第三十二話 相当アレだけど
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謁見の日は決まった。
ペネロペの父であるセブリアンは帝国内で顔が広いらしく、主要な族長の了承などもすでに取っているらしい。つまりどういう事かというと、あまりにも皇帝がアレだと判断した場合は、無理矢理皇位を簒奪するような形でも良いという所にまで来ているのだという。
ボルゴーニャ王国とアストゥリアス王国が戦争を始めている今、この時に、帝国が海峡を渡ってボルゴーニャを海側から攻め込めば、ボルゴーニャはあっという間に陥落することになるだろう。
だというのに、皇帝は頑なに首を縦に振らない。
ボルゴーニャに軍を進めるということが彼の頭の中には無いようで、
「我が帝国は宗教の自由を認めることにしようかと思う」
という意味不明なことを言い出した。
元々、多くの部族が集まって出来上がった帝国では、信じる神については自由であると宣言しているというのに、あえて、宗教の自由を認めると強調したということは、ルス教に対して優遇しようと言い出す前触れに他ならない。
ムサ・イル派の悪評は帝国まで流れて来ているし、
「では、司教たちは邪法に手を出して人工的に宝石眼を作り出すことに成功したということか?」
セブリアンの話を聞いた族長たちが驚愕を露わにしたのは言うまでもない。
宝石眼には洗脳能力がある、あの理知的だった皇帝が一人の女を溺愛するなど今までになかったこと。しかも最近では執務も戦争も放り出している有様なのだ。
「それではサラーマが宝石眼を持つムサ・イル派の手先であり、皇帝を洗脳している可能性もあるということか?」
「それは十分に有り得るかと思います」
なにしろ、司教たちはアストゥリアス王国のアドルフォ王子に禁呪と言われる呪いをかけて殺そうとしていたのだ。
「枢機卿や司教たちの欲は天井知らずで酷く恐ろしいものです。我らはフィリカ派に帰依しましたが、恐らくアラゴン大陸の多くの国々はムサ・イルの教えとは手を切ることになるでしょう」
アラゴン大陸の国々がムサ・イル派と手を切るというのに、皇帝ラファが支持を表明すれば、枢機卿や司教たちは帝国に逃げ込み、己の私利私欲を満たすために同じようなことを繰り返すだろう。
「勅命が出される前に何とかしなければ・・」
という族長たちの意思の元、ペネロペはあっという間に皇宮へと向かう日を迎えることになったのだった。
「ペネロペが皇帝と謁見している間は、私はジョルディと一緒にウィッサム皇子の宮に行っていれば良いのよね?」
どんな騒動が起こるか分からない為、ロザリアは一旦、ウィッサム皇子の妻子が住み暮らす宮に移動することになっていた。
ウィッサムの妻は砂漠のオアシスをまとめる族長の娘でしかない。地位の低い娘と婚姻をして継承争いから離脱したことを宣言したウィッサムは、第三皇子でありながらノーマークとなっていた。
優秀な二人の皇子が亡くなり、皇妃は自分の息子を次の皇帝にすると言い出したが、族長たちや軍部が黙っているわけがない。なにしろアブドゥラ第四皇子は一度として戦地に赴いたことがない皇子なのである。
だからこそ、ウィッサムが担ぎ出されることになったのだ。彼は頑なに皇帝になることを拒否していたが、新たな妻を迎えることはしないということと、妻と子供の安全を引き換えにして表舞台に立ったのだ。まさかそこで皇帝が、生まれたばかりの妾妃の産んだ赤子を後継者にすると言い出すとは思わなかったけれど。
「ウィッサム様の離宮は帝国の中で一番安全だと言いますし、姫様にはジョルディ様だけでなく、私も兄も付いていますから大丈夫ですよ!」
マリーが自分の胸を叩いて宣言をする為、ペネロペは形の良い眉をハの字に下げた。
「私も子供たちと遊びたいし・・姫様と一緒に離宮の方へ行こうかしら」
