第四十四話 アンドレスの怒り
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アンドレスは氷の魔法を使う魔法使いであり、海に出れば負け知らずと言われる程の人物でもある。というのも、海洋での戦いとなれば周囲は全て海に囲まれている為、いくらでも海水を使って氷を作り出すことが出来るからだ。
対して、戦いの場を陸上に移すと、アンドレスの氷の威力は満足なほどには発揮されない。空中に浮遊する水分を凝結させて氷を作り出すため、雨の季節や雪の季節と言われる時期であればまだマシだという程度のもので、夏の季節や、そもそも空気が乾燥している南大陸に移動するとなると、魔力の発動がかなり難しいことになる。
ペネロペが指輪に刻まれた呪術刻印に魔力を注入したことにより、皇宮まで転移してくることになったアンドレスは、ペネロペが近くに居るだけで水が少ないことによる焦燥感のようなものを感じることなく、魔力を発動できるようになったのだ。
すこぶる調子が良い時にだけ発動出来る氷の天馬まで作り出し、ペネロペと共に大空へと舞い上がったアンドレスは、確かにその時だけは気分が高揚していたのだ。
巨大な魔力によって宮殿が破壊されようが、他国のことなのだから関係ない。父が心配だとペネロペが言うので、セブリアンを助けたら王国へ帰ろう。そう考えて、魔力の渦の方へと向かったというのに、肝心のセブリアンは転移魔法で何処かに行ってしまうし、白龍と黒龍が何故だか戦っているし。
ペネロペを誘拐したウィッサム第三皇子が居たため、こいつにだけは一発殴ってやらなければ気が済まないと思っていたのだが、とにかく黒龍が暴れ過ぎてそれどころの騒ぎではない。
赤子を抱いた女を心配したペネロペを一旦降ろして、アンドレスが黒龍を取り押さえに行くと、気がつけばペネロペが呪いを外そうと踠いている。
何故、見ず知らずの女の為にそんな危険なことをしているのか?黒龍の番?だからなんだ?知ったことか?本当の本当に、そんなものは放っておいて王国に帰りたい。
だけどペネロペは情が深いし、番を失った黒龍がどれほど悲しむかも理解しているため、相当な無理も承知で呪いを剥がすために魔力を流し始めている。
彼女一人では荷が重いにも程がある。だからこそ、アンドレスはペネロペの補助に入ったのだが、神の番人だとか言われる、ムサ・イル派が使役する暗殺者を殺し終えたばかりだったし、黒龍相手に魔力を使い過ぎた後だった。
ペネロペに会えた喜びで天馬を出したのは間違いだったのかもしれない、あの魔力があれば、ここまで呪いに手こずることは無かったかもしれないのに。
そもそも、呪いなんてものに対抗するのなら、神職を呼んでくるべきなのだ。フィリカ派の使徒ルーサーは解呪が得意だと有名なのだから、皇帝の力を使って今すぐ呼んでこい!オロオロしながら何も出来ずに泣くくらいなら、黒龍なんかに変身するな!
このままだと呪いに巻き込まれて死んでしまうぞ!そもそも、あの時、ボルゴーニャとの戦争に行かずに帝国に向かっていれば良かったー!
ペネロペを後ろから抱え込みながら、アンドレスがイライラしていると、
「ペネロペ!ペネロペ!お兄様も一緒だから大丈夫よ!」
と、突然、目の前に現れたロザリア姫が言い出した。
彼女はアドルフォ王子も連れて来たようで、慣れた様子で光の魔力を呪いの中に流し込んでいく。幾千にもわかれた呪いの核も、アドルフォ王子の巨大な魔力があれば何の問題もない。その魔力を絶妙にコントロールするのがロザリアで、王国の忘れられた姫が非常に優秀だということが良く分かる。
「ペネロペ!ペネロペ!」
ロザリア姫がペネロペを慕っているということはよく分かる。番の呪いを全て排除した時には、ペネロペは、精魂尽き果てて失神していたのだが、そのペネロペに飛びつくロザリアを完全に無視してアンドレスはペネロペを抱え上げる。
「姫様、ペネロペは今、この状態では姫様のお相手など出来はしません」
「そんなことは分かっているわよ!」
「アドルフォ殿下、姫様のお相手をお願いします」
ロザリアの後ろに立つアドルフォにそう訴えると、王子は漆黒に染まった瞳をピカリッと光らせて、見えない尾っぽを激しく振り出したようにアンドレスには見えた。
「ウィッサム殿下!」
皇帝が番に抱きついて大泣きしているため、アンドレスはペネロペを抱きかかえたまま、イライラしながら言い出した。
「ペネロペを今すぐ移動させ、休ませたい!部屋の用意を今すぐ!手配ください!」
「まあああ!わかりましたわ!」
ウィッサム皇子が答える前に、彼の妻が飛び上がるようにしてアンドレスに駆け寄ると、アンドレスとペネロペの手を捕らえて、転移魔法で移動をしてしまったのだった。
ペネロペと共に安全な離宮へと移動をしてしまったアンドレスは、その後、一切合切、全てを無視した状態で引きこもりに入り、外には出て来ないし、一切の面会も謝絶した。
「私はペネロペの父だぞ!」
と、セブリアンが激怒しても無視し、
「ペネロペに会いたい〜!」
と、ロザリア姫が泣いても無視をした。
「まあ、まあ、愛する妻があのような事態となれば、夫が巣に篭って守るようにして保護するのは仕方がないことでしょう」
と、ウィッサムの妻がそう言って取りなしてくれたのだが、ペネロペはアンドレスの妻ではなく、婚約者のはずだったのでは?と、皆が皆、そう思ったという。
そうして、離宮に引きこもって六日後、ようやっと表に出てくることになったペネロペの姿を見て、大人という大人は、
「事後だね」
「事後だわ」
「やっちゃったのね」
「やっちゃっているな」
と、無言でそんなことを思っていたという。
なにしろ、今まで何処か距離感のあった二人が、完全にゼロ距離となり、お互いを見つめ合う瞳に今までには無かった熱が篭っている。
「な・・なんてことだ・・」
愛し合い、見つめ合う二人の姿を見たセブリアンは力が抜けたように膝を付いたのだが、
「まあ・・いいか」
と、考えを切り替えることにしたらしい。
セブリアンの頭の中では、ロザリア姫を養女として引き取り、ほとぼりが冷めるまで、ペネロペと二人で南の島にバカンスに行かせるつもりでいたのだが、そもそも、ペネロペに刀傷が残ることになったのも、色々なことに巻き込まれることになったのも、元はと言えばアンドレス・マルティネスが原因だったのは間違いのない事実。
「ペネロペ〜・・・」
見つめ合う二人をロザリア姫は指を咥えて眺めているのだが、そんな彼女が飛び出して行かないように、ガッチリとアドルフォ王子がホールドをしている。
「ペネロペ、結婚式は早めにしようか」
二人に向かってセブリアンがそう告げると、
「なっ!」
と、ペネロペは絶句し、
「身内だけで構わないので、すぐに式を挙げましょう!」
と、アンドレスが勢い込んで言い出した。
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