番外編 3 幸運の女神
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マルティネス侯爵家は長い歴史を持つ家であり、王都には本邸の他に別邸もある。イグナシオ夫妻が社交の為に王都を訪れる時には、本邸を利用するのがいつものことであるのに、
「今回は別邸を利用することにするよ」
という夫の指示により、本邸ではなく別邸に移動することになったのだった。
「何で本邸は使えませんの?」
「兄が戻っているからだよ」
イグナシオは小さく肩をすくめながら言い出した。
「普段であれば、私たちが王都にいる間は、兄上は王宮に与えられた部屋を利用してくれるのだが、流石に今回のパーティーは兄上が主役だ。その主役が本邸から出発しないとあっては体裁が悪いことになるからね」
「私、お兄様が居ても構いませんのに」
「その兄が僕たちを気にするんだよ」
氷の英雄と呼ばれるアンドレスは生涯独身だと宣言するほどの変わり者、偏屈な気性なのは間違いないため、
「君も凍らされたくはないだろう?」
と言われれば、何も言えなくなってしまう。
そうして、別邸へと移動をしたアデライダは、専属侍女のアイタナから、
「奥様、お聞きになりました?」
と、言って王都で早速仕入れた情報をアデライダに囁いたのだった。
「奥様、奥様や旦那様が本邸を利用できないのは、アンドレス様が女を屋敷に連れ込んでいるからだそうですよ」
「は?女ですって?」
長い移動で疲れ果てていたアデライダは、思わずティーカップを落としそうになってしまう。
「アンドレス様が女を?」
アンドレスの女嫌いは有名過ぎて、巷では彼があれほど女性嫌いなのは男色の気があるからなどと言われている。
「あのアンドレス様が?」
「ええ、そうなんでございますよ」
侍女のアイタナはアデライダに向かって囁くように言い出した。
「何でも、とんでもない悪女だそうで、他人の幸せを妬んで、数々のカップルを破局に導いたそうなんでございます。何でも悪女な上に特殊な二つ名を持っているそうで」
悪女と聞いた時点で、アデライダの心臓は撥ね飛んでいる。
「どんな二つ名なの?」
アイタナは、勿体ぶるように何度も生唾を飲みながら言い出した。
「婚約クラッシャーと呼ばれているそうで」
「まあああ!一体なんなのそれ!凄すぎるわ!」
あまりに面白過ぎる二つ名に、アデライダははしゃいだ声を上げる。
「どれだけのカップルを破局に導いたの?面白過ぎるんだけど!」
「あまりに恨みを買い過ぎて、集まった三十人の男たちがその御令嬢に襲い掛かろうとしたそうで・・」
「三十人!」
あまりに多過ぎる人数に、アデライダは手先が微かに震え出す。
「そんな数の男たちの慰み者になってしまったの?」
凄い!凄過ぎるわ!面白過ぎる!私が王都に居ない間に、そんなことが起こるなんて!面白いショーを見逃したように悔しがるアデライダを見て、長年側で支え続けた侍女のアイタナは、思わずため息を吐き出した。
「いいえ、慰み者になる前に、アンドレス様が粛清されたのです。その話は王都ではとても有名な話なので、とにかくお嬢様にお知らせしなければと思ったのです」
「まああ、慰み者にならなかったのは残念ですけれど、そんな悪女が今、本邸を占拠しているというわけよね?」
「本邸に突撃されてはいけませんよ。品格を問われますので、イグナシオ様の妻として品行方正に過ごされなければなりません」
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「攻撃をするのなら、王宮で行われるパーティーが良いのでは?」
アイタナが言うには、戦勝記念パーティーに参加をする為に、ギリギリの日程で王都へとやって来たので、お茶会を開いてお友達から情報収集をするのは難しい。そのため、明日にも生家であるレンドイロ伯爵家を訪れて情報収集をして、悪女対策を練れば良いのでは。
レイドイロ伯爵家は王都に近い位置に(それほど広くない)領地を授かる中央貴族と呼ばれる家であり、領地から上がる収益以外に、貿易で儲けているような家となる。陸路での手広い販路を持つことでも有名で、アデライダが輿入れをした時には、飛ぶ鳥を落とすような勢いを持った家だった。
一年のほとんどを領地で引きこもり状態となるアデライダは久しぶりに生家へと顔を出すことになったのだが、以前の活気がないことにアデライダは気が付いた。
「どういうことかしら・・」
アデライダの疑問の声に、後ろに控える侍女のアイタナが訳知り顔で言い出した。
「旦那様はムサ・イル派の熱心な信者でしたし、司教様たちのお力で、販路を広げておりましたから」
「まあ!そうだったの!」
アイタナは元はレイドイロ伯爵家に勤めていた侍女となる。アデライダが輿入れするということで侯爵領まで付いてきたのだが、酢いも甘いも噛み分けたような熟年の侍女となる。
「この度、ムサ・イル派の枢機卿たちの悪事が公のものとなりました。旦那様としても正念場なのではないでしょうか?」
「まあ・・そうなの」
侍女のアイタナに正念場と言われても、アデライダにはちっともピンと来ない。レンドイロ伯爵家の権勢は相当なものであったし、媚を売る貴族はそれこそ山のようで、誰も彼もがアデライダの父と懇意になりたいと願っていたのだ。
新人と思われる侍女が淹れる紅茶に文句をつけて、茶器を床に叩きつけたり、飾られた花が気に入らないと文句を言いながら時を潰している間に、ようやっと執務に区切りをつけた様子の父が応接室へと現れた。
久しぶりに見る父は随分と小さくなったように見えたのだが、
「ああ・・アデライダ・・我々には幸運の女神アデライダが居たのだな」
と、大袈裟にも聞こえるようなことを言いながら、アデライダの手を握り締めたのだった。
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