番外編 15 楽をするのは許さない
ここでこのお話は終わりとなります、最後までお付き合い頂きありがとうございます!
実家となる男爵家へと戻るアイタナの姿をイグナシオが見送っていると、執務室から出てきたアンドレスがイグナシオの隣に立って、
「復讐を終えて嬉しそうだったか?」
と、問いかける。
「嬉しそうではありませんでしたが・・」
妹を残虐な方法で殺されたのだ。
「そんな簡単なものではないのでしょう」
と、イグナシオが答えると、
「イグナシオ、お前が妻であるアデライダの罪を被る形で爵位を返上し、平民身分となると言っていたが、陛下がそれを却下されたのだ」
と、至極あっさりとアンドレスは言い出した。
「は・・はああああ?」
「陛下はさっさと王位をハビエル殿下に渡して、ジブリール妃と共に帝国に渡ろうと考えていたのだが、この度、あえなく却下されたのでな、しばらく王様業を続けるらしい」
「それが僕と何の関係があるのですか?」
「陛下はな、楽をするのは許さないという心境に陥っているのだ」
「な?楽?」
全く意味がわからない。
貴族籍を剥奪されれば平民になるしかない。平民となったら貴族のように多くの人間に傅かれながら生活することも出来ず、全てを自分でやらなければならないわけだから酷く苦労することになるだろう。だというのに、楽?
「マルティネス侯爵家の領地を管理する重積と、平民身分として気楽に生きていくことが出来るが少々不便な生活と、どちらが辛くてどちらが大変かと言えば、細かく言わなくても分かるだろう?」
「な!ですが!侯爵家当主である兄上に後継となる子供も出来ましたし!僕はお役御免となるわけで!」
「平和な時代だったらそうなったかもしれないのだが・・」
ボルゴーニャ海軍を接収する形となったアストゥリアス王国は、これから隣国の海軍を取り込んだ形で編成をし直さなければならないのだ。
「帝国から自国を奪還すると息巻いている者も多いと聞いているので、私が総督として出張らなければならなくなっているようなんだ」
「え?ではペネロペ様はどうするのです?」
「バルデム領に新たに軍港を作ることになったので、ペネロペはバルデム侯爵領に連れていくことになる。実家で出産する形となるわけだ」
「うちで産んでくれても良いのに!」
「その前に、お前たちはお前たちで早く式を挙げろ」
「え?」
「エレハルデ子爵とはすでに手紙でのやり取りをしていて、お前の息子であるイラリオがお前が持つ伯爵位を継ぐ形として、お前とプリシラ嬢との間で子供が生まれたら、その子供を子爵家の後継とする。それで良いということになっている」
「えええ?」
「お前、プリシラ嬢に頬を張り飛ばされた時に、プリシラ嬢に惚れたんだろう?」
「はああ?」
「家令が言っていたぞ」
何故、家令がそんな余計なことまで言っているのか理解できない。
いや、そもそも、兄が侯爵家当主なので、説明責任が家令にはあったのか?
