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第二十話  なぜ妃は死んだのか?

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 板が沈んで行った後も、司教たちの歌や楽器の音色は泉の上を響き渡る。奏でる曲が神への許しと鎮魂を祈るものとなるため、戸板が沈んだ後も、日が傾くまで続けられることになるだろう。


 動くことを許されない貴族たちは泉の周囲に立ち続けて、妃のあまりに悲惨な死を前にして幾人もの淑女が気を失っても、その場から動くことは許されなかった。それは何故かというのなら、戒律で決められていることだからだ。


 板を泉に沈めるために腰まで水に浸かった兵士たちは、そのままの体勢で歌が終わるのを待ち続けることになる。二人を括り付けた板が沈み込んで、泡ひとつ浮かばなくなった時にはシンと静まり返っていた人々も、涙を流しながら泉を睨みつける国王の姿とその異様さを眺めるに従って、

「妃を沈めたのは国王の意思ではないのか?」

 という疑問の声が上がってくる。


「何でも司教たちが無理やり強行されたらしいですよ」

 誰かの声が小さく発せられた。

「ラミレス王はイスベル妃を愛していたのです。でなければ、何年もの不貞をそのまま見逃すことなどしないでしょう?」

「愛しているのに不貞を見逃すなんて?そんなことありますかね?」

「そりゃそうでしょう。不貞が明るみになれば掟に従って、板に括り付けた上で殺さなければならないですからね」


「何故、そんな残酷な処刑に我々が付き合わなければならないのだろうか?」

「ムサ・イル教は我々をも支配したいということでしょう。従わなければ分かっているよな?という感じで脅迫しているのではないですか?」


「脅迫?まさか?」

「じゃあ、何故彼らは平気な顔をして楽器をたて鳴らし、歌なんかを呑気に歌っているのです?」

「妃の鎮魂を祈ってじゃないのかね?」


「まさか!奴ら、これでアストゥリアス国王をも意のままに従えられると分かって、喜んで歌っているんですよ」

「なんだって?そんなの許せる話じゃない」

「信じられない!」


 泉を眺め続けてしばらくした後、国王は涙を流しながら言い出した。

「妃は何故、死ななければならなかったのだろうか?」

 王の言葉に、集まった貴族たちは生唾をごくりと飲み込んだ。


「妃は確かに不貞を犯し、女神の慈悲が与えられずに沈んだということは、私ではなく、ロドリゴを愛していたということになるのだろう」


 悲痛な王の声は湖面を轟くように渡っていく。


「だがしかし、私は妃に生きていて欲しかった。戒律さえ・・戒律さえなければ・・・」


 歌うのをやめたピエール・ニネ司教は、不快感を露わにして問いかける。

「何ですか?何か言いたいことでもあるのでしょうか?」

 一国の王への問いかけにしては、あまりにも不敬なその様子に、周囲の貴族たちの騒めきが大きくなる。


 ピエールの上司であるルイス・サンズ司教が国境にあるラファの聖堂まで出かけているため、急遽、今回の儀式に抜擢されたピエールは、ウキウキしながら沈んでいく妃の哀れな姿を眺めていたのだが、どうやら周りの貴族たちはそんな風には感じていないようだった。


 悪いことをしたのは間違いなく正妃イスベルとその愛人であるはずなのに、まるでピエールこそが悪の張本人とでもいうような眼差しを受けて、

「あああ!やはりアストゥリアス王国の貴族たちは、国王共々不信心者ばかりなのですな!」

 と、彼は居丈高に言い出した。


 ここでは自分が責任者なのだ。音楽隊も用意し、歌を歌うための司教たちを集めたピエールとしては、自分たちの正当性を主張し、神の名の下に不届者は処罰しなければならないと考えている。


「神への不敬は戒律でも認められておりませんぞ!神は絶対の存在!人は神に絶対服従しなければ楽園に行くことなど出来ないのですぞ!」


 すると、国王の後ろから出てきた宰相ガスパールが、蛇のような目でピエールを見つめながら言い出した。


「そのような言い方をするということは、司教様、貴方は神なのですか?」

 ガスパールは自分の眼鏡を指先で押し上げながら言い出した。


「あなた方宗教家は、私たちアストゥリアス人が気に食わない。気に食わないという理由で神の如き貴方たちは、私たちに罰を与えるということですか?」


 この場に居るのがルイス・サンズ司教であるのなら、対帝国戦を前に多くの国々が一致団結して帝国(火を信奉する宗教)を排除しなければならないという現状を鑑みて、

「我らは神に仕える至高の存在、神と同等に考えても良いとだけ、お教えしておきましょう」

 傲り高ぶった末に、そんなことを言い出しやしなかっただろう。


「なるほど!ならば結構!我らも我らで考えがある!」


 ガスパールはそう大見得を切ると、ラミレス王を連れて女神の泉を後にする。

 国王や宰相に従ってほとんどの貴族が移動していく中、

「まだ歌は終わっていないぞ!妃を鎮魂しなくて良いのか!」

 というピエール司教の叫び声だけが森の中にこだました。



 司教たちを残して全ての者が撤収を開始した頃、アンドレスはペネロペの手を引いて歩き出す。


 熱心な信者は泉のほとりに残り続けているように見えたけれど、大方の人間は司教の言葉に呆れ返り、泉に沈んだ妃への鎮魂の言葉を吐き出しながら移動をする。


 アンドレスの広い背中を見つめながらペネロペは木々の間を歩いて行くと、

「気分は?」

 と、アンドレスが問いかけてきた。


 目の前で妃が悲惨な死を迎えたのだから、ペネロペだって自分の胃がひっくり返りそうなほどの不快感を感じているのだが・・


「何で言ってくれなかったんですか?」

 妃を戒律に則って処刑するだなんて話は、宰相ガスパールとのお茶会でも話題に上がることはなかったのだ。


「言えば淑女たちは集まらないだろう?」


 女性であるほど熱心な信者になることが多いのだ。ムサ・イル派の横暴さを目の当たりにさせて、今の現状を理解させるために、この荒療治が必要だと考えたということなのだろうが・・


「ロザリア姫を血の疑いがあるということで、グロリア様が引き取るという話はそのままですよね?姫様は大丈夫なのですよね?」

 ペネロペの問いかけに、

「こんな時でも姫が心配なのだな」

 と、アンドレスが呆れたように言い出したのだった。


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