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第二十八話  母からの溺愛

お読みいただきありがとうございます!よろしくお願いします。

 シドニア公爵が権勢を振るっていた時代、周囲を押し切るような形で公爵は娘を王家に輿入れさせた。若獅子のような王太子の隣に立つ美しい花嫁は全てを手に入れたように見えたものの、その後、アドルフォを懐妊するまでに四年の歳月を送ることになったのだった。


 妃に望まれることは、世継ぎの子をもうけること。無事に王の子を産んでようやく一人前と言われる中で、イスベルへのプレッシャーは相当なものとなっただろう。


 子供を授かるのは天の差配によるものと言われていることから、イスベルは毎日のように礼拝堂を訪れ、子を授かることを神に願った。丁度この頃から、イスベルは司教たちと懇意な間柄となっている。


 周囲はラミレスに対して側妃を迎え入れたらどうだと訴え、自分の娘を売り込み続けるようなことをしたが、ラミレスは首を縦に振るようなことはしなかった。イスベルは夫から愛情を感じることはなかったけれど、自分を尊重してくれていることを嬉しく思ったのは間違いない。


 そうして、子が出来ない絶望を感じる中でイスベルはようやくアドルフォを懐妊した。生まれたのは世継ぎとなる立派な王子であり、彼女は自分の息子を溺愛した。


 当時、周囲の反対を押し切って帝国との国交を結ぼうと動いていたラミレスは、度々、帝国へと赴いていたのだが、まさかそこで、心を閉ざし続けていたラミレスが恋をして帰って来るとは思いもしない。


 アドルフォが2歳になる頃、ラミレスは帝国の姫を連れて王国へと帰って来た。シドニア公の抵抗虚しくラミレスがジブリールを側妃にすると宣言すると、イスベルは最低限の公務をこなすだけで気に入らない職務は放棄することにした。

 

 ジブリール妃が王子を出産した時には、司教たちと手を組んで、帝国の血を引く王子を非嫡出子扱いとして、王位継承権を持たないように差配した。


 その後、二人目の子を授かろうと並々ならぬ努力をしていたことはアドルフォも話に聞いている。そうして、ロザリアを妊娠したのは、ほとんど子供を授かることを諦めていたような頃のことだったらしい。


「お姫様がお生まれになりました!」


 ロザリアを取り上げた産婆がそう大声を上げた時には、イスベル妃は赤子を見ようともせずに顔を背け、ラミレス王は娘の顔を見に来ることもなかったらしい。


「母様!僕に妹が生まれたのですね!」

 当時7歳のアドルフォは、出産を終えた母に妹に会いたいと訴えたのだが、

「幼い子は病気にとてもなりやすいから、もう少しロザリアが大きくなってから会わせますからね」

 と言うだけで、母は息子に妹と会わせようとはしなかった。


 誰よりも立派な王になるために、アドルフォは幼少の頃から帝王学を学んでいたし、剣術だけでなく魔法の特訓も大人の中に混じってやっているような状態で、日々は予定で全て埋め尽くされているような状態だった。


「貴方には時間はないの」

「誰よりも立派な王になりなさい」

「お父様よりも立派な王に」

「素晴らしい王にならなければいけないの」


 母は確かにアドルフォに付きっきりで教育に当たっていただろう。最低限の公務しかしない母には自由な時間はあった為、自分の時間をアドルフォと、愛人との逢瀬に使っていた。十歳にもなると、母と近衛の隊長が不適切な関係を結んでいることは察していたのだが、

「貴族が愛人を作るのは当たり前のことのようだし、父様が母様を顧みないのだから仕方がないことだ」

 と、子供心に思うようになっていたのだ。


 12歳となってから公務にも取り組むようになり、この時点になってもアドルフォの予定の中に『妹に会いに行く』は組み込まれない。そうして、自分の妹が我儘で嘘を吐くという噂を聞いた時には、