「いやいやいやいや」
「駄目でしょう」
「無理ですね」
マリー兄妹とジョルディに即座に反対されたペネロペは、キリキリと痛む自分の胃を押さえつける。どうしてそうなったのかは分からないが、ペネロペは謁見の場で、皇帝と妾妃の嘘を見破らなければならないらしい。何故?自分が?と思わずにはいられない。
「ペネロペ、謁見が終わったら一緒に遊びましょう」
そう言って自分を見上げるロザリアを、ペネロペはギュッと抱きしめた。
さっきから無視され続けているアドルフォ王子から睨み付けられているのだが、そんなことは気にしない。気にしたら負けだ。
「姫様、私も子供たちと遊ぶのは楽しみなのです。是非とも一緒に遊びましょうね」
誘拐されて、緊張に緊張を重ねていたロザリアは、休む暇なく移動を繰り返しているので、疲れが溜まって顔色があまり良くないのだ。
優しく彼女の銀色の髪を撫で付けながら、
「遊ぶと言ってもあまり無理をしてはいけませんよ?疲れたらすぐに休んでくださいね」
そう言ってペネロペは姫の額にキスを落としたのだった。
「不敬で捕らえられてもおかしくない行いだと思うのだがな」
ペネロペの後ろから氷のような眼差しを送っていたアドルフォがそう言い出した為、振り返ったペネロペは鼻で笑ってやる。
「無視され続けている貴方に何を言われても構いません。どうせ、姫様と仲良くしている私が羨ましくて仕方がないのでしょう?」
今だって仲良さそうに手を繋いでロザリア姫と移動をしていく、侍女のマリーとジョルディのことを羨ましそうに見つめている。
「姫様の警戒心を解くには時間が必要です。何しろ貴方は十年も姫様を放置して来たのですから、時間短縮を望んでもそうはいきませんわよ」
眉を顰めたアドルフォは漆黒の瞳を細めながら問いかける。
「貴様はすぐにロザリアと仲良くなったというではないか?何故、時間も掛からずに警戒心を解いたのか?理由があるのか?」
「それは・・」
ペネロペはキリキリ痛む自分の胃を抑えながら言い出した。
「私が姫様の周囲に侍る嘘つき狐たちを見破ったからですかね」
「嘘を見破る、そんなことが本当に出来るのか?」
アドルフォは納得出来ない様子で言い出した。
「精神感応系の魔法がなくなって幾久しい中で、司教たちが多くの魔法使いたちの命を使って邪法を完成させたという話は聞いたが、貴様はその試験体にされた訳ではないのだろう?」
「そんなものにはされていませんし、私は魔法を使って嘘を見破っている訳ではないのです。仕草です、無意識に出る仕草を見て、嘘か本当かを判断しているのです」
「そんな程度のことで、かの皇帝と渡り合うことなど出来るのか?」
「むぐぐぐぐぐ」
それはペネロペが一番言いたいことなのだ。
ペネロペは嘘を見破ることが出来るが、無意識に出すサインを読み取って嘘か本当かを判断しているだけのことで、神秘の魔法を使用している訳では決してない。
謁見をするために皇宮へとやって来たペネロペは、父のセブリアンやアドルフォ王子たちと控えの間で待つこととなったのではあるが、皇宮勤めの侍従がセブリアンを呼び出して、何か伝言を伝えているようだった。
ソファに座ってペネロペが父を待っていると、ため息を吐き出しながら戻ってきた父が口髭をもごもごさせながら言い出した。
「妾妃様が今日は化粧のノリが悪いとかで、時間がかかっているそうなのだ。謁見までは大分待つことになりそうだよ」
妾の化粧のノリが悪いという理由で、戦争の要となるバルデム家を時間無制限で待たせるわけだ。
「やっぱり皇帝はかなりのアレなんじゃないのか?」
アドルフォ王子が言い出した為、
『貴方様も相当アレでしたけれどね』
と、ペネロペは心の中で呟いた。
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