第四十七話 ロザリア姫は諦めた
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「ペネロペに会いたい〜!」
自分の主張が今まで通ったことがないアストゥリアス王国の王女ロザリアは、ここでも自分の主張が通らずに、涙を瞳に溜めながら、
「みんな!みんな!私の言うことを聞いてくれない!私の言うことなんか聞かなくても良いって思っているのよ!」
そう言って地団駄を踏んでいると、ひょいとロザリアの体を抱き上げたアドルフォが、妹姫の顔を覗き込みながら言い出した。
「私もロザリアと同じように、誰も彼もが私の話など聞いてはくれなかったな」
王子は何処か遠い場所のことでも思い出しているような表情を浮かべながら言い出した。
「母上は私が立派な王になり、自分が偉大な国王の国母となれればそれで良いという人であったので、勉学や鍛錬などを押し付けるようにして与えることはあれども、私自身を見たことなどなかったかもしれない」
南大陸は乾燥をして雨があまり降らないと言われているのだが、豊富な地下水が蓄えられるように設計された皇宮には縦横無尽に水路が走っている。冬でもそれほど気温が下がらない土地柄だけに、夏になると酷暑となるため、部屋を冷やすという効果も狙って宮の中にまで水路は形成されているのだった。
だからこそ、みずみずしい花が庭園には咲き乱れているのだが、その美しい花々をぼんやりと眺めたアドルフォは、
「誰も彼もが、私を次の王となる人形のように思っていたのだろう」
と、呟いたその言葉の中に、虚無と孤独の影をロザリアは感じる取ることになった。
次の王として期待されるアドルフォには正妃イスベルが付きっきりとなって教育を施していた。正妃に溺愛される兄と常に比べられ蔑まれてきたロザリアは、そんな兄の表情を見ると、それほど楽しい生活を送っていた訳ではないのだなと察することになったわけだ。
「お兄様にとって、王宮の生活はどんなものでしたの?」
ロザリアの質問に、少し考えるような様子を見せた後、
「ただ、息を吸って吐き出す場所」
と、アドルフォは答えたのだった。
呪いの所為で髪も瞳も漆黒に染まってしまったものの、アドルフォの顔立ちは正妃イスベルによく似ている。母に溺愛されたと言われる兄が、王宮での生活は、ただ、息を吸って吐き出す場所だと言い出した時に、ロザリアは思わず吹き出して笑ってしまった。
「私と同じじゃないですか」
ロザリアにとっても、王宮での生活は、ただ、息を吸って吐き出すことしか出来ないような場所だった。気に掛けてくれるような人がたった一人も居ないような生活が、永遠に続くのかと思うような日々を過ごすことになったのだが。
「それでも、今はロザリアが居るからいい」
そう言ってロザリアに自分の頭を擦り付けてくる兄の姿を見て、兄も孤独の中で生きて来たのだなと思ったのだ。ロザリアがペネロペを見つけた時のように、今はアドルフォがロザリアに依存をしているのだろう。
「私たちは同腹の兄妹なのだ。だからこそ、この絆は決して外れるものではない」
「お兄様、私は結構わがままなのよ?決して外れることはないと言いながら、嫌になって放り出してしまうかもしれませんわよ?」
「放り出すわけがない」
アドルフォはロザリアに頭を擦り付けながら言い出した。
「もう、王宮に帰るのはやめよう。二人で一緒に王都から離れて別の場所に住んだ方が、王国は安定するに違いないのだから」
アストゥリアス王国の王位を帝国の姫であるジブリール妃の息子ハビエルが継承するには、正妃の子供であるアドルフォやロザリアは王都には近づかない方が良いだろう。ムサ・イル派が広めた選民思想は多くの貴族の思想に影響を与えている。
帝国の血を引く王子よりも正当な血を、などと馬鹿みたいなことを言い出す貴族が出て来ないようにする為には、自分たちは死んだことにするくらいのことはやった方が良いのかもしれない。
ロザリアがアドルフォに抱っこされたままの状態で庭園を散策していると、
「王子・・アドルフォ王子!」
と、ペネロペの父であるセブリアン・バルデムが声をかけて来たのだった。
