番外編 1 私が一番
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マリティネス侯爵の当主の座を継いだのは、氷の英雄とまで言われるアンドレス・マルティネス卿ということになるのだが、現在、宰相補佐を務める彼には領地にまで目を配る余裕がないため、こちらの方は弟のイグナシオが任される形となっている。
幼少期よりどんな女性をも虜とした美しい顔立ちのアンドレスは、自分が伴侶を持つことは想像も出来ないと断言し、爵位を引き継ぐことも拒否して軍人となったような男でもある。
そのため、彼の父や親族たちによる話し合いの場が設けられ、弟のイグナシオが侯爵家で保有する伯爵位を継ぐことで補佐にまわり、アンドレスが後継者を作ることがないのであれば、その時はイグナシオの子供を侯爵家の後継としようという話になったのだった。
普通であれば、兄が軍部に出た時点で後継者としての見込みはないと判断して、弟のイグナシオを侯爵家の後継として選ぶことになるのだろうが、アンドレスは飛び抜けるほどに優秀すぎたのだ。
例え彼が言う通り、生涯、伴侶を娶らないとしても、彼ほどマルティネス侯爵家を継ぐのに相応しい者はおらず、
「兄さんの補佐の役を担えるだけで、僕としては十分ですよ」
というのがイグナシオの意見でもあった。
実際、ラミレス王に引き抜かれる形となったアンドレスは、戦う場所を海から宮廷に移してからもその活躍は目を見張るもので、軍部あがりの宰相補佐は、ガスパール・べドゥルナに引き続いて二人目ということになった。
アンドレスが王宮の中枢に根を下ろしているからこそ、マルティネス侯爵家も安定した領地運営が出来るわけであって、お互いに活躍の場所を領地と王都に分けながら、バランスを取っていたということになる。
本来、次男のイグナシオは領地内で結婚相手を見つけることになっていたのだが、兄が結婚をしないと宣言するため、王国でも力のある家から嫁を選ぶことになったのだ。
兄が結婚しないということになるのなら、イグナシオの妻が社交を一手に任されることになる。寄子の娘よりも、力のある家の娘を選ばなければならないというわけで・・
「まあ!プリシラ様ったら!私と同じ色のドレスを着てくるなんて、一体どういうつもりなのかしら!」
エレハルデ子爵家の嫁き遅れ令嬢と呼ばれるプリシラは、イグナシオの妻、アデライダに紅茶を浴びせるようにかけられた。
「今日、私が着るドレスの色は事前に皆さんにお知らせしたはずですわよ!ですのに、貴女はそれを無視してその色のドレスを選んだのね!」
「と・・とんでもございません!」
真っ青になったプリシラはガタガタ震えながら言い出した。
「マリサ様がお知らせくださった、アデライダ様が着用になるドレスの色は若葉色でした!ですので、藤色にすれば問題ないだろうとご助言を頂いたので!」
「まあ!私の所為にするだなんて冗談じゃないわ!」
アデライダの隣に座るマリサは、驚き慌てるようにして言い出した。
「私は今日、アデライダ様が藤色のドレスを着てくると聞いたので、若葉色のドレスにしたら良いだろうと助言しましたのよ!」
口元を扇子で隠したマリサは、悲しむように声を振るわせながら言い出した。
「ご自分で聞き間違えた癖に、私の所為にするだなんて!」
すると周りの淑女たちが、プリシラを蔑むように見つめながら、
「自分の間違いをマリサ様の所為にするだなんて!」
嘲笑うように見ながら、
「本当に!信じられませんわね!」
見下すように言い出した。
今日のお茶会では熱めのお茶を用意するように侍女に命じていた為、紅茶を浴びた彼女の首元は火傷で赤くなり、藤色の可憐なドレスも紅茶に濡れて悲惨な状態となっている。
もう少し上を狙えば顔にかかったかしら・・そんな事を考えながらアデライダが見つめていると、
「私・・失礼致します・・」
と言って、プリシラは尻尾を巻くように逃げ出した。
「なあに?あの姿?」
「ドブネズミでももっとマシなのじゃないかしら?」
嘲り笑う声を聞きながら、アデライダの隣に座るマリサが小刻みに震えている。前回のお茶会まで、プリシラとマリサはお互いの身を守り合うようにして共に時間を過ごしていたのだ。
どうしてもお茶会となれば、身分の上下が明確に分かれるもので、男爵家の令嬢であるマリサは、嫁き遅れとはいえ子爵家の令嬢であるプリシラに守ってもらうことも多かった。
「あら、何か不満でも?」
アデライダが問いかけると、マリサは引き攣った笑みを浮かべながら、
「いいえ!不満なんてとんでもございません!」
と、慌てた様子で言い出した。
社交とは女の戦いの場であり、弱者は強者に首を垂れて付き従うものである。王都でその美しさを褒められてきたアデライダは、本来なら王都にある侯爵家のタウンハウスに居を移し、王都での社交にこそ活躍の場を見出すべき人なのだ。
それが、うだつが上がらない夫の所為で、領地で一年のほとんどを過ごすことになっている。これが彼女の不満の種となっていた。
「だったら良いのだけれど」
アデライダの横で小刻みに震え上がるマリサを見ながら、一人ほくそ笑む。アデライダは侯爵家の女主人であり、絶対的権力者の一人なのだ。だからこそ、女王のように振る舞うべきであるし、気に入らない者は叩き潰しても構わない。
寄子であるエレハルデ子爵家は薬を作り出すことに特化した家であり、エレハルデ家で一番の腕を持つと言われるプリシラは、下賤の身でありながら領主館に良く出入りをする。
女の出入りなど気に入らないアデライダは、プリシラの出入りを禁止するように夫のイグナシオにも言ったし、家令のイシドロにも言ったのだが、二人は決してアデライダの意見を聞き入れようとはしないのだ。
流行病が領内では時々起こるため、その対応をするためにもエレハルデ家との連携は必要なのだと言う。だったら当主を呼び出せば良いだろうとも言ったのだが、プリシラが、一番腕があるのだから、彼女を退けるわけにはいかないと断言する。
だからこそ、輿入れした日からアデライダはプリシラが気に食わない。それこそ、熱湯の紅茶を浴びせるほどには毛嫌いしているのだ。
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