番外編 13 滅茶苦茶な人
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考えてみれば、イグナシオは滅茶苦茶な人だった。
まだイラリオが赤ちゃんの時に、高熱を発して危険な状態が続いた時に、
「息子をどうか助けてくれ!」
と、イグナシオはプリシラに縋り付いて来たのだが、次に出て来た言葉がこれだった。
「もう、子作りなんかしたくないんだ!」
その言葉を聞いたプリシラは、
「はああああ?」
激しい怒りで燃え上がったのだ。
思わずプリシラはイグナシオの頬を引っ叩くと、
「ご自分の良く分からない自己都合ではなく!まずはご自分の息子であるイラリオ様のことを一番最初に考えてくださいませ!」
思わず怒鳴り声をあげて、周囲の人々にドン引きされたのは忘れられない思い出だ。
子爵家の娘であるプリシラも、一応は貴族の端くれではあるので政略結婚の重要性についても理解しているつもりなのだが『これ以上、子作りしたくないから、生まれた子供はなんとか生かせ!』と言われて『分かりました!』と即答したいと思わない。
「赤ちゃんが高熱を発した場合、痙攣症状を起こすことが度々あるのです!痙攣症状が酷いと後遺症を残すこともあるため、細心の注意を払って今は解熱剤の調整をしているところなのです!くだらないことを言い出すくらいだったら邪魔でしかありません!部屋から出て行ってください!」
「なっ・・」
イグナシオは驚き固まった後、
「わかった・・とりあえず今は部屋を出て行こう」
と言って、すごすごとイラリオの部屋から出て行ったのだった。
マルティネス侯爵家の兄弟は優秀なことでも有名で、この二人が居るのであれば侯爵家は安泰だなどと公には言われているのだが、領主館で働くようになって、プリシラはそこまで優秀なのか疑問に思うようになっていた。
「もうやだ・・この仕事、辞めたい・・」
イグナシオが主導する形で、旱魃に備えるためのため池と水路を作る灌漑事業を始めているのだが、とにかく、色々と上手くいかないらしく、イグナシオは泣きながら離れ屋へとやってきては、まるでお人形に顔を埋めるようにして、赤ちゃんのイラリオのお腹に自分の顔を埋めているのだった。
戦場に向かう兄の代わりに昔から領地の運営に関わってきたイグナシオは、優秀、優秀、周りから物凄く優秀だと持て囃されているのだが、実は、大勢の人間を管理し、潤滑に仕事が回るように手配をしていくのが大嫌い。
「イラリオ、パパと一緒に平民になろう!」
実は侯爵家次男となるイグナシオの夢は平民になることだった。
「パパと一緒に平民になって、プリシラに養ってもらおう」
「無茶苦茶なことを言わないでくれますか?」
「だってプリシラは凄腕の薬師だから、僕とイラリオを養うくらい簡単でしょう?」
「本当に無茶苦茶なことを言いますよね」
イグナシオの夢は、息子と一緒にプリシラのヒモになることだった。
「だったら、アデライダ様に養って貰えば良いじゃないですか?」
アデライダはイグナシオの正式な妻なのだ、だったら今の妻に養って貰えば良いだろうと思うのだけれど、
「嫌だーー!その名前をここでは言わない約束だろー〜!」
と言い出すほど、イグナシオはアデライダが大嫌いだったのだ。
昨夜は戦争に勝利したことを祝うパーティーが王宮の大舞踏会場で行われていたと言っていたので、お昼近くになった今でもイグナシオは昨日と同じ姿のまま。着替えもせずにプリシラの元へとやって来たのだろう。
「プリシラ!僕とアデライダとの離婚は成立したんだ!」
「え?」
「ついでに平民になってきた!」
「はあ?」
ガゼボに用意された椅子に傷心のプリシラは目を真っ赤にして座っていたのだが、訳が分からないことを言い出したイグナシオを見上げて、思わず口をポッカリと開けたままで硬直した。
「アデライダが戦勝パーティーで何かをやらかすだろうとは思っていたんだが、皇帝相手に不敬に不敬を重ねて投獄をされた上に身分も剥奪されたんだ!」
