第十五話 ここで宗教?
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「閣下、これは『悪い嘘』ではなく、あくまでも『策略』『計略』のうちの一つでございますよ」
ペネロペはアンドレスにそう言い切ったけれど、彼女がそう思うことが出来るようになるまでに、紆余曲折が色々とあったのは間違いない事実でもある。
貴族の令嬢が結婚の箔付のために王宮に仕える侍女となることも多く、奥宮を統括する正妃イスベル妃の元には派閥に属する令嬢の親からの『お願い』が『賄賂』と共に送られてくることになるわけだ。
今まで家では傅かれて育って来た娘が、問題を起こさずに働けるようにご差配くださいということになるのだけれど、
「だったら、ロザリアの離宮を使えば良いということよね」
と、イスベル妃は思い至ることになったわけだ。
ロザリア姫が専属の侍女が入れ替わり立ち替わりで替わっていったと言う通り、姫の離宮は『王宮で侍女として働いた経験がある』という肩書を貰うための場所でしかなく、彼女たちの仕事へのモチベーションが低いのは当たり前のこと。離宮の侍女頭が隣国ボルゴーニャの間者に入れ替えられてからは、やりたい放題になっていたのは間違いない事実である。結果、専属侍女として仕えるイバナ・エトゥラの誘導の元、姫が所有される宝石が盗まれるという暴挙へと繋がっていったことになるわけだ。
これは正妃イスベルの監督責任を問われる事態にもなるため、正妃は盗まれた宝石は自分が直接下賜をしたものだと断言。娘のロザリアだけを悪者として、全てをうやむやにしようとしていることになる。
死罪は確定の罪をイスベル妃主導の元でなかったことにしようとするこの事態を、ペネロペ一人で何とか出来るわけがない。ペネロペはバルデム伯爵家の娘でしかなく、親が物凄い権力を持っている訳ではないのだ。
小判鮫思考のペネロペとしては、イスベル妃と言う王宮の凶暴なお魚に対抗するためには、まずは自分の親分でもある魔法学校の凶暴なお魚に相談することにした訳なのだが、
「あら!ペネロペ様!お久しぶりですね!」
隣国クレルモン王国の王立学院に留学していたはずのカルネッタ・バシュタール公爵令嬢(十三歳)が、笑顔で出迎えたのだった。
その日のグロリアの研究室には、カルネッタの他にサラマンカ王国の子爵家出身の留学生エルも居て、三人でお茶をしているところに、ペネロペが突撃訪問をする形となってしまったわけだ。
魔法学校を卒業後、院生となって空間魔法の研究を続けているグロリアの元には、問題を抱えた貴族令嬢がグロリアに相談しようと度々訪れることになるのだが、
「ペネロペ様、貴女もお悩み相談にいらっしゃったの?私も本当に大きな悩みを抱えていまして、到底一人では解決できそうに無いので、ここまでお知恵を拝借に来たのです」
どうやらお悩み相談のために、隣国から本国までカルネッタは舞い戻って来たらしい。
「ちなみに、カルネッタ様のお悩みとはどんなお悩みなのですか?」
グロリアとほぼ同時期に初等部の卒業パーティーで小公子から婚約破棄されたカルネッタは、現在、クレルモン王国の王弟パトリスと非常に仲が良いと聞いている。恋のお悩み相談のためにわざわざここまでやって来たのだろうか?
隣国の王弟と我が国の公爵令嬢との縁組に、何か問題が起こったということなのだろうか?二国間協議になりそうな案件だったら、とてもとても、ペネロペでは力になれそうにもないのだけれど。
「アラゴン大陸の西方地域ではルス教のムサ・イル派の教団が国教にも選ばれて、多くの国々がムサ・イル派の教義を支持していることになるのだけれど、対帝国戦を前にして、クレルモン王国ではムサ・イル派からフィリカ派に宗旨を替えようと考えているの」
「えーーっと」
一瞬、ペネロペの脳みそは宇宙を彷徨った。
王弟との恋愛話でも、公爵家と隣国の王家とのゴタゴタでもなく、宗教?
「アラゴン大陸では光の神を信奉するルス教が信仰されて来たけれど、ルス神から予言を授かったというムサ・イルの福音書の発見から、ムサ・イル派が広まることになったでしょう?」
光の神は、すべての人を(死後に)楽園へ連れていってくれるという、民の魂を救うという思想を持った宗教なのだが、ムサ・イルの福音書の発見によって、多くの(為政者によって都合の良い)解釈が生まれ出ることになったわけだ。
疫病が流行し、多くの国々が戦争を繰り返しているような世の中で、多くの民は楽園に憧れを抱いた。そんな民の思いが利用され、人は神に絶対服従しなければならない、楽園に行くためになら戒律に従わなければならないとして、ムサ・イル派は律法的側面を強度に示すようになったのだった。
「サラマンカ王国はすでにムサ・イルから離れてフィリカ派に宗旨替えをしているのよ。教会も元々支持していた聖霊教会に名前を変えて、光の神と聖霊を信奉する預言者ルカの福音書を支持しているの」
ルス教には二人の預言者が存在する。ムサ・イルは戒律を厳しくすることによって民を導こうとしているけれど、ルカは神の尊さを説き、世界を照らす至高の神は、例えよそ者であってもすべてを懐に収める。そんな思想から、他宗教をも受け入れるおおらかさのようなものを持っている。
「だから、サラマンカ出身のエルさんがここに居る訳ですか」
いつもなら、お茶を用意をして出ていってしまう留学生のエルが、このお茶会に残っている理由にようやっとペネロペが気が付くと、焦茶の髪の毛がモサモサとしていて目元まで隠れている、大型犬のような留学生がペネロペに問いかけて来たのだった。
「宗旨替えについては、一朝一夕で進められるような話でも無いでしょう。それで?ペネロペ嬢は随分と悩ましげな顔をしているようですが、婚約者となったアンドレス・マルティネス卿と喧嘩でもしたのですか?」
「ああー、その程度の悩みだったらよかったんですけどねー」
問題解決のために、自分が信用している人に対しては話しても良いと言われているペネロペは、離宮での宝石盗難から始まり、侍女(貴族令嬢)たちの罪を隠蔽するために、イスベル妃が動き出した諸々の事情を説明すると、ため息を吐き出しながら言い出した。
「ロザリア姫は、放置の上で、都合の良いように自分を悪者にする。更には、放置している上で傀儡の女王に仕立て上げようとする。そんな自分の母親に憎悪しかないような状態なのです。死刑をうやむやにしようとするイスベル妃を何とかしなくちゃいけないんですけど、姫様の心のケアも何とかしなくちゃいけなくて、どうしたら良いかと相談に来た次第で・・」
「自分の母親を憎んでいる・・本当に?」
エルが驚きの声を上げたため、ペネロペはため息を吐き出した。
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