第三十六話 クソ野郎
こちらの作品、三十五話 不埒な男たち 三十六話 クソ野郎となります。
一本抜けていて申し訳ないです。改めて読んでいただければ幸いです!!
ロザリア姫の専属侍女となってから、囮となる為に離宮に残ることになったペネロペの肩には大きな刀疵が残っている。
その時にはサッと斬り付けられた程度にしか感じられなかったものの、意外に大きく斬られていたようで出血の量も多かったし、傷が治るまでに高熱が何度も出て苦しい思いをした。
あの時、建物の屋根の部分に転移したアンドレスが天井を破壊して降り立って来た為、ペネロペはその落下する瓦礫に頭を打ちつけ失神をしたのだ。
「クソ野郎」
と、ペネロペは心から思ったのは間違いのない事実だ。
そもそも大怪我を負ったのは自分を囮にしたアンドレスの所為であるし、自分を凌辱しようと三十人もの男たちが用意されたのも、アンドレスとの結婚を望むマカレナ嬢が率先して動き出したからに他ならない。
更には現在、三人の男たちに純潔の花を散らされようとしているのも、彼らがアンドレスに第一皇子を殺された恨みから発するものなのだ。
流石に帝国までは詳細な戦況の知らせなど届かないのだが、今までペネロペは戦いの最中だろうと思われるアンドレスを配慮して呼ぶようなことはしなかったのだ。だがしかし、今、この状況で、何の躊躇をする必要がある?ないだろう、もう、アストゥリアス王国とボルゴーニャ王国との戦闘とか、そんなの本当に関係ない。
両手を握りしめたペネロペは呪術刻印が施された指輪に魔力をありったけ注ぎ込むと、アブドゥラ皇子ではない誰かがペネロペの上に現れて、のし掛かるようにして覆い被さって来たのだ。
現れたのは血まみれの鎧を着たアンドレスで、そのブルートパーズの瞳がペネロペの新緑の瞳を覗き込むようにして見つめると、ベッドの上でペネロペを跨いだままの状態で起き上がり、腰に差していた剣を一閃させたのだった。
剣先からは鋭い氷柱が弾け飛び、アブドゥラ皇子を庇うようにして前に出た男の喉を貫いていく。
剣の一線によって天蓋が崩れて斜めに傾ぐようにして落ちてくる、ベッド上のペネロペは腰を引き寄せられるようにして移動すると、あっという間にアンドレスに抱き寄せられる。
アンドレスは二度、その場で足踏みをすると、部屋の中があっという間に凍りつく。詠唱も魔法陣も無しで部屋を氷漬けにする彼の魔力は膨大なもので、氷の彫像と化した皇子と護衛の男の姿を呆然とペネロペが見つめていると、
「遅い!遅すぎる!」
と、アンドレスが怒鳴り声を上げた。
「いつ呼ばれるかと分からない状況で一体、何日が経過したのだ?私がどんな気持ちで呼ばれるのを待っていたのか分からなかったのか!」
「そう言われましても・・」
べっとりと血が付いた胸当てを見つめながらペネロペは困り果てた様子で言い出した。
「アストゥリアス王国とボルゴーニャ王国が戦争を始めたというし、貴重な戦力であるアンドレス様を容易に呼び出すのもどうかと思いましたし」
「何のための高い指輪だ!」
アンドレスは指輪がはめられたペネロペのほっそりとした手を握りながら大声を上げた。
「私は困ったことがあればすぐに呼べと言ったはずだ?」
「だから、困ったことがあったから呼んだのですよ」
氷の彫像となった皇子の方を指差しながらペネロペは顔をくちゃくちゃにして言い出した。
「氷の英雄にお兄様を殺されて激オコ状態の第四皇子が、私が貴方の婚約者だからっていう理由で凌辱しまくってやろうと考えたみたいなのです」
「クソ野郎が」
「それで、戦争とかもうどうでもいいやと思って貴方を呼んだのです。距離とか関係ないとは聞いていましたけれど、本当に現れるかどうかは賭けみたいなものでしたね」
「なんで危ない事態に陥ってから呼ぶんだ?万が一にも現れなかった時のことを君は考えていないのか?」
「一応は考えていましたよ」
魔力を抑止する首枷も外されているような状態なので、水の魔力を使うのに何の問題もないような状態だったのだ。だからこそ、押し倒されて凌辱されそうになった暁には心臓の水分を吸い取って死に至らしめてやろうと考えていたのだ。
大魔法使いキリアンにやったように大きな血の塊を発生させるのも良いかもしれない。どちらにせよ死に至ることになるため、最終手段として取っておいたような形となる。
「というわけで、私自身の手で人を殺すのはちょっと・・と思って、貴方呼んだのです」
「君という奴は・・」
アンドレスはペネロペを引き寄せて抱きしめようとしたところで、ハッと我に返って動きを止めた。
「君に血が付いては困るか」
「それは正直言って今更な感じですけど、戦況の方は大丈夫なのですか?」
アンドレスの様子を見ると、まだ戦争は続いているのだろう。作戦途中でこちらに転移させてしまったということになると、残された人たちは大きな迷惑を被ったのに違いない。
そんなことをペネロペが思案していると、
「戦争自体はすでにこちらの勝利で終わったのだ」
アンドレスが白金の髪を掻き上げながら言い出した。
「ただ、ムサ・イル派の枢機卿が送り込んで来た虎の子の暗殺者たちを殺すのに手間がかかってな、最後の一人をようやく屠ったところで呼ばれたような形となった」
「では、私の呼び出すタイミングはバッチリだったということですわね!」
「そうではない、もっと早く呼び出しても全く問題がなかったのだ」
十人の『神の番人』と呼ばれる暗殺者は邪法により強化されていた為、全員を捻り殺すのに時間が掛かってしまったのだが、大魔法使いキリアンを相手にすることを考えれば簡単なものだった。キリアンは非常に厄介な相手なので、戦地に向かっている際にはアンドレスも自分の死を覚悟したものだったが、蓋を開けてみれば奴はサラマンカの王を恐れて戦地を逃げ出し、ボルゴーニャの王宮で待ち構えていたハビエル王子に屠られたという報告を受けている。
「それで・・この人たちは殺してしまったのですか?」
氷の彫像と化した男二人を眺めながらペネロペが問いかけるので、アンドレスはため息を吐き出しながら言い出した。
「鼻の部分に小さな空気穴を作っているので死んではいない」
「そういえば、不埒な三十人の男たちもアンドレス様が凍らしたって言っていましたよね?」
「まあな」
アンドレスがペネロペを凌辱しようとした男たちのあそこの部分が壊死させてもげ落ちて機能しないように氷を分厚くしたのは記憶に新しい。
「そ・・それじゃあ、第四皇子も同じようにしちゃっているんですか?」
ペネロペの視線が思わずといった様子で皇子の股間に向かうので、アンドレスは苦笑を浮かべながら首を横に振った。
「流石に国際問題になるのでそこまではしていない」
「そうなのですか・・」
皇子の方はそうしていないとしても、もう一人の護衛の男の方は、やたらと股間の部分の氷が分厚くなっているということにペネロペは気が付いていたのだが、あえてそこは言わないことにしたのだった。
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