番外編 2 私が一番のレディ
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侯爵家には特別な部屋がある。
「イシドロ、一体何をしているの?」
アデライダが声をかけると、白髪の家令は恭しく辞儀をしながら言い出した。
「生地の虫干しと、傷んだ生地の入れ替え作業にございます」
領主邸には当主夫人の部屋というものが幾つか存在するのだが、イシドロがメイドたちを入れているこの部屋もそのうちの一つとなる。
マルティネス侯爵家の直系の血を引く人間は、ブルートパーズの瞳を持つ。この瞳の色と同じように濃厚で、端正な深みのある青をマルティネスブルーと言って、侯爵夫人しか着ることが許されないとされている。この色合いを出すのはかなりの技術が必要となるため、購入する際には大量に購入するし、生地が傷まないように厳重に保管されることになる。
ただ、ここ数年で雨が降る日が多かったこともあり、傷んだ生地が出てきた為、その傷んだ生地を侯爵家当主が居る王都へ運び出していた。
特別な生地であるため、当主が直接確認をして破棄のサインをしないと捨てることも出来ない代物で、アデライダが喉から手が出るほど欲しい品の一つでもある。
「イシドロ、多少傷んだ生地でも良いから、利用してドレスを作ってみたいと思うのだけれど?」
私が傷んだものでも良いとまで譲歩しているのよ?もちろん、女主人である私の為に捧げるわよね?
家令のイシドロはにこりと笑って、
「イラリオ様がとても寂しがっておりましたよ、お顔を見に行ってみては如何でしょうか?」
と、言い出すのはいつものこと。イラリオはアデライダの産んだ息子で、今年三歳になるのだが、
「何故、私がイラリオの顔を見に行かなければならないの?」
アデライダは声を荒げた。
「私は王国方式でイラリオを育てようと考えているの。小さいうちは乳母が育てれば良いし、成長すれば教育の専門家が教えれば良い。そのようにお育ちになった陛下は賢王と呼ばれるほどの素晴らしい方なのよ?」
「ですが・・」
「私は田舎方式を取り入れるつもりはないの」
イラリオの話をそこで終わらすと、アデライダはイシドロの胸を指先で押しながら言い出した。
「私はイグナシオ様の妻で、マルティネス侯爵家を継ぐ予定のイラリオの母なのよ?その私がマルティネスブルーでドレスを作りたいと言っているの。その要求に応えるのが家令の役目ではなくて?」
「そのように言われてしまうのは困るのですが・・」
イシドロはにこりと笑って言い出した。
「近々、王都で戦勝パーティーが行われるとのこと。その時には当主であるアンドレス様とお顔を合わせる機会もあるでしょうし、当主であるアンドレス様に、マルティネスブルーを身に纏っても良いかどうかをお尋ねになるのが宜しいかと」
「戦勝パーティーって?」
「奥様もご存知の通り、我が国は隣国ボルゴーニャと開戦したのですが、この度、宰相ガスパール様と我が主人アンドレス様とで、見事にボルゴーニャ軍を打ち破ることに成功されたのです」
「アンドレス様は戦争に行ったのよね?では、怪我などはされていないのかしら?」
侯爵家の当主であるアンドレスが戦争で大怪我を負えば、当主として不適格だとしてイグナシオが侯爵の座に就くことになるだろう。期待を込めて問いかけるアデライダに、イシドロ小さく肩をすくめて応えた。
「怪我をされたという話はこちらの方までは回ってきていないので、ご無事だということではないのでしょうか?」
アデライダとしては死ぬか、大怪我をして欲しいのだから、無事であるのならお話にならない。
「戦を勝利に導いたのは間違いない事実ですので、国王陛下より褒賞を賜ることにはなるのではないでしょうか?」
それもいつものことなので、アデライダとしては何も嬉しいことはない。アンドレスには死ぬか、大怪我を負ってもらいたいと考えているからだ。
「もしかしたら陞爵もあるかもしれませんよ?」
「陞爵?」
「わかりませんけどね」
そう言って意味ありげな笑みを浮かべて戻っていくイシドロを見送ったアデライダは、
「陞爵したら次は公爵じゃない・・」
と、呟いた。
シドニア公爵家が没落し、王国の勢力のバランスは大きく変わり始めている。絶大な権力を維持した正妃イスベルは、不貞をムサ・イル派の司教たちに糾弾された末に処刑処分。側妃ジブリールは帝国出身であるがために王国での地盤を持たず、影に隠れて表に出てくることは絶対にない。
そのような状況で、マルティネス家が公爵位を陞爵すれば、アデライダは社交界のトップ、王国の一番のレディになる可能性もあるわけだ。
アデライダが公爵夫人になる為には、アンドレスを殺してイグナシオを当主に据えなければならないけれど、決してありえない未来とは言えない。
「イグナシオ様!お聞きになりました?マルティネス家が陞爵するかもしれないってイシドロが言っていたのだけれど!」
「そんな噂が流れているようだけど、あんまり本気にしてはいけないよ」
執務室に突然やって来た自分の妻を見上げたイグナシオは大きなため息を吐き出した。
「戦争での活躍もあるし、シドニア公爵が没落したことから、うちが繰り上がるんじゃないかと思われている様なのだが、おそらく公爵に陞爵するのならカサス家で間違いないと僕は思っている」
「まあ!カサス家ですか?」
王国の南に広大な領地を持つカサス侯爵家には、帝国貴族の血が流れているため、代々、髪の色が濃い子供が生まれ出る。南大陸の人間は蛮族であると差別する風潮にあるため、カサス家は蔑まれることも多い家だ。
「カサス家なんかが公爵に陞爵するわけがありませんわ!絶対にマルティネス家が陞爵しますわよ!」
そう言って、その場を後にしたアデライダはすぐさま宝石商を呼び付けることにした。公爵夫人に相応しい宝石を購入しようと考えたからだ。
「宝石を買ったらドレスも新調しないと駄目ね!」
戦勝記念パーティーが王宮で開かれることは決定しているため、アデライダは王都に向かう予定で居るのだが、
「未来の公爵夫人なのだから最高のドレスを用意しなくっちゃ!」
準備の段階でそんなことを言い出している。
アンドレスが死んだわけでもなく、イグナシオが侯爵の地位を継いだわけでもないのに、すでに社交界のトップに君臨しているような錯覚に陥っていたわけだ。
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