「な・・なぜそんなことに?」
「ペネロペ様に喧嘩を売ったからだ!」
「え・・・」
亜麻色の髪に新緑の瞳の侯爵夫人、ペネロペは火傷で運ばれて来たプリシラを治療し、意気消沈し続けているプリシラを優しく見守り続けてくれる人だったのだが、
「え?ペネロペ様に喧嘩を売って?」
アデライダであれば、戦勝パーティーであらゆる手練手管を駆使してでも侯爵夫人となったペネロペを破滅に追いやろうとするだろう。
「それで、返り討ちにあってしまったのですか?」
それが本当の話だとするのなら、本当の本当に凄い!という感動と、怖っ!という恐怖心がプリシラの心の中でせめぎ合う。
「そうなんだよ!プリシラにも見せてあげたかったな〜!」
平民になりたい(今はなったと言っている)イグナシオは、椅子を引き寄せてプリシラの隣に座り、プリシラの手を両手で握りながら言い出した。
「離れ家で生活するプリシラのことは、領主館の人間全員で守っているつもりだったんだけど、今回、アデライダが君に火傷を負わされた時点でアデライダは殺してしまおうと考えたんだ」
「殺してしまうなんて・・」
なんて恐ろしいことを言い出すんだと思いながらプリシラはイグナシオを見つめると、イグナシオはブルートパーズの瞳を細め、心から楽しんでいる様子で言い出した。
「だけどさ、やっぱり殺しは良くないよね」
まだイグナシオ様にも良心はあったのかと、プリシラはほっとため息を吐き出した。
「イグナシオ様、私が火傷を負ったのは仕方がないことなのです。私はアデライダ様を差し置いて、イラリオ様の母親のような立場に居たのですから」
「いいや、プリシラは何も悪くない」
イグナシオはプリシラの手をぎゅっと握りながら言い出した。
「こんなに可愛いプリシラに火傷を負わすなんて、絶対に許せないことだよね?だから、死ぬよりも酷い目に遭ってもらった上で、大いに反省してもらえるように手配をすることにしたんだよ」
「え?」
「彼女を恨んでいる人間って山ほど居るから問題ないよ?それに僕は、彼女が嫁いで来てから、彼女が望むままに、彼女がストレスを感じないように、ひたすら好き勝手やれるように三年間、尽くして来た訳だからね?十分に役目は終えたし、あとは第二の人生を大いに楽しんで貰えればと思っているんだよ?」
その第二の人生ってどんな人生?と、考えそうになったものの、イグナシオがプリシラの手の甲にキスを落としたので、心臓が飛び上がったまま思考が停止した。
「僕はね、これでも相当に優秀だと思うし、今は平民になってしまったかもしれないけれど、跡取り娘となっている君の元へ婿入りしたらとっても重宝されると思うんだ」
「な!」
「マルティネス侯爵家の当主である兄の妻のお腹の中には子供も居るし、マルティネス侯爵家の後継者は兄の子供で問題ないというのなら、僕が侯爵家に縛られる理由って無いでしょう?」
「い・・イグナシオ様?」
瞳を見開いたプリシラは、ポロポロと涙を溢した。プリシラはイラリオから『ママ』と呼ばれるようになり、まめに顔をだすイグナシオと三人で過ごすようになっても、偽りの家族のようなこの関係が本物になることはないと諦め続けていたのだった。
一人娘であるプリシラはエレハルデ子爵家の跡取りであり、いずれは婿を取って家を守っていかなければならなくなる。三人の生活は幸せそのものだけれど、いつかは無くなる夢のような世界。いずれは諦めなくてはいけないと思っていたというのに・・
「私と、イラリオ様と、イグナシオ様で・・家族になれるの?」
「うん、本物の家族になるんだ」
イグナシオはプリシラを引き寄せると唇を軽く重ね合わせ、包み込むように抱きしめたのだった。
明日でこのお話は終わりとなります!最後までお付き合い頂ければ幸いです!!
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