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番外編 12  薬師プリシラ

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 子爵家の令嬢であるプリシラが、本格的に父の製薬事業を手伝い始めた頃、

「プリシラ、すまないがある患者の治療を君に任せたいと思うんだけど・・」

 と、父から相談を受けることになったのだ。


 まだ生まれて二ヶ月の赤子であり、気管支が弱いため高熱を出すことを繰り返す。乳母が与える母乳を飲む量も日に日に少なくなってきており、プリシラにも赤子の治療に加わって欲しいのだという。


「まあ!赤ちゃんでは薬の配薬が難しいもの!」

「そうなんだ・・大人なら問題なく対処出来る症状も、相手は子供、それも赤子となるとなかなか難しい」


 赤子相手に薬を投与するのなら、それこそ朝から晩まで、つきっきりで症状の変化を確認しなければならないところ、プリシラの父にはつきっきりで看病をするほどの時間はない。


「私が泊まりがけで赤ちゃんの面倒を看るということになりますけど、お相手様はそれを了承されているのでしょうか?」

「それは大丈夫、私の娘であり、うちで一番腕が良いと伝えてあるからね」

「それはお父様、言い過ぎだとは思いますけれど・・」


 プリシラはすぐさま、治療に向かう準備をしたのだが、まさかそのまま父がプリシラを領主館まで連れて行くとは思いもしない。


「マルティネス家の跡取りとなるかもしれない令息の情報が表に出ることがあってはいけないからね」


 赤子は本邸の最奥の部屋で寝かされていたのだが、

「お父様、この部屋では赤ちゃんは死んでしまいますわよ!」

 日の当たらないじめじめとした部屋に寝かされている赤子を見下ろして、プリシラは大きなため息を吐き出したのだった。


 赤ちゃんの症状が多くの人の目に触れるようなことがあってはならない。それが、この領主館の主人であるイグナシオの意思であった為、

「それでは日当たりの良い離れ屋へ赤ちゃんを移動して、埃も少ない清潔な環境で育てるように致しましょう」

 と、プリシラは言い出した。


 気管支炎の症状を持つ赤子にとって一番の毒となるのがダニの死骸、カビや埃となるため、豪華な家具や、いつの時代から使い続けているのかも分からない分厚いカーテンがある部屋よりも、いつでも掃除がしやすい簡素な部屋の方がちょうど良い。


 皮膚が赤くただれやすい赤ちゃんの肌を清めるのは、領主館の後ろに広がる森の湧水を温めて使い、赤ちゃんが乳を吸う力が少ない時には匙を使ってミルクを飲ませるようにした。


 本来なら粗末にも見える離れ屋に移動した時点で、母親となる夫人が文句を言って来そうなものなのだが、夫人が現れることは一度もなく、

「イラリオが助かるのなら、君が思う通りの全てのことをやってくれ」

 と、まめに顔をだすイグナシオの後押しもあって、プリシラは赤ちゃんの体質改善に全力を傾けるようになったのだった。


 屋敷に勤める人間も、赤子は少しのことで簡単に死ぬことを十分に知っていた為、祈るような思いでエレハルデ親子の治療を見守っていたし、ここで余計な口を挟まれては困るとあって、母であるアデライダは好きなように過ごすように仕向けることになったのだ。


 そうしてイラリオが一才となった頃、

「ママ・・まぁま」

 と、イラリオは離乳食を食べさせるプリシラをはじめてそう呼んだのだが、丁度その場に居たイグナシオが、

「ここに居る間は、君がイラリオのママなのだから、特に訂正する必要はない」

 と、無茶苦茶なことを言いだしたのだった。


 イラリオの乳母は、

「私たち貴族の乳母をしているような者は、お子様にそんな風に呼ばれることもあるんですよ」

 と、言うし、

「坊っちゃまの心が健康に育つためには、否定するのだけはやめてくださいませ」

 と、家令は言うし、

「子供にとって母親の存在は絶対だよ。奥様がイラリオ様に見向きもしないのだから、プリシラが奥様の代わりをするのは仕方がないことだよ」

 と、父は言う。


 そうして過ごすうちにイラリオは二歳となり、すっかりプリシラが自分のママなのだと思い込んでいる。だからこそ、時々招待される茶会でアデライダから罵倒されるのも、それこそ熱湯のお茶をかけられるのも、全ては仕方がないことだとプリシラは思い込んでいた。


 本当のママが居るというのに、イラリオにママと呼ばれて浅はかにも喜ぶ女。愛おしげに視線を送るイグナシオに胸を弾ませる罪深い女。


 例えこの火傷によって取り返しのつかないほどの症状が残ったとしても、それは罪深い私に下された罰であるため、甘んじて受けるつもりでいたのだが、

「プリシラさん、貴女の火傷はすっかりなくなってしまったわ」

 そう言って微笑む侯爵夫人であるペネロペを見上げて、プリシラはポロポロと大粒の涙を溢したのだった。


 胸元の火傷は酷いもので、イラリオは火がついたように泣き出すし、イグナシオの怒りも凄まじいものだった。普段は温厚で優しいイグナシオをあそこまで怒らせてしまったのは、自分がイグナシオの妻であるアデライダの怒りを買ったからに違いない。


 三人もの世話をする侍女を乗せた状態で馬車に乗せられたプリシラは追放処分となったのだろう。王都の本邸で奇跡とも言える治療をしてくれたのは、妻の暴挙が明るみになるのを恐れたから。


 イグナシオが守るべき家族はマルティネス侯爵家の人間であって、すでに嫁き遅れ状態となっているプリシラが入るわけもない。つくづく、イグナシオの妻であるアデライダが羨ましい。


 いくら羨んだところで、どうにかなるものではないけれど、もう二度とイラリオには会えないのだと思うと起き上がる気力すら湧いてこない。

「あなたは何も悪くないのよ、今はゆっくり休んで、そうして良い知らせを待てば良いのだと思いますわ」

「ペネロペ様・・」

 プリシラは大泣きしながら言い出した。

「ペネロペ様のお子様が生まれた時、色々と手が必要ですよね?私、薬師として腕は良いとは思いますので、私をこの家で雇ってはくれませんか?」


 領地に戻れば、イグナシオやアデライダと顔を合わせることになる。

 今のプリシラには、それは耐えられそうにないことだった。


「う・・うー〜ん・・」

 ペネロペは悩ましげに瞳を伏せると、

「アンドレス様が許していただけるのなら〜」

 と、言いながら、

「でも、きっと・・許さないと思うのよね〜」

 と、言い出した。


 わーっとプリシラは大泣きをした。確かに英雄とも呼ばれるマルティネス卿が、プリシラを薬師として迎えるとか、働くことを許すとか、そんなことをしてくれるとは思えない。


 客人として滞在しているプリシラが、今日も今日とて、べそべそ泣きながらガゼボに用意された紅茶が冷めていくままにしていると、

「プリシラ!」

 白金の髪の毛がクチャクチャになったままの正装姿のイグナシオが、突進するようにプリシラの方へと走って来たのだった。



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