第四十二話 兄と妹
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熱を出していたロザリアは夢を見ていた。
古書の修復をするのがペネロペの特技であり、それは非常に繊細な作業になる。ロザリアはいつでも糸のように流れる無数の魔力の痕跡を見るのが好きだった。
「魔法が織り込まれた古書は生き物のようなものなのです、このままでは死んでしまうところを何とかして助けるのが私の仕事であり、生きがいでもあるのかも知れません」
古い本であるほど呪いが含まれていることもあり。その呪いの残滓がロザリアには桶の底にこびり付いた頑固な汚れのように見えるのだった。この頑固な汚れを取るのがロザリアは得意だったため、
「私の姫様は天才ですわね!」
と、いつでもペネロペは嬉しそうに言って抱きしめてくれるのだった。
イルの福音書には隠された呪いは想像もつかないほど性悪で、どうしようもないほどの悪意が溢れていて、
「この自分勝手な感じが本当に嫌い!」
と言って、ロザリアは苛立った。
それは自分の意のままにロザリアを操ろうとしてきた大人たちの思惑と良く似たもので、卑怯で不快で我慢ならないほどの思念の残滓。今まで呪いの類は水で流してきたペネロペも、ロザリアが手伝うようになって随分楽になったと言ってくれたのだ。
そのペネロペが泣いている。
「呪いがちっとも解けないの」
氷で凍らせた後に水で押し流そうとしていても、ちっともうまく流せなくて、それが悔しくて泣いている。
目を覚ましたロザリアは、心配そうに自分を覗き込むジョルディの手を引っ張るようにして抱きつくと、何かの力を分けてもらったような気分になって元気が出てきた。
「ロ・・ロザリア様?」
焦ったように、照れたように自分の名前を呼ぶジョルディを金色の瞳で見つめると、
「今すぐペネロペの所に連れて行って」
そう訴えた。
「皇帝も、ウィッサム様でも、どうにも出来ないことになっているの。だから、私をみんなの所に連れて行って」
ジョルディと共にロザリアの看病をしていたウィッサムの妻は、ロザリアの額に自分の手のひらを当てると、
「熱は下がっているわね」
と、言い出した。
「私の夫の所に行くってことで良いのかしら?」
「そうなの!今すぐ!今すぐ行きたいの!」
「だったら私の手を握りなさい」
そう言ってウィッサムの妻はロザリアにほっそりとした手を差し出した。
ウィッサムの妻は有力者の娘というわけではなく、ウィッサムが帝位など望んでいないと自ら証明するために求めたような妻だった。夫とは幼馴染の関係だったその妻は、アストゥリアス王国の王宮に居るようなジメジメしたタイプの女性ではなく、からりとした性格の人だった。
ロザリアがジョルディの手を掴んだまま、差し出された手を握りしめると、
「私は夫と同じ闇の魔法の使い手よ!今すぐ転移させてあげるわ!」
ロザリアとジョルディはあっという間に転移魔法によってその場から掻き消えてしまったのだった。
◇◇◇
漆黒の龍が人型となり、何重にもかけられた戒めを引きずりながら歩き出したため、アドルフォはつまらないなあと思いながら、ため息を吐き出した。
黒龍が最初から本気ではないことは十分に分かっていたし、何かの理由があって自分に喧嘩をふっかけて来たのだなとアドルフォは思っていた。
光の神を人々が信奉するよりも、遥か太古の昔には、龍こそがこの世を統べる、根本の力とも言われていたのだ。
この世界には、稀に、龍の血を濃く引き継ぐ者が生まれ出る。アドルフォ自身がそうであるし、帝国の皇帝ラファもその類の人間なのだろう。龍の魂は自由を求めるものであるため、父王が王位をハビエルに継がせることを考えているのだと知った時にも、
「解放されるのならそれで良い」
アドルフォはあっさりとそう思っていたわけだ。
司祭たちに与えられた呪いで死にそうになった時にも、誰かの欲を満たすための傀儡となるならば、死んだ方が良いとさえ考えた。
運よく呪いより解放されて、わざわざ帝国まで来ることになったのだが、流石は嘘を見抜くということで帝国まで攫われてきた女である。上空から暴れる黒龍を一目見るなり、全てが茶番である理解した。
龍は強き者しか次の王とは認めない。であるのなら、次の皇帝に赤子など選ぶわけがないのだ。皇帝ラファは二人の息子亡き後は帝位を闇の膨大な魔力を持つウィッサム皇子に引き継ごうと考えていたのに違いない。
ただ、何もしないままで帝位を継承させるのでは龍のプライドが許さない。そのため、長老たちを集めた場で自ら大暴れをして、それに何処まで抗うことが出来るのか自分の子を試してみたというだけのことなのだ。
そんな事には気が付いていない番が力を使おうとして死にかけている。無理やり作られた宝石眼を使おうとして呪いの核が体のいたるところで爆発しそうになっているのを、氷と水の魔力を使って包み込むようにしているのだが、上手くいっていないのは間違いない事実だ。
このままでは数分で番は死ぬだろう、番が死んだら黒龍はどうするのだろう?そんなことを人型に戻ったアドルフォがなんとなく考えていると、突然、転移魔法で転がるように現れたロザリアが、自らアドルフォの手を握って訴え出したのだ。
「お兄様!助けて!お兄様の力が必要なのよ!」
「・・・・」
お兄様と呼ばれたのは生まれて初めてのことかもしれない。
感動しながらアドルフォが固まっていると、
「姫様!」
焦ったような声でジョルディがロザリアに訴える。
「かなり容態が悪いようです!」
見れば、ペネロペ嬢に抱かれた番の女が激しく痙攣を始めている。
「お兄様、あの人を助けたいの!お願い!」
ロザリアの訴えに、兄であるアドルフォが否と言い出すわけもなく、引きずられるように手を引っ張られながら足を運ぶことになったのだ。
アドルフォは、幼い時から何事にも興味をあまり持たない子供だったのだ。考えてみれば、唯一、興味を持ったのは、妹のロザリアが生まれたという話を聞いた時だったのかもしれない。
その後、母親から遠ざけられ続けていたが為に、彼女の存在自体を忘れてしまっていたのだが、あの時の胸に発生した眩しいような光を思い出す。
「お兄様!私の手の上にお兄様の手を置いて魔力を注いで頂戴!」
やはりロザリアは眩いばかりの光だったのだ。その小さな妹の手の上に自分の手を重ねたアドルフォは、まるで迷路のように緻密に作られた気脈を辿って、水の魔法が黒龍の番の体の中を駆け巡っていることに気が付いた。
そしてその水の流れに沿ってその先へと続いていくと、黒々とした蠢く塊のようなものが見えてくる。その塊に向けてロザリアが光の魔法を照射すると、呪いは焼け付くようにして消えていく。
「お兄様、つまりはこういうことなの、手伝ってくれるわよね?」
腕の中にいる自分の妹が、アドルフォを金色の瞳で見上げて問いかけるため、
「勿論だとも、ロザリア。お兄様に全てを任せておけば良いんだよ」
などと言って、生まれて初めてお兄さん風を吹かせながら、アドルフォは気脈の先にある呪いを破砕するために光の魔力を走らせた。
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