「それだけ周囲が妹を可愛がっているということだろう。自分の時も、周囲の甘やかしで性格がひね曲がるところだったけれど、父上から送られてきた先生のおかげで、我儘はいけないことだと知ることが出来たからな」

 と、思ったし、いずれ父の方から人が送られて、妹も真っ直ぐに育つことになるだろうと思い込んでいた。


 自分の婚約者として決められたのはグロリア・カサスという帝国人のような漆黒の髪を持つ少女だったのだが、その髪色から側妃ジブリールとその息子ハビエルを連想するから嫌だった。


 父であるラミレス王は、国王としては素晴らしい人であっても、家庭人としては全く機能していない人だった。だとしても、ラミレス王はイスベルとアドルフォには目を向けないだけであって、側妃とその子供は溺愛しているらしい。


 王の関心の全てはジブリール親子に向けられているため、

「ラミレス王はハビエル王子の王位継承復活を目論んでいるようだ」

 という話を聞いた時には、そうだろうなと思わずにはいられなかった。


 母に傷つけられては堪らないといって、ジブリール妃とハビエル王子は王宮の敷地内にあっても完全に隔絶されている離宮で守られている。愛する女の息子と、愛人との逢瀬に夢中になっている女の息子。どちらの息子を世継ぎとしたいのかと考えれば、答えは簡単に出てくることになる。


「だったら、最初からハビエルを王太子に据えれば良いというのに・・」


 帝国の血を引くからという理由でシドニア公を筆頭とした多くの貴族が不支持に走るから、そうは出来ないということなのだろう。それでも機会があれば、ラミレス王はハビエルを次の王へと押し上げる。


 何の為の努力だったのか。


 父が自分の側近をアドルフォの元に送り込んで来た時に、自分は父に期待されているのだと勝手に思い込んでしまったのだ。朝起きてから寝るまで、全てを王になるための勉強や訓練に当てていた日々は一体なんだったのか。


 公務の時に顔を合わせる程度で、挨拶程度の会話しかしない父が、自分に何の興味も抱いていないのは十分に理解していたことだ。


 子爵令嬢の誘惑に乗ったのも、卒業パーティーで婚約者を冤罪で断罪しようとしたのも、そうすれば何の問題もなく次の継承者としてハビエルを置くことが出来るだろうと考えたからだ。


 思惑通りに王は即座にアドルフォを廃嫡して追放処分としたのだが、病は治らず後は死ぬばかりとなったアドルフォは、王都郊外の教会に送り込まれることとなったわけだ。


 子爵令嬢が魅了の力を使っていたとか、側近たちも子爵令嬢と肉体関係にあって同じように病を患ったとか、全てがひたすらどうでも良かった。司教たちに、それは堂々と、

「全ての民に自由に生きるための権利を与えたい!」

 と、宣言したのも、司教たちが『自由』とか『権利』という言葉が大嫌いだから。即座にアドルフォのことを排除しにかかるだろうと思ったからだ。


「アドルフォ王子、貴方を絶対に助けますから」

 以前、婚約者候補だった女が度々訪れては、アドルフォの手を握って訴えていたが、彼女が自分に誰か他の人間と重ねて見ていることには気が付いていた。


 結局のところ、誰もアドルフォ個人など見ていやしない。アドルフォのことを溺愛した母も、王位を継承するアドルフォを求めているのであって、今回の騒動で父から王位継承権を剥奪されれば見向きもしない。


「私は必要のない存在です。それに、ハビエル王子が王位を継ぐのであれば私は邪魔な存在になるでしょう?」


 この時、初めて顔を合わせた妹からそう言われた時に、アドルフォは心臓を鷲掴みにされたような気分に陥った。この今の感情を何と表現したら良いのだろう、妹の孤独と憎悪に溢れる金色の瞳を前にして、今、この時まで妹姫に会う一切の努力を怠った自分を、激しく後悔したのは言うまでも無いことだ。


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