第三十三話 妾妃サラーマの思い
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帝国の皇帝が溺愛する妾妃サラーマは大聖堂で育った神の子と呼ばれる魔力持ちの子供の一人であり、帝国人とアラゴン大陸の何処かの国の何処かの貴族との間で生まれた捨て子になる。
ムサ・イル派の教義が広がるに従い、南大陸の人間は蛮族だと決めつけられるようになり、混血のサラーマは差別の対象となったのだ。父と母がどうなったのかは分からないけれど、三歳の時に捨てられたサラーマはその後、教会の預かりとなっていた。
あまり公には知られていないけれど、帝国人とアラゴン大陸の人間が子供を作ると、魔力を持つ子供が生まれやすい。ただ、帝国人に良く似た容姿で生まれることになるため、枢機卿たちは忌避する傾向にあるのだ。
これが自分たちに良く似た容姿となるのなら、枢機卿たちは南大陸から女を誘拐して来て魔力持ちの子供を生み出す産み腹として利用したことだろう。
幸いな事と言ってはどうかと思うけれど、混血児の容姿はムサ・イル派の幹部の好みには合わなかったのだ。その為、自分たちで作り出そうとはせずに、拾って来た子を嫌々育てて利用していた、そんな風にサラーマには見えていた。
そんな訳で大聖堂内では他の神の子とは離されてサラーマは育てられることになったのだが、普通の神の子よりも大きな魔力を持っている為、魔法使いとして育てられたり、普通の神の子が脱走を企まないように世話役として配置されたりするようになる。
どこまで行っても枢機卿や司教たちの駒として生きていくしかないのだが、ある年老いた枢機卿がサラーマを呼び出して言い出した。
「お前の宝石眼はなかなかのものだから、アブデルカデル帝国の皇帝の妾妃として潜り込ませようと思うのだよ」
上から言われることは絶対、容姿が優れたサラーマはあらゆる作法を教え込まれていたのだが、多額の寄進をする変態金持ちではなく、帝国の皇帝を虜にしろと言われたわけだ。
「神の意志に従います」
サラーマの返事に枢機卿は満足そうに頷くと、サラーマは即座に帝国へ移動することになったのだ。
と言っても、教団内で蔑みの対象であるサラーマが大勢の護衛に囲まれて移動することにはならず、監視の者数名に囲まれての移動。帝都に到着した日に、スリに遭った女性を助けた際、たまたま出会った男がお忍びで皇都を訪れていた皇帝だとは思いもしない。
「やはりサラーマは引きが良いな」
監視の男たちは満足そうに言ってはいたが、あっという間にサラーマは皇帝と深い関係を結び、妾妃として皇宮に入ることになってしまったのだ。
「サラーマ、準備は出来たか?」
「いいえ、まだ出来てはおりません」
「愛するサラーマの用意が出来るまで、私はいつまでも待とう」
「待たなくても良いです、お一人で謁見の間に向かえば良いではないですか」
「いいや、お前とはいっ時たりとも離れたくはないのだ」
今日は、アストゥリアス王国から来た伯爵だか侯爵だかとの謁見になるらしい。今後の武器弾薬の輸入について話し合いが持たれるということなのだが、軍部を統括しているウィッサム第三皇子も同席するらしい。
「私が居なくても良いではないですか?お一人で行ってこそ立派な皇帝というものでしょう?」
「私はもう、立派な皇帝でなくても良いのだ」
サラーマを抱きしめた皇帝ラファは、サラーマに頬ずりしながら言い出した。
「お前とシャムサが居ればそれで良い」
思わずサラーマはため息を吐き出した。サラーマは確かに宝石眼の力を使ったのだが、まさかここまで効果があるとは思いもしない。
周囲の人間が言うところによると、今の皇帝はもはや全くの別人状態となっているらしい。最近では執務も戦争も放棄してサラーマにベッタリ状態となっている。
帝国にサラーマを送り込んだ枢機卿たちは、皇帝を洗脳して操ることで帝国を混乱の渦に引き込み、その隙を突いてルス神の名の元に結集させた聖騎士団を率いて帝国を滅ぼす予定で居たのだ。
悪しき宗教を廃して南大陸の人々を救う、神の御名の元に行われる『聖戦』であると枢機卿たちは嘯いているのだが、これを止めようとサラーマは考えている。
サラーマの名の意味は平和、両親が付けた名に恥じない行いが、皇帝の溺愛する妾妃となって始めて出来るようになったのだ。
時間をかけてムサ・イル派から送られてきた監視の目を排除して行ったので、今はようやっと枢機卿たちの手を離れて自由となったのだ。強力な宝石眼を持つサラーマには枢機卿たちが行う洗脳は効かない。
驚くべきことに、サラーマが手を出すまでもなくムサ・イル派の悪事が明るみとなり、大聖堂は崩壊の兆しを見せている。あの地下で行われている大虐殺が表に出れば良いが、恐らく枢機卿や司祭たちは激しい抵抗を見せるだろう。
そうして抵抗をしたその隙に、帝国への逃亡を考えている。
彼らが望むのは帝国をムサ・イル派で塗り替えることなのだ。
皇帝が宗旨替えをするのではないかという憶測を飛ばして、サラーマが皇帝を枢機卿たちが望むように操っていると見せかけながら、ムサ・イル派が完全に滅びるのを待っている。
ただ、時間が経過するのを静かに待っているところであったのに、アラゴン大陸から使者が訪れた。枢機卿たちが送り込んで来た者に違いないとサラーマは考えている。
「私は謁見の間にも行きたくないし、使者にも会いたくないのだけれど?しかもアストゥリアス王国ですって?最近フィリカ派に帰依した国じゃない!」
あえてムサ・イル派と手を切った国の使者を送り込んで来ることで、枢機卿たちはサラーマの油断を誘っているのかもしれない。枢機卿たちが今、一番気にしているのはサラーマが裏切ったかどうかというところだろう。だからこそ、サラーマとしては会わずに彼らをヤキモキさせておきたいところなのだ。
「会いたくないし、行きたくない!」
「いいや、私はお前もシャムサも連れて行くぞ」
皇帝はサラーマを自分の膝の上に乗せながら言い出した。
「準備にどれだけ時間がかかったとしても構わない、絶対にお前を連れて行く」
サラーマは形の良い眉をハの字に開いた。
こう言い出した時の皇帝ラファは何を言ったとしても言うことを聞かない。そうして、心身に負担がかかる宝石眼をこんなくだらないことで使用したいとサラーマは思わない。
「じゃあ、お茶をして、ひたすらのんびりしてから移動するわ」
時間を引き延ばす程度のことしか出来ないけれど、嫌がらせは出来るだけしてやりたい。
「それで構わない」
皇帝はそう言うと、蕩けるような笑みを浮かべてサラーマの頬にキスを落としたのだった。
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