第二十三話 二人の大魔法使い
本年もよろしくお願いします。このお話もあともう少しというところなので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
闇の魔法使いの中には亜種として分類された大魔法使いが存在する。腐の魔法を得意とする大魔法使いが大きく息を吐き出せば、空気中に魔力が拡散してあっという間にあらゆる神経を腐食する。
闇の魔法使いは闇から闇へと飛ぶことを得意とするのだが、腐の魔力を使って転移を阻止するのは世界広しといえどこの男だけだろう。
「ハビエル王子、お前、もしかしてここで僕を待ち構えていたのか?しつこいにも程があるんだけど?」
アストゥリアス王国の王位継承権を持たないハビエル第二王子は、焦茶色のもしゃもしゃの髪を右手で掻き回しながら言い出した。
「キリアン、君が生きていたことに驚きしかないんだけど、司教たちの邪法に侵された君じゃあ、ここで勝つことなんて出来ないのは分かっていることだよね?」
「うるさい、黙れ」
「いつまで司教たちに囚われているの?自分で考える事をしないの?子供のままで他人任せで居たいというのもまた、ロマンと言えばロマンなのかも知れないけれど」
「うるさい!」
キリアンの周囲から黒々とした魔力が爆発すると、巨大な蛇が具現化する。その蛇が吐き出す毒の霧に護衛の者たちが苦しみ出す。
ふっとハビエルが息を吐き出すと、周囲の家具があっという間に腐り出す。全てのものを腐食させる魔力が渦を巻き、護衛のために立っていた兵士たちが崩れ落ちるように死んでいった。
「な・・!」
驚き慌てたヤコフ王が這いずりながら逃げ出すと、みたこともない淑女が王の肩に手を置いた。
「私から離れると死にますよ」
漆黒の髪に緋色の瞳を持つ令嬢は、王に向かってにこりと笑う。その女性の隣には怯えた表情を浮かべる年若い女が居て、漆黒の大蛇を操るキリアン向かって、胸の前で両手を握り絞めながら大声をあげた。
「キリアン!私!私!もう良くわからないの!」
「はあ?ブランカ、お前何でこんな所に居るんだよ?」
大魔法使いキリアンはギョッとした様子で目を見開いた。
「キリアン!司教様たちは何も導いてはくれなかった!要求するばっかりで、救いなど何も与えてはくれなかったわ!」
褐色の髪をバッサリと短く切ったブランカ・ウガルテは修道女が着る服を着ていたのだが、彼女は震える手を握りしめながら言い出した。
「この人たちに連れられて大聖堂の地下に行ったのよ!そうしたら、山のような死体がそのまま放置されていたの。枢機卿や司教たちは邪教を信じるような人たちだったのよ、人の心臓を抉り出して奇跡の力を得ると言うのだけれど、私たちのこの眼は一体なんなの?宝石眼を作り出された地下に閉じ込められた子供たちは一体なんなの?」
ブランカの瞳は宝石のように輝きだす、その光は涙を反射して周囲を照らし出すようだった。
「私のこの瞳の力が強いのは、サラマンカの王の心臓を使ったからなんですって。その心臓を取り出したのはキリアン!貴方なのでしょう!なんでそんなことをしたの!」
キリアンはブランカたちのような魔力持ちの子供達の面倒をみる世話役をしていた。ブランカよりも10歳も年上の彼はそのうち外に働きに出るようになってしまったが、彼はブランカたちにいつでも美味しいお菓子のお土産を持って来てくれる優しいお兄さんだったのだ。
「何故!何故私たちに呪いの瞳を与えられると知っていて、それに協力するようなことをしたのよ!」
「・・・それは」
「ねえ!教えて!邪法に手を出したらどうなるか分からない訳ないわよね?どれだけの子供の屍があったと思うの?それを知った上でやっていたの?」
大魔法使いキリアンとブランカは同じ大聖堂で育った聖なる子供と呼ばれる存在だ。ブランカは自分の首にかけられたアストゥリアスの花を使った魔道具を指差しながら言い出した。
「キリアン、この魔道具はね、嘘を吐かないようにする魔道具なの。自白剤にも使われる王国の花が使われた魔道具なの。その魔道具を使われてようやっと分かったのよ、私、司教たちに洗脳されていたんだって。私はアドルフォ王子のことを好きで好きで仕方がなかったのだけど、それは嘘、私、王子のことなんか何とも思っていやしなかったのよ」
ブランカは泣きながら言い出した。
「私たちは司教たちの道具でしかないの?自由に物事を考えちゃ駄目なの?贅沢なんて求めてない、ただ普通に生きたいだけなのに!それすら許されないのは何故なの!」
「ああ・・ブランカ・・ブランカ・・そうじゃないんだ・・・」
宝石眼が魔道具の力と重なるようにしてキリアンに揺さぶりをかけてくる。ブランカが持つ宝石眼はサラマンカの王の心臓が礎としているため、強力な力を持っている。
そもそも、何故、サラマンカの前の王、ヘルムート・フォン・メレンドルフの心臓を取り出したりしたんだ?
「君を助けるためだよ」
キリアンは頭を抱えながら言い出した。
「あの掃き溜めの中で眩しい笑顔を浮かべる、君だけは助け出したくて、それで、僕は、枢機卿の口車に乗って・・」
大聖堂に集められた子供たちは清掃活動などを日課としていたのだが、礼拝に来る金持ちの夫妻がまだ幼いブランカを養女にしたいと言い出した。
「昨年亡くなった娘に良く似ているんです、身寄りがないと言うのなら私たちの方で引き取り娘として可愛がりたいのです」
聖なる子供は魔力を持っている為、引き取りたいからで引き取らせて貰えるような子供達ではない。それでも、これは大きなチャンスだとキリアンは思ったのだ。
「ブランカを養子に出したいですか、まあ、寄進の額も大きい商家の家だから、ブランカの幸せを考えればそれも良いとは思うのですけどね」
年老いた枢機卿がシワだらけの手でキリアンの手を握りしめながら言い出した。
「それでもブランカは聖なる子でもあるのです、彼女を教会が手放すと言うのなら、それ以上の何かを渡してくれなければいけません。神は全てをお求めになっているのですからね?貴方なら分かるでしょう?」
「神は何を求めているのでしょうか?」
「サラマンカの王の心臓、それがあればブランカは自由になれるでしょう」
魔法王国サラマンカに潜入したキリアンは特殊な魔力をヘルムート王に見出される形で重用されることになったのだ。
年老いた魔法使いの心臓さえあれば、幼いブランカが自由になれる。
老い先短い年寄りと幼い子供の命と、どちらが大切かと言えば簡単にわかること。
「さあ、ヘルムート王の心臓を持って来なさい」
キリアンはヘルムート王の心臓を枢機卿の元まで持って行った、何故ならブランカを自由にしたかったからだ。
「平民出身にしては豊富な魔力を持つブランカには、宝石眼の適合が上手くいったようですね。さすがはヘルムート王の心臓、他の宝石眼を持つ娘よりも使い勝手は良さそうなので、アストゥリアスに送り込むことに致しましょう」
にこやかに笑う司教に向かって、何故、僕は頷いたんだ?
「ブランカ、何故君は自由になっていないんだ?何故、君はここに居るんだ?」
キリアンは叫ぶように言い出した。
「何故だ!何故だ!何故だ!僕は今まで何をやっていたんだ!」
何かが砕け散る音がした瞬間、闇の魔術は全てを呑み込むように噴き出した。
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