イグナシオが一人で混乱していると、アンドレスが申し訳なさそうに言い出した。
「そもそも私が悪かったのだ。結婚したくない、跡取りになりたくないと我儘を言って、イグナシオ、お前を私のわがままに付き合わせて済まなかった」
「いや・・あの・・その・・」
氷のように澄んだ兄の瞳を見上げたイグナシオは、小さく肩をすくめながら言い出した。
「僕も、貴族の政略結婚は当たり前だとは思っていたので、生家の力がある年頃の令嬢と結婚するのは当たり前だと思っていたんです。どれも女なんて同じようなものだと思っていた僕が浅はかでした」
「浅はかなのは私も同じだ」
ふっとアンドレスは笑うと言い出した。
「女など皆、同じようなものと思っていたが、案外、そんなこともないらしい。それに、どうやら私たち兄弟は、芯があって、時には苛烈なほどの行動力を示すような女が好みだったみたいだな」
「え?」
「普通、侯爵家の次男を子爵家の令嬢が引っ叩くことなど出来ないだろう?」
イグナシオは口をへの字に曲げて、不貞腐れたような表情を浮かべた。
「そうですね・・兄上の伴侶であるペネロペ嬢も、かなり苛烈なところがあるようですものね。パーティーの時の対応でもそうでしたし、あの年で、すでに海千山千越えてきたみたいな貫禄があるのも凄いと思います」
その貫禄は、アンドレスに巻き込まれて、巻き込まれて、巻き込まれ続けた末に得たものだと思うのだが、そんなことは知らないイグナシオがそう答えると、
「何を話していらっしゃるのですか?」
2階からゆっくりと階段を降りてきたペネロペとプリシラが声をかけてきた。
「そういう君は何をしていた?」
ペネロペをエスコートしようと手を差し出すアンドレスの問いかけに、
「立太子を祝うパーティーで着るドレスをどうしようかとプリシラ様とお話ししていたんですよ」
と、ペネロペが答える。
「新しくドレスを仕立てるにしても、どういったデザインが良いか、ドレスを見ながら検討していたのです」
「わ・・わ・・私のドレスなんて既製品で問題ないのですが〜!」
あわあわと慌てるプリシラを眺めたアンドレスは、
「君はこれから弟の妻となり、伯爵夫人となるのだから、ドレスは伯爵夫人に相応しいものを選びなさい」
と、優しく諭すように言うと、ポカンと口を開けたプリシラは、
「い・・い・・イグナシオ様は、平民になったのではないのですか?」
と、言い出した。
「イグナシオ様は平民になるのが夢で、イラリオ様と二人で平民になったら、私に養ってもらうのが夢だったのです!」
今度はポカンと口を開けるのは、アンドレスとペネロペの番だった。
「ですので、お二人を養うために、これから頑張ってエレハルデ子爵家を盛り立てて行かなければならないなと思っていたところだったのですが・・」
「弟にそんな壮大な夢があったとは知らなかったな・・」
イグナシオの方を振り返ったアンドレスは、ふふふっと吹き出すように笑うと、
「ヒモになるのが夢だったのか・・素晴らしい夢だな・・・」
そんなことを言い出した為、イグナシオの顔が真っ赤に染まり上がっていく。
するとペネロペがプリシラの肩に自分の手を置いて、ニコニコ笑いながら言い出した。
「ごめんなさい。プリシラ様を侯爵家で雇うのは難しいと言ったのは、イグナシオ様がプリシラ様と結婚したいと思っていることを知っていたからなのです。だけど、まさかプリシラ様に養ってもらおうと思っていたなんて知りませんでしたわ」
「養ってもらうつもりはありません!きちんと働くつもりでしたよ!」
「そうですわよね!男たるもの、きちんと働いて妻と子供を養っていかなければなりませんものね!」
ペネロペはプリシラの肩を優しく撫でながら言い出した。
「今現在、イグナシオ様は嘘を吐いてはおりません。きちんと働くつもりだったのは間違いないと思いますわ!ですが、未来がどうなるかは誰にも分かりませんもの。もしも、働かずにヒモになりそうになったらいつでもご相談ください!すぐにアンドレス様を向かわせますから!」
ヒモ状態に限らず、何か困ったことがあればすぐに相談するようにペネロペが言うと、ペネロペよりも三歳も年上のプリシラは、涙を流して喜んだのだった。
〈 完 〉
これでこのお話は終了となります。長い長いお話となりましたが、最後までお付き合い頂きありがとうございます!
このお話のあとがき的なものを活動報告に載せていますので、興味ある方は覗いていただけると嬉しいです!!
近々、殺人サスペンスものを書く予定ですので、そちらの方もお読み頂ければ幸いです!!
モチベーションの維持にも繋がります。
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