番外編 4 相応しい立ち位置
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その日、生家から侯爵家の別邸へと戻ったアデライダは、トルソーに着せられた美しいドレスを眺めながら言い出した。
「ねえ、アイタナ、お父様の言っていることが全く理解出来なかったのだけど、どう思う?」
「旦那様の仰っていた言葉ですか?」
寝る支度をしていたアイタナは、小さく肩をすくめながら言い出した。
「新聞でも書かれていたことなので、あまり驚くことでもありませんでしたよ」
「でも・・でも・・アドルフォ殿下が呪いでお亡くなりになった為に、ラミレス王は次の王位をハビエル王子に継がせると宣言されるって言うのよ?ロザリア姫を女王に立てるっていう話は何処に行ってしまったのかしら?」
「奥様、私は新聞には目を通した方が良いと言いましたよね」
アイタナは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「どうやらロザリア姫はラミレス王の娘ではなく、正妃様と愛人との間に出来た娘であったそうなのです。ですので、王家の血を引かない姫が女王となれるわけがございません」
「だけど・・ハビエル王子ってジブリール妃の息子になるじゃない」
「ボルゴーニャのヤコフ王は、自身が持つ全ての権利をアブデルカデル帝国に売り払った上で魔法王国サラマンカに亡命されました。その為、ボルゴーニャ王国は消滅し、帝国の支配下となったのです」
「その帝国と仲良くするために、ハビエル王子を次の王に指名したわけよね?信じられない!そんなこと、司教たちが許すわけがないわ!」
「許さないと断じていた司教様たちが滅んでしまったのです」
大粒の涙をこぼす父の顔を思い浮かべたアデライダは、自分の唇を噛み締めた。
『もう、我が家はお前だけが頼りなのだ。十分に自分の立ち位置を把握した上で動きなさい。そうして出来るならば、アンドレス様の寵愛を授かりなさい。それしか我らには生き残る道はないのだから』
「お父様は私に公爵夫人になって欲しいのよ」
アデライダの頭の中では、マルティネス侯爵家は公爵家に陞爵しているのだ。そんなマルティネス公爵は現在、悪女に騙されている。
「私が領地に引きこもっている間に、大変なことになってしまったのね」
だとするのなら、イグナシオの妻であり、マルティネス侯爵家の女主人であるアデライダが、義理の兄となるアンドレスを悪女の魔の手から救わなければならないということになるのだろう。
軍人として活躍していた義兄アンドレスは頑なに結婚を拒否していたことから、アデライダは彼が男色ではないかと考えていた。男が好きということであれば、美しいアデライダに興味を持つことはないかもしれないけれど、彼が女性にも興味が持てると言うのなら、今度のパーティーでアデライダの虜とすれば良いのだから・・
「ねえ、私ならやれるわよね?」
「ええ、奥様ならやれますとも」
そう答えた侍女のアイタナはにこりと笑う。
ボルゴーニャとの戦争に勝利を収めることになったことを祝うパーティーは、アストゥリアスの王宮にある大舞踏会場で行われることになっている。王国内に居る全ての貴族の当主の参加が義務付けられており、この舞踏会の後には十日に渡って大小様々な会議が行われることも決定している。
大きな戦争の後では、国内の貴族の意思を統一するためにこのようなことは良く行われるのだが、それにしても、今回はパーティーの規模も、後に行われる会議の規模も大きい。
第一王子であったアドルフォ殿下が病で亡くなり、正妃の産んだロザリア王女は魔法王国サラマンカの王によってラミレス王の子ではないと宣言されている。
そのため、ロザリア王女は王宮から追放処分を受けたという噂が貴族の間で広まっていた。元々忘れられた王女と呼ばれるロザリアではあったのだが、ジブリール妃の息子であるハビエル王子が王になるのを阻止しようと企む、血統主義の貴族たちの旗頭でもあったのだ。
王女がラミレス王の娘ではないというのは嘘ではないのか?
ハビエル第二王子を無理やり王位に就けるためには、邪魔なロザリア王女を処分されることになったのでは?
様々な憶測が飛び交う中、多くの貴族たちが右往左往したのは言うまでもない。
今までアストゥリアス王国で巨大な権力を維持していたシドニア公爵家は没落して今はない、権勢を誇っていたイスベル妃も不貞を理由に処刑処分となっている。
イスベル妃の処刑は、生きたまま板の表と裏にはり付けられた状態で王宮の聖なる泉に沈めるもので、その壮絶な処刑の場に立ち会わざるを得なかった貴族たちの記憶にも新しい。
司教たちの無謀とも言える行いは何処まで続くのかと恐れている間に、枢機卿や司教たちが放った呪いによって第一王子であるアドルフォが死亡。その訃報に驚嘆している間に隣国との戦争が起こり、そうこうしている間にムサ・イル派が滅ぼされた。
そうして、ボルゴーニャ王国との戦いに勝利したアストゥリアス王国は、本来であればボルゴーニャを併合したはずだったのに、アストゥリアス王国軍が王都に侵入する前に、ボルゴーニャの王が全ての権利を帝国に売り払ってサラマンカに亡命。
結果、帝国は自軍の損耗なくボルゴーニャ王国を手に入れた。本来、ボルゴーニャ王国を手に入れるはずだったアストゥリアス王国は帝国に上手くしてやられたということになる。
王国内の貴族たちはこの不手際に怒りの声を最初挙げたのだが、ボルゴーニャ海軍の自国への吸収、それ以外にも帝国との通商においてアストゥリアス有利の条約が結ばれることになった為、貴族たちの怒りが困惑へと様変わりしていく。
貴族たちの根底にある思いはただひとつ、貴族として脈々と繋いできた家の存続に他ならない。あのムサ・イル派の司教たちが滅ぼされるような事態が起こっていることからも分かるとおり、一寸先は闇。自分たちに相応しい立ち位置の確保を怠れば、明日には破滅が訪れることになるだろう。
「戦勝パーティーまで日がないとは言っても、お茶会の一つくらいは開くことが出来るわよね?」
戦勝パーティーが行われる前日、マルティネス侯爵家の別邸で行われた茶会には、多くの貴婦人たちが訪れた。多くの貴婦人たちはアデライダに傅いた、まるで女王に対するように敬う姿を見て、
「やはり、私の思う通りに時代が動いているのよ」
と、アデライダは確信することになる。
集まった貴婦人たちが、すでに今の社交の主流からは外されている人々であり、家の存続の危機をひしひしと感じているのは間違いなく、政治の中心に居るアンドレスに何卒、慈悲を授かりたいという思いからアデライダの茶会に参加しているのだが、
「皆様、明日の戦勝パーティーが楽しみですわね!」
と言って、おほほほほほっと笑うアデライダを見て、頬を引き攣らせている貴婦人が何人も居ることに彼女はちっとも気が付いていないのだった。
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