第二十話 無茶振りの宰相
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いくらアンドレスがペネロペの婚約者だったとしても、これから戦争に向かおうという最中に誘拐されたペネロペを追いかけて行くわけにはいかない。
ペネロペへの対応については、ペネロペの父であるセブリアン・バルデムに丸投げするような形となってしまったが、そのうち、ペネロペは呪術刻印を施した指輪を起動させるだろう。
緊急時には自分が対応出来るようにと、高い金を払って購入した指輪である。実際に、ボルゴーニャの襲撃を受けた際には、アンドレスをペネロペの近くにまで転移させてくれたのだ。
良く使われている魔力封じの魔道具はその人個人の魔力を感知して封じるように出来ている。その為、例え魔力を封じられたとしてもアンドレスが注ぎ込んだ魔力を使えば、アンドレスを転移させることが出来るはずなのだ。
船上に転移させられたとしても、何の問題もないとアンドレスなら思うのだが、思慮深いペネロペなら陸に上がるまで使用を控えるかもしれない。アストゥリアス王国から帝国までは、船足も早い船を使えば五日ほどで港湾都市アレクサンドラに到着することが出来るだろう。
帝国の玄関口とも言われるアレクサンドラから皇都までは丸一日を馬車で移動する形となるだろうが、ペネロペが誘拐されてからの日数を考えれば、彼女はすでに帝国の皇宮に到着しているはずなのだ。
周囲を敵に囲まれていたとしても、ペネロペは躊躇なく指輪を使うだろうと思っていたのだが、彼女はなかなかアンドレスを呼び寄せようとはしなかった。
連日に渡りボルゴーニャ王国軍とのぶつかり合いが続いているような状況の中、アンドレスがいつ離脱しても良いように取り計らっているというのに、ペネロペは全くアンドレスを転移させない。
アンドレスの苛立ちはすでに頂点に達しているし、ペネロペが心配で仕方がない。アンドレスとしては、早急にボルゴーニャ王国軍を打ち倒して、ボルゴーニャ国内を一直線に駆け抜けて、南部の港から船に乗って帝国へと向かいたい。
そもそも、皇帝の乱心によって帝国が混乱しているこの隙に乗じてアストゥリアス王国に戦争を仕掛けようというアルフォンソ王子の考えは甘すぎる。
所詮、王子は小さな戦闘しか行ったことがないズブの素人。王国がロザリアの王配として婿入りさせようと考えるほどの問題児なのだ。
「それでは閣下、行ってまいります」
騎兵部隊の先頭に立ったアンドレスが、たまたま見送りに出て来た宰相ガスパールに声をかけると、宰相ガスパールは大きなため息を吐き出しながら言い出した。
「結局、今日まで貴方はペネロペ嬢に呼び出されませんでしたね」
「・・・」
「帝国には貴方とはタイプが違う、顔の彫りが深いワイルドな美丈夫が山のように居るわけですからね。向こうで新しいお相手を見つけたのかも知れませんよ?」
「ペネロペは、イケメンが嫌いです」
「君はその顔でそういうことを宣言しますか」
ガスパールは呆れた様子で馬上のアンドレスを見上げた。
「帝国としては、バルデム家が作り出す火薬と弾丸のノウハウを知りたくて仕方がない状態なのですからね、あのたぬき親父の娘を輿入れさせて情報を引き出そうと考えるでしょう」
「彼女は帝国への輿入れなど望まないでしょう」
「すでに既成事実を作られていたらどうします?」
「はい?」
「誘拐されて何日も経つのです、誰かの慰み者となっているかもしれないでしょう?」
アンドレスは生唾をごくりと飲み込んだ。そういう可能性がゼロとは言い切れないのは間違いないけれど、彼女は自分が与えた指輪を持っているのだ。そんな事になる前に、絶対に指輪で自分を呼び出すに違いないのだから、何の心配もないのだけれど・・・
「体から始まる関係もあるというし、もしかしたら、すでに何処だかの誰かに夢中となっているかもしれませんね」
宰相は蛇のような目でアンドレスを見上げながら言い出した。
「貴方など思い出すこともないほど、すでに、他の男に夢中となっているのかも。女は兎角、体の結びつきを重視したりするでしょう?」
魔力の噴出と共にアンドレスの周囲に氷の柱が突き出していく。アンドレスの愛馬は氷の魔術に慣れているので慌てた様子は見せないが、周囲の馬が怯えたように嘶き出す。
「閣下は一体何が言いたいのですか?」
「私ですか?」
ガスパールは肩をすくめながら言い出した。
「妻の誕生日が十日後にあるんです、それまでには一度、王都に帰りたいと考えています」
「閣下の奥様の誕生日が十日後ですか」
地獄の番人とも言われるガスパール・ベルドゥナは、かつては戦闘狂とも呼ばれた人物であり、戦争は長引けば長引くほど楽しい。いかに自軍の損耗を少なくしながら、敵をじわじわと苦しめられるかに重きを置くような戦い方をする人間だったのだが、家族が出来てからというものその戦法はガラリと変わった。
情報戦を仕掛けるために王都をいち早く出たのが宰相本人であり、妻の誕生日までに帰れるようにするために、綿密な作戦を練り上げていたのだが、ムサ・イル派から送り込まれてきた良く分からない手練たちの所為で、思いの外苦戦を強いられることになったわけだ。
「今日のうちに、敵の大将を討ち取りなさい」
そうじゃないと、妻の誕生日までに帰るのはちょっと難しいかもしれない状況なのだ。
「わかりました・・」
こうして無茶苦茶なことを言われたアンドレスは、騎兵二千、歩兵2万を連れて出発をした。
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