「た・・た・・大変なことになりました!」
マリーとマルセロ兄妹を護衛として連れて来たセブリアンは、手を膝の上に置いてゼエハアと肩で息をしながら言い出した。
「北海に浮かぶサラティマ王国が、我が国というか、うちで産出される硝石を狙って大艦隊を出発させたようです!」
北西の大海に浮かぶサラティマ王国は、最近、海賊を取り込むことで海軍の戦力を増大させ、近隣の諸島群を軒並み征服していることでも有名なのだ。
「帝国にうちが火薬を卸しているのを嗅ぎつけて、それを略奪しようと考えているんだと思います」
後ろに控えるマルセロがそう言うと、
「アドルフォ様は、うちの男爵家に厄介になりたいと言っていましたよね?すぐにでも船で私たちは出発することになるのですが、後からうちの実家に来るか、今から一緒に来るか、どうされますか?」
と、侍女のマリーが言い出した。
「ロザリア、マリーの実家は武力でのし上がった家であるし、子沢山でロザリアが一緒に遊べるような子供が沢山いるらしいのだ。だから、一緒にマリーの実家に行こうと思っていたのだが」
「マリーの実家に行くついでに、殿下には一緒に戦ってもらえると有り難いんですけどね〜」
なりふり構わず、揉み手をしながらセブリアンが訴える。陸上での戦いであれば帝国の武器が有用であっても、海戦は未だに魔法使い同士の戦いが主流となっているのだ。光の王子であるアドルフォの戦力が欲しいのは言うまでもない。
「王国がボルゴーニャと戦争を始めたということを知って、火事場泥棒に入ろうとしているのね!」
聡明なロザリアは怒りを露わにして言い出した。
「お兄様!行ってやっつけてしまいなさい!」
「ロザリアも共に行くのなら」
「私?私も行くの?」
サラティマ王国との戦争だと言うのに、妹を同伴させることを希望するアドルフォは正気とは到底思えない。それでも、自分に頭を擦り付けてくる兄の漆黒の髪の毛を撫で続けてたロザリアは、覚悟を決めて言い出した。
「私は何も出来ないけれど、それでもいいの?」
「それでもいい」
「マリーはどうするの?」
「私はもちろん行きますよ」
「マリーの兄である俺ももちろん行くよ!」
セブリアンは祈るような気持ちで胸の前に両手を組みながらロザリアを見つめた。口髭の下にある口をもごもご言わせながら、何も言葉を発しやしなかったけれど、ロザリアが行くと言うのなら、絶対にアドルフォは戦力として北の海に赴くことになるだろう。
「それじゃあ、私も行く!」
ロザリアのその一言を聞いた時に、勝った!っとセブリアンは思った。
サラティマ王国が艦隊を出したという一報は流石にアンドレスの元まで届いたようで、引きこもっていたアンドレスはペネロペを連れて離宮から出てくることになったのだが、女性として開花した娘の姿を見たセブリアンは思わず膝をついたし、
「ペネロペ〜」
ペネロペに飛び付きたいロザリアは、思わず名前を呼んでしまったけれど、
「ロザリア、ペネロペ嬢は母上ではないのだよ」
というアドルフォの言葉を思い出して、その場に踏み止まったのだった。
ロザリアはペネロペの中に、今まで触れたこともない母を重ねて見ていたのかもしれない。ロザリアを助けてくれたのはペネロペで、いつでも確かな愛情を注いでくれたのもペネロペだったけれど、彼女には愛する人が出来たのだ。
これ以上、ロザリアがペネロペと共に居ることを望んだら、王都に戻ることになるアンドレスと離ればなれになる道を選ぶかもしれない。だからロザリアはペネロペとずっと一緒に居ることを諦めた。
「ペネロペ、また会おうね。絶対にまた会おうね」
それでもいつかは会えるかもしれない。だからさよならだけは言わなかったのだけれど、ロザリアは兄の腕の中で大泣きしてしまった。
「姫様、姫様には僕も居ますから」
すると、心配そうに見つめながら、ジョルディが励ますように言い出した。
グロリアの弟のジョルディはアンドレスやペネロペと共に王国を目指さず、共に北海へと向かうことになったのだが・・
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