第四十六話 ペネロペ、堕ちる
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「貴方は嘘をついています!」
この世の中には、嘘をつく男は山のように居る。親が決めた婚約者が居たとしても、それはそれ、これはこれ。自分が楽しく過ごしていくために、都合の良い嘘を吐きまくり、いつでも誰かを裏切り続けている。
自分が元婚約者のフェレに浮気を繰り返され、嘘を吐かれ続けて裏切られたことも関係があるかも知れないけれど、ペネロペは兎にも角にも嘘が大嫌いだった。
「生意気な女」
「何が嘘を見破るだ」
「いつかは痛い目を見るぞ」
ペネロペがきっかけとなって婚約を破棄または解消する淑女がやたらと増えていくのに比例して、ペネロペは山のような恨みを抱えることになったのだった。
婚約クラッシャーという異名まで付けられたペネロペには、新しい婚約者を見つけることは難しく、
「結婚を考えるのなら、他国で見つけても良いのだし」
そんなことをペネロペの父が言い出すくらい、ペネロペは結婚市場からはみ出した存在となっていた。
「皇帝!あなたは嘘をついている!あなたの嘘が私には見える!」
どうしようもない嘘を吐いていると、ペネロペはどうしても口出しせずにはいられない。人命がかかっているというのなら、尚更で、
「皇帝ラファ!あなたの愛する妻が死ぬわよ!今すぐ暴れるのをやめなさい!」
と、大声で叫んだペネロペは、後からそのことを思い出して、激しく後悔することになったのだ。
相手はアブデルカデル帝国の皇帝様であり、漆黒の膨大な魔力を使って黒龍にまで変化出来るほどの人物なのだ。不敬にも程がある。
「命が掛かっているのです、だからこそ、暴れたり、地面を揺らしたり、そういうことは絶対にやめてください!」
皇帝に命令するとか、何様なのか。緊急事態だったとしても、もっと言い方というものがあっただろうに。
皇帝が何を思ってあの場で黒龍に変化したのか、その理由はペネロペには分からないけれど、上空から見たペネロペは、全てが黒龍の戯言に違いないと判断した。黒龍にとっては遊びのようなものであったとしても、赤子を抱えた女性が自分の命を使って黒龍を止めようとしている。
だからこそ、茶番を止めさせるために大声をあげたのだが、ペネロペは激しく後悔していた。
「君は私の妻になってくれるか?」
アンドレスは確かにペネロペにそう問いかけたのだが、
「気の迷いだった、忘れてくれ」
ということを、本当の本当に言い出しそう。
何とかしたくて呪いに手を出したけれど、引きずられるまま自分まで死ぬところだったのだ。ロザリアが来てくれなかったら本当の本当に危なかった。
「ペネロペ〜」
と言って、ずんぐりむっくりの体型で普段は温厚な父だって激怒するだろう。
「ペネロペ、どんな時でも一旦、深呼吸をしてから考えなさい」
と、母から口が酸っぱくなるほど言われているというのに、ちっともうまくいかないのだ。カッとなって発言する癖を直したい、本当の本当に直したい。
「ああー・・起きたくない〜」
倒れたところを誰かがベッドまで運んでくれたのに違いない。着替えまで済ませてあるようで、ここでもまた何処かの誰かに迷惑をかけたことになる。
「ペネロペ?」
やたらと近くから声が掛かったのでペネロペが視線を動かすと、アンドレス・マルティネスの顔がすぐそこにあったのだ。やたらと整ったアンドレスの美しい顔を見上げたペネロペは、形の整った眉をヘニョリと下げながら言い出した。
「ごめんなさい」
「なんでごめんなさいなんだ?」
「色々とごめんなさい」
皇帝に怒鳴っちゃってごめんなさい。勝手に呪いに手を出してごめんなさい。解呪を手伝ってくれたアンドレス自身が、ペネロペに巻き込まれて死ぬかも知れないところだったのだ。
「確かに私を呼ぶのが遅すぎた」
アンドレスはイライラしながら言い出した。
「宰相閣下がな、君が私など捨てて、帝国の美しい男どもに夢中になっているのだろうと言い出したのだ」
「はい?」
「誘拐されたのだから、不埒な目に遭っているのではないかともあのクソ宰相は言っていたな」
「はああい?」
「私がどんな思いで君に呼ばれるのを待っていたのか、ちっとも分かっていないのだろう。私は胃に穴が空くのではないかと思うほどの気分を味わった」
胃腸に異変をきたすほどペネロペのことが心配だったアンドレスは、ペネロペに添い寝をするような形で付き添っていたのだが、部屋の中には二人以外は誰も居ない。あれからどれほどの時間が経ったのかは分からないけれど、先ほどまでの喧騒はこの部屋までは聞こえて来ない。
「バルデム卿は帝国にとって無くてはならない存在と言っても良いだろう。その娘であるペネロペに無体を働くことはないとは思っていたが、宰相に最悪の場面を想像させられた時には、宰相を殺そうかと本気で考えた」
ボルゴーニャ相手に戦争をしていたはずなのに、宰相様は一体何をやっていたのだろうか?妻の誕生日に合わせるために無理やり王都に帰ろうとしていたガスパールがわざとアンドレスを煽っていたなどとは知らないペネロペが首を傾げていると、アンドレスはペネロペの体を引き寄せて包み込むように抱きしめた。
「君を愛しているんだ」
アンドレスはペネロペの髪に自分の顔を埋めながら言い出した。
「だからもう、こんな無茶はやめてくれ」
アンドレスの胸に自分の額を押し付けたペネロペは涙をこぼした。
「嫌われたかと思ったの」
「うん?」
「私、またやっちゃったから」
「何を?」
「皇帝様に向かって、お前は嘘を吐いているって断言しちゃったわ」
数々の男に嘘を吐いていると断言をして反感や恨みを買ってきたペネロペは、今度こそアンドレスに見限られるだろうと思っていたのだ。愛していると言いながら、嫌になって放り出すのに違いない。
「ああ・・あれか」
アンドレスはくすくす笑いながら言い出した。
「ここに来てもそれを言うかとは思ったが、それで皇帝は暴挙をおやめになられたのだ。そもそも、ペネロペがあそこでそう言い出してくれねば、皇帝の番は間違いなく死んでいた。龍は番が死んだら何をするか分からない、それが自分の所為だったとしてもだ」
「呆れて嫌いにならないの?」
「ますます惚れた」
「嘘でしょう?」
「私は君に対して嘘はつかない」
そう断言したアンドレスは、確かにペネロペに対して今まで嘘は一つもついていない。事情があって黙っていることはあれども、自分の思う通りにするために、嘘を撒き散らすようなことは決してしない。そんなアンドレスに、遂にペネロペは堕ちた。
「私は君を愛している、おそらく君が思うよりも深く、深く、愛している」
「わ・・私も・・私もあなたを愛してる・・」
消え入りそうになるペネロペの声のその先を、蕩けるようなキスが塞いだのだった。アブドゥラ皇子に襲われそうになった時に、その先に進むのはアンドレスが良いとペネロペは願った。他の男に抱かれるくらいなら、死んだ方がましだとも思ったのだ。
アンドレスに初めてを捧げ、執拗な愛撫を受け続けたペネロペは、まさかそのまま蜜月を送ることになろうとは思いもしなかったのだが。
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