外れに位置するロザリア姫の離宮であれば察知されることなく潜り込める自信が彼にはあった。
準備が済んだ20名を連れて離宮の近くの森の中へと転移をしたキリアンは、離宮の周囲に杭を打ちこんでいく。この杭を使って結界を築き、離宮の内部では魔法が使えないように消失魔法を書き込んでいく。
愛人の娘ではないかと言われていたとしても、ロザリア姫はアストゥリアス王国の姫。それなりには配備されている護衛の兵士たちの戦力を無効化するためには、魔法は使えないに越したことはないのだ。
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