第十七話 こうして歴史は動くんだ
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アンドレスは執務室で頭を抱えていた。
ペネロペ・バルデムを面白いと評価した彼は、自分の抱える厄介事に彼女を巻き込んでいくことにしたのだが、こんなことになるとは思いもしなかったのだ。
「実は、カルネッタ様が留学しているクレルモン王国で、表沙汰にはなっていないんですが、それは大きな事件が起こったんです」
小公子から婚約を破棄された後、中等部から隣国クレルモンの王立学院に留学することになったカルネッタ嬢からペネロペは話を聞くことになったらしい。
北に位置するアラゴン大陸と、アブデルカデル帝国が覇権を広げている南大陸との間にはアルボラン海峡が広がっている。海峡を挟んだ、南大陸と最も近い距離にある国がボルゴーニャ王国、そのボルゴーニャ王国の東に位置するのが魔法王国サラマンカとなっている。
留学生のエルの生家である子爵家があるサラマンカと北部を接するのが、カルネッタが留学先として選んだクレルモン王国。このクレルモン王国で、公爵家に嫁いだ令嬢が自殺をしてしまったというのだ。
クレルモン王国にあるリオンヌ公爵家の嫡男は、学院生時代に平民出身の生徒との恋に溺れることになったわけだ。一時はこの平民出身の生徒を貴族の養子として、公爵家嫡男との結婚を推し進めようとしたようなのだが、彼には幼い時に決められた婚約者が居たわけだ。
双方の希望によって婚約は解消する予定だったのだけれど、それに待ったをかけたのがにムサ・イル派教会。戒律に厳しいムサ・イル派では、神の前で契約を交わした婚約、婚姻を解消することは神を冒涜する行為だとして、無理やり二人を結婚させるようなことをしたわけだ。
貴族に政略結婚は当たり前。しかも令嬢の方は、クレルモン国王の姪である由緒正しい女性なのだ。さっさと平民とは別れて、貴族の役割を果たすべしなどとアンドレスは思うのだが、
「君を愛することなど出来ない!僕の愛は君の元にはないのだから、全てを諦めてくれ!」
と、公爵家嫡男は初夜の晩に新婦に宣言して、愛人として囲うことになった平民女の所へ、結婚した当日の夜から移動してしまったというわけだ。
新婚の花嫁はクレルモン国王の姪である。公爵家では大事に新妻を扱ったけれど、市井の人々はこの新妻を『真実の愛を邪魔する悪女』として罵った。公爵家の嫡男と平民生徒とのラブロマンスは、王立学院から外に流れ出て、市中ではまるで舞台で披露される物語のように語られることになったわけだ。
そうして結婚式の日以降、一度も顔を合わせていなかった新妻は自殺した。公爵邸の美しい庭園の樹木にロープをかけて首を括った姿を発見したのは使用人で、その後、その話はあっという間に広がって行ってしまったわけだ。
自殺した新妻は国王の姪である。当然、公爵家の嫡男と平民女は捕えられることとなったのだが、彼女が残した遺書にはこんなことが記されていたという。
自分は別れる準備が出来ていたのに、結局、婚約者と別れさせてくれなかったムサ・イル派を自分は激しく恨んでいる。どうか、自分のことを哀れと思うのであれば、女性への戒律が厳しいムサ・イル派をやめて、曽祖父の時代に信奉されたフィリカ派に帰依して欲しいと書かれていた。
「クレルモン王国としては、排他的で戒律が厳しいムサ・イル派からの宗旨替えは昔から進めていたことであり、令嬢の自殺は最後の後押しとなったのは間違いないそうなのです。クレルモン王国としては隣国のアストゥリアスも足並み揃えて一緒に宗派を替えませんか?みたいなお誘いなのですけれども」
ペネロペの言葉を聞いたアンドレスは唸り声をあげた。令嬢の伝手を使って持ってくる話にしては大きすぎる内容で、思わず不可解な笑いまで漏れ出てしまう始末。
「そりゃ、今までムサ・イル派の教義に慣れきった国民の意識を変えるのって難しいとは思うんですけど、大元である光の神教を信奉するのは変わらないし、預言者ルカが残した福音書の方が真実なんですよって広める仕込みも続けているわけですし、私としては、全然いけると思うんですけれども」
何が、私としては、全然いけると思うんですけれどもだ!
「あーー!」
頭を抱えたアンドレスが声をあげていると、ソファに座って報告書を読み上げていた宰相のガスパール・べドゥルナが、
「面白い!」
と、眼鏡を指先で押し上げながら言い出した。
「火の神を信じる帝国をムサ・イル派が絶対に許容出来ないというのは明確な事実であるし、他宗教を信奉する帝国の血が流れているからという理由で、ハビエル王子は司教たちの手によって非嫡出子扱いとされたのだ。そのムサ・イル派の司教たちを我が国から駆逐するという案はまさに求めていたものだと言えるだろう」
「宗教は難しいと閣下は前にも言っておりましたよね?」
アンドレスが問いかけると、ガスパールは不敵な笑みを浮かべながら言い出した。
「一国家では難しい話も、複数の国家がまとまれば話は変わってくることになる」
己の権力をより堅牢にするために、時の為政者は今まで宗教を大いに利用してきたわけだ。解釈次第でいくらでも都合の良いように捻じ曲げられる福音書を利用したムサ・イル派の司教たちの政治への介入が著しい。そのことに対して嫌気が差している統治者が多いこともまた事実。
「女性への戒律が厳しいムサ・イル派への怨嗟の声は素晴らしい。これを是非とも利用しようではないか」
蛇のように目を眇めるガスパールは言い出した。
「私もペネロペ嬢やグロリア嬢たちと話をしたい、早急に茶会でも何でも良いからセッティングしておくように」
上司のやる気と殺気が凄いことになっていることに気が付いて、
「ああ・・こうやって歴史が動いていくんだな〜」
と、現実逃避するようにアンドレスは呟いたのだった。
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