第十九話 ペネロペ、大ピンチ
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ペネロペがグロリアと共に宰相であるガスパール・ベドゥルナとお茶会をした五日後のことである。
アストゥリアスの王が住まう王宮はこんもりとした森に囲まれているのだが、北方の森は山まで繋がっていることから、秋の狩猟祭の会場としてもよく使われる場所でもある。
この森の中には底なしとも言われる深い泉があることでも有名で、善良な者がこの泉に物を落とすと、女神様が現れるという逸話が残されている場所でもある。
女神の泉の周囲には、今、多くの司教と貴族たちが、泉を取り囲むようにして集まっているのだった。
狩猟祭と同じように幾重にも天幕が張られ、立てられた王国の旗が風にたなびいている様は美しいほどだ。その旗の下には金管楽器と打楽器を持った人々が立ち並び、その前には司教たちが正装を身に纏った状態で二十人ほど立ち並んでいる。
狩猟祭であれば、獣を追い込んだり、人々を鼓舞するために打楽器が用意されることもあるのだが、天幕の前に並んでいるのは教会から派遣された音楽隊だ。ルス教では歌の中にも神の意思は宿っているとして、音楽と宗教は切っても切れない間柄となっているのだった。
「皆の者!突然の招集に良くぞ集まってくれた!」
豪華なマントを羽織ったラミレス王は、用意された演壇に立つと、泉を囲むように集まる貴族たちへ、労うような視線を向けた。
まるで狩猟祭の開催の挨拶でも始まりそうな雰囲気だけれども、初秋に行われた狩猟祭はすでに終わっており、秋から冬に移り変わっていく今の季節では身を切るように風が冷たい。女性も男性も毛皮のコートを羽織り、これから何が行われるか分からないままに王の姿を見上げている。
「我が国は国教としてルス教を信奉し、ムサ・イル派の戒律を重んじてきたのは皆も周知のことであると思う」
伯爵令嬢であるペネロペは、実は今日、何が行われるかを聞いてはいない。父と母もこの会場を訪れているはずなのだが、アンドレスの婚約者扱いであるペネロペは、演壇からもほどほどに近い場所で国王陛下の言葉を聞くこととなったのだが・・
「実は司教の方々から、我が国の現状を憂いる声が連日のように届いていたのだ。王宮の中で頻発して起こっている婚約破棄、婚約解消については皆も知るところであるとは思うのだが、婚約、婚姻は神の前でされる契約であり、神との契約を破棄することは冒涜であると言われていたのだ」
えーっと・・・もしかしてこれ・・ピンチなのでは・・
毛皮を着てアンドレスの隣に立っていたペネロペは、思わず隣に立つアンドレスの腕をギュッと掴んで動きを止めた。
「クレルモン王国も、ボルゴーニャ王国も、ムサ・イルの戒律に従って婚約、婚姻の解消は許されていないというのに、何故、我が国だけがそのような神に逆らう行為が許されるのかと問われ続けていたわけだ」
確かに、頻発する婚約解消、婚約破棄に対して、司教たちから抗議が届いている。怒った顔で睨みつけてくるペネロペを見下ろしたアンドレスは、彼女の冷たくなった手を自分の手で握りしめた。
「我が国だけがムサ・イルの戒律に従わない、神に背を向けている、そう言われ続けた私は、ムサ・イルの戒律に背くことなど出来ない。戒律に従って、ある女性に罰を与えなければならなくなってしまったのだ」
大ピンチとなったペネロペは、アンドレスの大きな体にピッタリとくっついた。ペネロペは数々の婚約を解消または破棄するように仕向けて壊した自覚がある。婚約クラッシャーの異名を付けられるほどであり、神に逆らった人間としてナンバーワンの地位を築くことになるだろう。
小判鮫習性があるペネロペは、王宮内ではそこそこに凶暴なお魚であるアンドレスにくっついて難を逃れようと考えたのだが、多分、恐らく、ダメかもしれない。
アンドレスの広い背中の後に隠れるようにしてピッタリとくっついたペネロペが、シクシク涙を流していると、
「ペネロペ、大丈夫だから」
そう言って、アンドレスが手をギュッと握るのと同時に、
「我が妃イスベルと、彼女の不貞の相手であるロドリゴ・エトゥラを前へ!」
と、国王は轟くような大きな声で後ろに居る宰相に命じたのだった。
後の天幕から出て来たのは、罪人が着るような粗末なワンピースを着た正妃イスベルと、ロザリアの専属侍女だったイバナの父親であるロドリゴであり、二人は両手を縄で縛られた状態で、引き立てられるようにして泉の前の方へと移動する。
「我が妃イスベルは、息子であるアドルフォ出産後から、恋人だったロドリゴ・エトゥラを奥宮を警護する任に着く近衛第二部隊長に引き上げた。自分の周囲の警護をさせるという名目で、何年もの間、閨に引き込んでいたことは紛れもない事実である!」
天幕からロドリゴの身長ほどもある板が運ばれて来て、二人は板の表と裏の方へと移動させられる。
「国王と妃の結婚は、光の神の前で行われる最も厳かな契約ということである。王族の結婚についての戒律で、妻は終生、夫のみに仕え続けなければならないとされている。神の最大の僕となる王を裏切ることあらば、それは神を裏切る行為とまた同じとし、不貞を行った相手を裏の板、不貞を行った妃を表の板へと縛りつけ、水に流し、神の裁きを受けさせるべしとムサ・イルの福音書、324節にも記されている」
えーっと、えーっと、つまりはどういうことなのでしょうか?
板に縛り付けられていく二人の姿を見ながら震え上がっていると、アンドレスはペネロペの耳元に囁くように言い出した。
「ムサ・イルは厳しい戒律を作り出しているのだが、婚約破棄したから、解消したから何かの罰を与える等とは記していない。だがしかし、国王の妻、重役の伴侶の裏切りについての処罰については福音書に記されているんだよ」
準備が整うと楽器が鳴らされ、司教たちの祈りの歌が始まった。
「戒律の通りに、妃とその相手には罰を与える。板には重しをつけて水に流すこととされているのだが、この女神の泉を利用するのは私に出来る最後の慈悲だ!」
「あなた!やめて!助けて!助けて!」
「戒律通りにしなければならないのだから仕方がない、イスベル!女神の慈悲があれば君は浮き上がってくることが出来るはず!その間男ではなく、真実、私を愛しているのであれば、君は女神の慈悲で助かるはずだ!」
戸板の面と裏に括り付けられた二人を何人もの兵士で担ぎ上げ、泉の中に引き摺り入れている間も、
「やめて!助けて!いやよ!いや!」
妃の悲鳴は尚も続いた。
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